シンデレラの気分


 花宮くんを待つ校門前、呆と立ち尽くしていたせいだろう。
 気づいたときには遅かった。

「ア゛ッ」

 わたしは左足のローファーを脱ぎ、ケンケンでそれから距離をとった。放置されたローファーには、わたしに代わる新たな主人が乗っかっている。まじまじと見ることも出来ず、わたしはカバンを抱えて怯えるように顔をそらした。
 一瞬しか確認していないし、確認する気もないので分からないが、わたしが最も苦手な種類の虫がいた。口にするのもおぞましい、頭で思い描くのも狂気だ。出来るだけ自分へのショックを避けて表現するとすれば――キャタピーやケムッソと同類である。

「……なにやってんだ」

 どうすることも出来ず硬直するわたしに、呆れ返った声がかけられる。

「花宮くん!」
「なに」
「助けて!花宮くん!ヘルプ!」
「ウルッセ。靴は?」
「そこにあるんだけど履けない」

 花宮くんは脱ぎ捨てられたローファーを一瞥して、納得したような声をもらした。

「いや、登ってくる前に気づけよ」
「わたしもそう思うけど!もう無理履けん、見ることも出来ん、花宮くん虫大丈夫よね?わたしほど駄目じゃないよね?それちょっと、あの、排除してくださいません?」
「よく喋るな」
「なんなら泣きそうなんやからな!」
「……」
「は、花宮くんの足にカエルが乗っても排除してあげへんよ!」
「爬虫類と両生類は大丈夫なくせになあ……」

 よっこいせ、と若々しい運動部主将には似合わない掛け声のあと、コンコン、と硬い音がする。直視できないので推測だが、花壇にわたしの靴を叩きつけてヤツを落としているらしい。
 わたしは、ヤツがさっさと落ちてくれることを祈るしか出来ない。
 何度か叩きつける音がした後「落ちた」と花宮くんが呟いた。

「ありがとう……」
「感謝し崇め奉れ」
「花宮様……」
「ほれ靴。帰んぞ」
「んふ、シンデレラの気分」
「余裕か?」

 ヤツのいなくなった靴をはく。一度目撃してしまったら、不安はそう簡単に拭えるものではない。わたしは自分の両足と鞄を無意味にチェックしてから花宮くんの腕を取った。動きにくいと文句があったものの、振り払われないのでそのままにさせていただく。

「なんだ、甘えたか」
「わたしは今、自然の全てを警戒してる」
「生きにくそう」
「花宮くんも、知らない間にカエルが靴に乗ってたらこうなるよ」
「由都ほどじゃない」

 ヌメヌメした両生類を前にしたら全力で顔を歪めるのを知っている。水族館の両生類ゾーンでは展示から精一杯距離をとるくせに、と言いたくなったが、先程助けられたのは事実なので触れなかった。
 結局、駅まで花宮くんのひっつき虫をした。

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