では失礼して


 特に理由はなく無言で下校していると、花宮くんが急に立ち止まった。

「え、何……んぬっ」

 勢いよく、正面から顔をつかまれる。といっても攻撃的なものではなく、両頬を潰すような掴み方だ。非常に喋りにくいが、痛みはない。
 花宮くんは何を考えているのか、しばらくわたしの頬をこねると、満足げに手を離した。

「ええ……ほんとに何……?」
「普段笑わないヤツほど、表情筋が発達してないからほっぺが柔らかいらしい」
「はあ」
「で、由都はいっつも無意味に笑ってっから、どうかなと思って。予想通り硬かった。硬ぇというか、弾力があるな」
「ありがとう……?それでいくと、花宮くんも柔らかそうだよね」
「男バス内ベストオブ柔らかほっぺは古橋」
「ああー」

 納得。古橋くん、表情変わらないもんな。逆に原くんは硬そう。山崎くんもそこそこ硬そう。
 折角なので花宮くんも触らせてほしいと言うと、自分からやったくせに控えめな舌打ちをされた。ふむ、変わった口笛である。
 以前は照れくさくて改まって花宮くんの顔に触れるなんて芸当は出来なかったが、今なら行ける気がしていた。勢いは大事だ。
 
「ドウゾ」
「では失礼して……やわっ」
「はい終了」

 人のほっぺは遠慮なく鷲掴みにしたくせに、なんともケチなふるまいだ。だが現在は下校中、つまり外なので、わたしもそれ以上粘らなかった。次のお家デートのときにでも触らせてもらおう。
 歩みを再開させると、自然と無言になった。やはり今日は無言デイになるらしい。
 わたしは一瞬だけ触った頬の感触を思い出しながら、密かに笑う。わたしより遥かに鍛えて力がある一方で、頬はわたしよりもよほど柔らかいときた。

「明日、古橋くんのほっぺも触らせてもらおうかな」
「……まあ、いいんじゃねぇの」

 不思議な間があいたのは、まさか嫉妬でもしてくれたのだろうか。

- 37 -

prev振り返らずに聞いてくれnext
ALICE+