寂しくないんで


 先日、花宮くんからウィンターカップ予選の日程を教えてもらった。
 秀徳高校との試合は花宮くんが出ないというので行かず、丞成高校との試合は一人で観戦しにいった。
 今日は誠凛高校との試合だ。一人でこっそり観て帰るつもりだったのだが、思いもよらない人に声をかけられた。

「あれ、由都さんちゃう?」

 低い声に濃い関西弁。通路に立っているわたしに向かって、陽気な声がかけられた。
 花宮くんからの忠告が頭を過る。聞こえなかったことにしたいが、相手は先輩だ。花宮くんが苦手に思うほど、厄介な先輩だ。
 ここで出会ったのも何かの縁。楽しんだもの勝ち精神で、声の主に顔を向けた。
 笑顔で片手を上げる今吉さんは制服姿で、同じ制服の男女が固まって座っている。桐皇学園のバスケ部だろう。

「今吉さん、と諏佐さんも。お疲れ様です」
「久しぶりやな」
「お疲れ」
「今吉さんたちは、部員で観戦ですか?」
「そやでー。ここにおんのがウチのレギュラーと、優秀なマネや。由都さんは一人か」
「"五将"同士の学校ですし、観ておこうかと」
「やっぱりそういうのは知っとんやな」
「……バスケ部だと、"五将"とか"キセキ"とか、知ってるのは普通のことですか?」
「全国区の学校やったら、知っとって当然やな。もちろんウチも。ここにおるガングロはその"キセキ"の一人やし」

 視線を感じながら言葉を交わし、今吉さんが大柄な色黒の男子生徒を顎で示す。ああ噂の、と会釈をすると、無愛想に視線をそらされた。キセキとやらは一年生だと聞いていたが、ずいぶんと態度が大きい。桐皇学園のバスケ部は、あまり縦社会ではないのだろうか。

「一人で寂しく観戦すんのもアレやろ?由都さんここ座り」
「えっ寂しくないんで……」
「ワシの隣やで、嬉しいやろ」
「由都さん、悪いが今吉はこうなったら聞かないんだ。一緒に観戦する人がいないなら、諦めてここに座ってくれ」
「一緒に観よーや。解説したるし」
「あ、それはありがたいです」

 今吉さんに声をかけられた時から、逃げられない予感はしていた。
 これはわたしへのというより、花宮くんへの嫌がらせなんだろうなあと考えながら、空けてもらった今吉さんの隣に座る。初対面ばかりのメンバーに混ざるのは気が引けるが、どうしようもないので会釈で許してもらおう。
 存分に解説してくださいと今吉さんにお願いしていると、今吉さんいわく"優秀なマネ"の美少女が遠慮がちに声をかけてきた。

「あのう……今吉さんと諏佐さんのお知り合いですか?」
「お二人とはたまたまで、顔見知り程度です」
「"無冠の五将"のファン、とか?」
「んーそんな感じです。去年のインハイ予選も、霧崎第一と誠凛の試合観に来たんですよ」
「そうなんですか?」
「そうなん?」

 美少女と今吉さんの声がハモる。

「"五将"の実渕玲央と中学から仲良くて。彼から話を聞いて、観に行ったんです」
「実渕玲央……洛山二年のSG、"夜叉"の異名を持つプレイヤーですね」

 情報を付け加える美少女に対し、今吉さんは「そっちと"も"知り合いなんか」と言いたげな視線を向けてくる。わたしの立場を察して黙ってくれているのなら、そういう視線も控えて欲しい。

「わたし自身はバスケ部じゃないんで、かなり大雑把に見て楽しんでますけど」
「そーか。じゃ、気合入れて解説したるわ」
「わーい」
 
 話している間に、試合は始まっていた。
 今吉さん初め、桐皇バスケ部の皆さんの解説は楽しめた。当たり前だが皆さん詳しく、全国区の選手とあって指摘が細かい。誠凛はいわゆる今大会のダークホースで、注目度も高いらしい。試合は誠凛の勝利に終わったが、霧崎第一が大嫌いらしい彼らにチームプレイを捨てる選択をさせたのは驚きだった。ただでは倒れないあたり、花宮くんたちらしい。
 霧崎第一のプレイスタイルや完全アウェーの現状を踏まえ、笑顔での観戦は自重したが、恐らく今吉さんにはバレているだろう。

「どうやった?」

 試合終了後、今吉さんに問いかけられた。笑顔だ。花宮くんが言う所の、胡散臭いことこの上ない笑顔だ。
 会場は"霧崎第一(悪者)を倒した誠凛(イイ子)"をねぎらう空気で包まれている。桐皇学園スタメンが集まってるここも例外ではなく、清々したと言わんばかりである。
 そんな中でわたしに問いかけてくる今吉さん。いい性格をしている。

「誠凛のユニフォーム、カッコイイですね。解説もありがとうございました」
「はは、そーか」
「じゃあ、わたしはお先に」
「おん、気ぃ付けてな。花宮のご機嫌取り、頑張りや」

 今吉さんは、にっこり笑う。桐皇学園の部員からの視線が刺さった。「うわ……」気の毒そうな声は多分諏佐さんだ。
 わたしは一瞬固まった。このタイミングでぶっこんでくるのかと。けれど、嫌がらせプロな今吉さんを喜ばせないようにしようと考えるだけの余裕はあった。
 嫌がらなければ良いだろう、と。

「今吉さんにいじめられたって、花宮くんに慰めてもらいますよ」

 今吉さんと同じように笑って、肩をすくめた。

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