ええ趣味やわ


「非常に天気が良い」
「由都、帽子は」
「花宮くんと話し辛くなるから嫌なんよね」
「俺との物理的距離を自覚してる点は高評価」
「いつでも日焼け対策してるから平気」

 おうちデートが多いので、外でのデートは珍しい。友達とデートトークをすると信じられないと怪訝な顔をされる。
 例えば買い物。花宮くんを付き合わせるのは気が進まない。そもそも、一人で事足りる。
 例えば映画。せっかく一緒にいられるのに、スクリーンに二時間も集中するのはもったいない。
 例えば水族館。土日は家族連れでごった返すので気が進まない。
 そんな風に考えてしまうので、お互いやりたいことをやりながら一緒にいるおうちデートが合っているのだ。
 たまには、今日のように外に出る。カフェでドリンクを買って、外のベンチで読書をするのがパターンだ。ついででウィンドウショッピングするときもあるが、即決できるものしか買わない。
 お互いの家の最寄り駅とも、高校の最寄り駅とも違う、大きな駅に二人で出かける。わたしはジュースバーでリンゴをテイクアウト、花宮くんはパン屋のコーヒーをテイクアウトした。プラスチックカップを持って広場に出て、木陰のベンチに腰かける。広場で一番目立たない場所だ。
 わたしがルーズリーフを出すと、花宮くんが気の毒そうな顔をした。

「そんなに馬鹿だったか?」
「馬鹿にならないためだよ。今の範囲苦手で」
「ふはっ」

 教科書をたった一回、隅から隅まで読むだけで全てのみ込んでしまう人には分からないのだろう。花宮くんほどではないにしても、特にテスト勉強をする必要がないという生徒はちらほらいる。羨ましい限りだ。
 花宮くんが、先日賞を取ったらしい洋書を読んでいる横で、黙々と自分用テスト対策ノートを復習する。
 集中が切れたら、無理せず休憩するのがわたしなりの勉強法だ。ノートから顔を上げて、花宮くんの肩にもたれる。落ち着く場所をさがして目を伏せると、何かを頭にかぶせられた。

「うん?」
「取るなよ。黙っとけ」

 花宮くんが被っていたキャップだ。もたれたことへの静かな抗議かと思ったのだが、様子がおかしい。わたしと話しているときより格段に声が低い。狭くなった視界で、花宮くんが本を閉じたのが見えた。
 他校のバスケ部だろうか。花宮くんはそのプレースタイル上、バスケコート外で絡まれることもあるという。
 場合によっては半泣きで花宮くんにすがりつきつつ通報しようと思案していると、わたしの予想に反し、陽気な声が聞こえてきた。

「奇遇やな花宮ぁ。元気しとったか?」
「……お久しぶりです」
「そんな鬱陶しそうな顔せんといてや、傷つくわ」
「男二人の今吉サンとは違って、俺はデート中なんで。邪魔しないでください」
「女の子引っ付けとる思たらホンマに彼女なんか。羨ましいなあ、諏佐」

 猫を被っていない花宮くんの知り合いだ。さほど警戒せずともよさそうである。ただ花宮くんの反応からして、イマヨシさんとは進んで関わりたくないらしい。スサさんは、単なるイマヨシさんの連れだろうか。
 わたしは会釈だけしておく。花宮くんに任せておくつもりだったが、サッとわたしの前に眼鏡の青年がしゃがんだ。帽子を深くかぶって俯き加減だったわたしの視界にばっちり入り込む。
 花宮くんが舌打ちをした。

「お、かわええ子やん。ワシは花宮と同じ中学でな、一コ上の先輩や。今吉いうねん、よろしく。こっちは今のチームメイトの諏佐や。驚かしてすまんな」

 いえ、と言いながら帽子を取る。花宮くんは何も言わなかった。
 イマヨシさんが立ち上がってスサさんと並ぶ。わたしたちが座っているせいもあるのだろうが、やはり身長が高い。

「由都です。花宮くんと同じ、霧崎第一の一年です」
「バスケ部のマネとかか?」
「帰宅部です」
「へえ……」
「……由都は俺のスタイルを知ってますから。このネタでからかっても無駄ですよ」
「なんや、そうなん?ユウトさん、ええ趣味しとんなあ」
「それほどでも」
「わはは!ホンマ、ええ趣味やわ」
「……今吉、そろそろ行こう」

 イマヨシさんとスサさんが「またなー」「邪魔して悪かったな」と駅の方向へと消えていく。会釈をすると、イマヨシさんが手を振ってくれた。
 花宮くんはこれでもかというほどため息を吐いて、宙に向かって悪態をついている。よほど苦手なようだ。

「めっちゃ関西弁やった、ちょっとつられる。花宮くんって関西にいたことあったっけ?」
「あの人はずっとあんなんだ。今は桐皇学園にいる」
「バスケ部?」
「ああ。……テクニックはあるし頭も回るが……嫌がらせに関して、今吉サンに並ぶヤツはいねぇだろ」
「花宮くんが言うなんて相当じゃん」
「もし会うことがあっても、極力関わるなよ」
「ないことを祈る」

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