こういうところですよ


 朝、教室の鍵を開けるのは七割方わたしだ。
 花瓶の水を変えたり、換気をして過ごしているがそれらはついでであり、そのために登校しているのではない。一人寂しく読書をしているか、ぼーっとしているか、寝ている。朝早くから放課後遅くまで教室にいるせいで「学校に住んでるの?」と聞かれたりするが安心してほしい、毎日家に帰っている。
 その日は、どうやらあとの三割だったようで、教室が既に開いていた。電気が付き、ちゃんと暖房もついている。ありがたい。
 しかし、生徒の姿どころか荷物もなかった。
 先生が気を利かせてくれたのかと暖かい教室に入り、わたしは、わたしの席にある見覚えのないものに気がついた。
 ブランケットが丁寧に畳んで置いてある。頬ずりしたいくらいにふわふわで暖かそうな一品だ。手書きで"Merry Christmas. by M.H."と書かれたカードが添えられていた。

「こういうところですよ!」

 わたしは通路で膝を抱えた。今日一日どう過ごせばいいのだろうか。口角を制御しきれるだろうか。
 去年と違い、花宮くんは主将兼監督として忙しくしており、公式戦前後は中々会えない。そのため、プレゼントを渡す手段としては合理的なのかもしれないが。朝練前にわざわざ別クラスの鍵を開け、プレゼントを置いて行ったのだと思うといじらしい。
 先日、「今年はひざ掛け無しで二学期終われそうだったけど講習もあるし無理かも」と言ったことは覚えている。「就職希望なのに講習出んのかよ」「卒業したら勉強したくないから、在学中は勉強しとこっかなって」「そういうことすっから、教師から就職反対されるんだろ」みたいなやりとりがあったことも覚えている。
 動揺したまま、ともかくお礼を伝えねばとメッセンジャーアプリを開いた。テンション高めの顔文字も添えておく。

「講習もめっちゃ頑張れる。頑張らんでもいいのに」

 メッセージカードを手帳にしまい、ブランケットを抱き締めて数度深呼吸をした後、鞄を持って職員室に向かった。
 しれっと別のクラスの鍵を取り、ドアを開けて電気と暖房のスイッチを入れる。座席表で"花宮"を探し、机の中に入れっぱなしの教材で本人だと確認するのも忘れない。
 通学鞄から綺麗な紙袋を出し、ラッピングを入れて机の横に掛ける。普通に渡すつもりだったので洒落たカードなどない。メモ帳で勘弁してもらおう。
 直接会って話す口実が減るのは残念だが、これはこれで中々照れ臭い。もらうのもあげるのも照れ臭い。花宮くんも朝練終わりに照れるといい!
 書き心地が良いボールペンで"For my dear"と書き添えて、足取り軽く自分のクラスに戻った。
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