聞こえてる


 一緒に下校するようになってから初めて、花宮くんと喧嘩をしたかもしれない。言い切れないのは、思い当たる節が全くない上、花宮くんから何か言われたわけではないからだ。
 校門でわたしを待ってくれていたし、呼びかけも普通、声の調子もいつも通り。ただ、手を繋いでいないのだ。いつもならわたしへ手を伸ばしてくれるのに、それがない。その点以外は、普段通りだ。
 だから、喧嘩をした"かも"しれない。
 わたしは、上着のポケットに仕舞われた花宮くんの手をちらりと見る。

「一年がウゼェ」
「んふっふ、去年も言ってた」
「人が通るたびにキャアキャアと……」
「年々、女子増えてるもんね。今年度はギャルっぽい」
「肩凝るわ」

 いつぞや古橋くんと話していて驚かれたが、わたしは花宮くんに暴言を吐かれたことが無い。怒られたり、苛立たれたこともない。単に、わたしが花宮くんの地雷を踏んでいないということだろう。ヘラヘラしているから叱責や暴言が効かない、と思われている可能性もあるが。
 いや、と一人で首を振る。
 花宮くんが合理主義で興味外には極端に面倒くさがりだということは、わたしでも知っている。本当にわたしが彼の地雷を踏んだなら、その時点で"花宮くんが気を遣う対象"から外れるだろう。一緒に帰ることもしないはずだ。
 そうなりたくないから、わたしは花宮くんのお気に入りでいようとする。わたしは、わたしに興味のない人に興味を持ち続けられない。
 花宮くんの正面に回り込んで、片手を伸ばす。

「ね、花宮くん」
「ん?」

 気恥ずかしいが、もし。もし、このまま花宮くんのお気に入り枠から外れ、わたしも花宮くんに興味を持たなくなるのは嫌だった。

「わたし、花宮くんにさわりたい」

 わたしよりも一関節分は大きく、少し骨っぽく、選手らしい筋肉のついた手を握っていないと落ち着かない。
 花宮くんが目を瞬いた。まさか、忘れていたとでも言うのだろうか。

「花宮くんにさわりたい」
「聞こえてる、ほら」

 差し出していた手を握られる。一度普通に握ってから、指を交互に絡ませた。
 「満足か?」とため息交じりに問われたので素直に頷く。問うている花宮くんの口角も上がっていた。

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