頭、大丈夫?


 いつも通り校門へ向かい、花宮くんと合流する。駅へ向かって歩き出しながら、花宮くんは繋いでないほうの手で自身の襟元を指さした。

「珍しいな、不良娘か」

 指しているのは花宮くん自身の襟元だが、視線はわたしだ。ちょっとばかり奇抜な色のネクタイが不在なのである。

「何気なく外したら、秒で結び方忘れた」
「は?」

 普段当たり前にこなしている行動を、意識すると不思議と出来なくなることがある。手が覚えてしまって、反射のような、思考を挟んでいない行動だ。ついさっきまで出来ていたのにふと乱れる。例えば紐を結ぶとき、自分のクセは右が上だったか左が上だったかどちらだろう、と考え始めるとスムーズな行動がとれなくなる。そんな現象が、わたしには極稀にあるのだが。
 心底意味が分かりません、という顔をされる。

「頭、大丈夫?」
「なんともない」
「注意されなかったのかよ」
「『持ってます』って言ったらオッケーだった。素行がいいからね」
「は、居残りの成果だな」
「流れ的に、不良娘と歩くのはいやだ、とか言われるかと思った」
「風紀検査んときちゃんとしてればいい。あいつら(男バス)もそうだろ。つかそう思うなら結んでもらうなりしろ」
「する」

 丸めてポケットに入れていたネクタイを出し、花宮くんに差し出す。花宮くんはネクタイとわたしを交互に見て、嘆息しながら繋いでいた手を離した。
 ブラウスの襟を立てて、しゅる、とネクタイを回す。女子用の細いネクタイが、一層華奢に見えておかしい。花宮くんは「やりにくいな」とぼやきながらも、丁寧に結び、襟を整えるところまでしてくれた。最後に、花宮くんからもらったネクタイピンを留めて完成である。
 あとは帰宅するだけなのだが、ネクタイを解くのがもったいない。

「ニヤニヤしやがって」
「んふふ、新婚さんみたい」
「なら逆だろ」
「今度結んであげるね」
「俺はポンコツ頭じゃねぇ」
「わたしだってポンコツじゃ……」
「そこは断言しとけ」

 花宮くんの頭脳を基準にすると、ポンコツの範囲が広くなってしまう。
 ともかくわたしは、早急にネクタイのむずび方を思い出さなければならない。もし、花宮くんがポンコツ化したときには、わたしが綺麗に結んで見せよう。もちろん、ポンコツ化していなくとも大歓迎である。

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