狐の一門

 藤襲山(ふじかさねやま)で発見した遺品は、隠によって育手のもとへ届けられる。試験開始前に名前や出身のほか、身なりについても記録を求められるのはそのためだ。所持者不明の物品は、一定期間保管された後廃棄される。わたしは遺品回収のみで関わるので試験開始前の様子は知らないが、最終選別を受けて隠になった同僚が言うには、みな遺書を書くような心境だったという。
 
「今回は、少ないのですね」

 わたしが山を巡って集めてきた落とし物を見て、最終選別監督の、お館様のご子息が言う。
 遺品回収任務での最大の誤算は、"お館様のご子息ご息女が監督をされる"ことだ。嫌でも一度は顔を合わせることになる。中枢や隊士に関わりたくないと常日頃思っているにも関わらずこの有様。最初こそ任務を他の隠に変わってもらおうと考えたが、任務内容の危険度が高すぎて容易に交代出来ないのだ。隠を悪戯に殺すわけにもいかず、わたしが請け負っている。純血種様ではないが、主であるお館様一族に対して記憶操作が出来るはずもなく――吸血鬼は血統主義の縦社会だ――毎回胃を痛くしながら任務をこなしている。
 ともかく。
 落とし物も少なければ、今回の最終選別では死者もゼロだった。おまけに、鬼は九割近く減っていたように思う。受験者の実力が軒並み高くても、これほどまで小さな被害で済むとは考えにくい。まるで、それこそ鬼のように強い誰かが鬼を殺して回ったかのようだ。
 わたしが拾ってきた物品は、遺品ではなく落とし物、というわけだ。
 数名の隠で配達に回るところだが、数が少ないということで、そのままわたしが届けるよう任された。強制ではなかった。ご子息は「良ければ」と前置きをして言った。わたしはそれなりに忙しいので、もちろん断ることも出来たのだろうけれど、純血種様のような空気を持つご子息からの言葉を断るなど精神的負担が大きすぎる上、届ける落とし物に思うところがあったので、数拍おいてから頷いた。
 拾うものは様々だ。死者が多いときは着物の切れ端も極力回収する。折れた刀もよく拾う。多くはないが印象に残るのは、丹精込めて作られた狐の面である。お守りなのだろうと思う。同じようなつくりで異なる模様のものを何度か拾ったので、ある育手のもとで修行をした子どもたちが持たされているのだろう。この狐の面が、わたしの"思うところ"である。
 数年前、何度目かの狐の面を拾った。配達係の隠に「狐の面はあったか」と聞かれたので是と答えると、ひどく悲しそうな顔をした。その育手のもとからやってきた子どもたちは、藤襲山のある鬼に執拗に狙われてしまい、死亡率がダントツで高いらしい。その隠は以前にも狐の面を届けたことがあり、育手の沈痛な雰囲気に心がえぐられるのだいう。
 今回もあった。割れた狐の面が。ただし、最終選別での死者はゼロ。面の持ち主は生きている。
 一度、その育手と会ってみたいと思っていたから良い機会だ。会ってどうするのかは考えていない。墓があるなら、手を合わせるくらいはしたい。心配していた例の隠に報告出来たらいいなあ、くらいの漠然とした動機だった。
 鱗滝左近次(うろこだき さこんじ)という育手は、狭霧山(さぎりやま)の麓に住んでいた。ぽつんと一軒だけ、小さな家が建っていた。
 到着したのは夕刻で、家からは良い香りがしていた。米を炊いているのだろう。炊きたての米はわたしも好きだ。つやりとしていて噛むほど甘い。
 夕飯時に邪魔してしまうことに若干の申し訳なさを覚えながらも、戸を叩いた。

「ごめんください」
「はい」

 子供の声がして、すぐに戸が開いた。黒髪の男の子が笑顔を向けてきて――首根っこを掴まれて家の奥へと投げられる。強制退場させられた男の子は、宍色(ししいろ)髪の男の子が受け止めようとして失敗し、二人で倒れ込む。男の子をひっつかんで投げたのは天狗の面をつけた男性で、男の子と位置を入れ替えたかと思うと流れるように抜刀した。
 抜刀した!

「オ゛ァ!?」

 わたしは奇妙な声を短く上げて、バックステップで距離を取る。そうだ、鱗滝左近次は元水柱だ。いつぞや炎柱に斬りかかられた思い出が蘇る。階級が上がれば上がるほど、わたしの気配に疑問を持つということは既に知っていた。
 天狗面の鱗滝さんと思われる人物は、子どもを下がらせて臨戦態勢だ。首は傾いているけれども。後ろの子どもたちは、困惑顔だがそれぞれ刀を抱えている。ああ素晴らしい、きちんと訓練されている。最終選別を通過したのはどの子だろうか。などという現実逃避もそこそこに、わたしは両手を上げた。

「最終選別での落とし物を届けに来ました、ただの隠です。そういう反応は慣れていますので。ほら外を見て下さい、まだ日が沈んでいないでしょう。藤の香り袋だって持っています」
「確かに……鬼、とは少々違うようだが。人間、とも違うような……」
「ただの隠です。この狐の面をお届けに」
「あ、ギユウの! 俺をかばったときに割れたやつ!」

 宍色髪の男の子が言う。中々物騒な状況で落としたらしい。
 鱗滝さんは狐の面を見て刀をおさめてくれた。遺品配達のことは十分知っているからだろう。出会い頭の抜刀を謝られそうになったので、慌てて手を振った。鬼と勘違いされるのは正直言って我慢ならないのだが、斬りかかられていないのでセーフということにする。
 鱗滝さんはわたしを家にあげてくれた。お詫びも兼ねているのだろう。断るのも無礼だと判断して、お茶を一杯だけいただく。隠とはいえ鬼殺隊であるわたしに興味津々な子どもたちは、そわそわしながら炊事を続行していた。
 黒髪で表情の乏しい男の子が義勇(ぎゆう)、宍色髪で顔に大きな傷がある男の子が錆兎(さびと)というらしい。最終選別に通ったのは二人ともだそうだ。
 鱗滝さんと向かい合って座り、改めて木路と名乗ってから、仕事のことを少しだけ話した。

「遺品回収……を、いつもされていると」
「はい。狐の面も、何度か」
「ああ……そうか」

 声は重苦しかった。面があるので表情は窺えないが、悔しさや無念がにじんでいる。送り出した教え子が、着物の端くれや割れた面だけで帰ってきたことは、一度や二度ではないはずだ。
 
「今回の試験では……その」
「死者はいませんでした。誰も死なずに終わったようです。不思議なんですけどね」

 わたしは顔布の下で笑む。理由はどうあれ、死者が少ないに越したことはない。
 鱗滝さんは子どもたちをうかがうような仕草をした後、声を落として言った。面をしているので声量を落とされると聞きづらさに拍車がかかるのだが、吸血鬼の耳は頑張った。

「どうも錆兎が、鬼を殺し、同じ受験者を助けて回ったようで」
「そうなのですか! 将来有望ですね。よほど強いのでしょう。遺品回収でよく山には入りますから、あそこが不慣れな子にとっていかに厳しい環境であるかは知っています」
「ええ、誇らしいです、育手としても。助けに入ったという義勇のことも、誇らしい。帰ってきてくれただけで、本当に……」
「心中、お察しします」
「ただ、錆兎は怪我で……いえ、あなたにお話するようなことでもありませんでした。忘れて下さい」

 続くのは、長くない、剣士としてはもうやっていけない、柱を目指せる体ではない、だろうか。部外者が掘り下げていい話とも思えないので、顔布をめくってお茶をすすった。
 熱いお茶に苦戦しながら口をつけていると、鱗滝さんから物言いたげな視線を感じた。

「何か?」
「木路さんは"一本藤"のことを知っていますか。遺品回収で山に入るのならば当然ご存知かとは思いますが」

 ひょっとして、わたしが植えた藤のことだろうか。藤襲山ではぐれて咲いている藤はあれだけだ。

「ええ、知っています」
「今回、この子たちが戻ってこられたのもあの藤のお陰です。この子たちの前の弟子も一人、生きて帰りました。自分が最終選別に臨んだときから咲き誇っていましたが、もしや、あれは年中咲いているのですか。選別の日程は、年にとっていくらか前後するでしょう」
 
 ああ、咲いてますね、と。少しだけ胸を張った。植物を成長させたり枯らせたりは、ある程度力のある吸血鬼なら朝飯前だが、年中の狂い咲きとなると話は違う。植物の周期的ないとなみを歪めるのは、わたしの特殊能力でしか出来ない。山の中腹で咲く檻の藤は、咲く時期を少しずつずらすことで鬼を閉じ込めているのであって、年がら年中同じ木が咲いているのではない。

「あの藤は、鬼殺隊発足当初から?」
「いえ、明治に入ってからです」
「一体誰が植えたのか……」

 わたしですねえ。
 自分だと答えるのは簡単だが、わたしの年齢を推測され、隠の外にまで抜け忍説を、しかも自分から広げるのには抵抗がある。「お館様でしょうねえ」それっぽい返答ではぐらかす。鱗滝さんも「確かにお館様なら」と納得していた。長い歴史を持つ鬼殺隊の代々当主だ、年中咲く藤くらい持っていそうである。

「あの藤に助けられた鬼殺隊員は多いでしょう。命さえあれば、自分で選択も出来る」
「……一人でも多く助かればと、願いを込めて植えられたのでしょうね」
「迫藤とも呼ばれているらしいが……品種でしょうか」

 お茶をむせそうになって寸出でこらえる。
 これはバレてないか。お館様に、あの藤はわたしが植えたとバレてはいないか。
 一瞬ひやりとしたが、抜け忍説を思い出す。遺品回収任務についた何代目かの迫木路が植えた、と思われているのだろう。それならばセーフだ。迫一族など無いとバレていればアウトだった。
 それにしても"迫藤"。最初に星を見つけた人が自分の名前をつけるようなそれ。誰が言い始めたのだろう。うかつに名字を名乗れない理由が出来てしまった。

「それでは、わたしはこれで失礼いたします。お茶、ごちそうさまでした」

 落とし物を届けられただけでなく、彼ら以外の弟子も生還しているらしいと分かり収穫もあった。長々と居座るつもりもないし、思いもよらない迫藤情報が心臓に悪かったので、まだ熱いお茶を流し込んだ。
 片膝を立てたところで、錆兎くんが心底不思議そうな顔をした。

「外はもう日が暮れていますよ。危ないと思いますが」
「泊まるのかと思ってた……」

 錆兎くんに続いて義勇くんまでおかしなことを言う。鱗滝さんも頷かないでほしい。

「大丈夫ですよ。藤の香り袋はしっかり持っていますし、そこまで図々しくは……次の仕事もありますので。羽々丸!」

 戸を少しだけ開けて呼びかける。屋根にとまっていたらしい羽々丸が地面に降りて、左右に首を傾けた。選別に通った錆兎くんも義勇くんも鎹烏は与えられているだろうから、驚かれることもなかった。鱗滝さんは"隠が鴉を持っている"ことには驚いたようだ。

「隠でも鎹鴉がつくことがあるとは……」
「移動が多いせいですね。……羽々丸、次の任務に向けて移動しよう」

 羽々丸は口を開けて首を傾ける角度を深くする。

「休憩、休憩。シバシ休息ヤデ」

 絶句した。泊まるのが嫌なわけではないが、手土産も何もなく、藤家紋の家でもない――旅人を歓迎する準備がない――ところに泊まるのは、申し訳ないがゆえにいささか覚悟を必要とする。振り向き、錆兎くんと義勇くんがこころなしか目を輝かせているのを見て、そっと所持金と一晩の見返りになりそうな労働を思い浮かべた。今まで知った鬼の情報も、宿泊の対価になるだろうか。

「移動が多いということは、日頃はゆっくりする暇もないのでしょう。泊まっていかれると良い」

 鱗滝さんに善意百%でそう言われてしまえば、断ることは出来なかった。

 今まで出会った鬼や目にした戦闘の様子を語り、隠とはそもそも何ぞやという話もし、わたしが女だと気づいた彼らに叫ばれたりと、中々賑やかな夜だった。

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