後輩は大事にするもの

 戦闘後処理、現場回復の隠が見るのは、基本的に戦闘の残骸だ。えぐれた地面や倒壊した家屋などまだ可愛いもので、怪我人死人臓物骨などがあると悲惨さは増す。
 その村は非常に閉鎖的で、村人が消えても町では騒ぎにならなかった。村内では問題になっていたのかもしれないが、生き残りが一人もいない今となっては分からない。閉ざされた村に現れた鬼は、村人を数日間かけて全て胃袋に収め、食料を求めて町に出た。町で失踪者が出てやっと問題が表面化し、鬼殺隊が派遣された。力をつけていた鬼は廃村に逃げ込んだものの隊士によって討伐され、後始末のために隠が派遣された。
 村は血まみれだったものの、きれいなほうだと感じた。人間の残骸がほとんどなかったからだ。ハエやウジのたかった食べ残しを回収し、丁寧に埋葬する。もし誰かが足を運んでも獣の被害だと思われるように鬼の痕跡を消す。隠はそういったことを行う。わたしはそれに加えて、自然回復も仕事にしている。他の隠や隊士の目があるので瞬時回復はさせないが、陰鬱な空気を草木が浄化するようにと能力を使うのだ。あと藤も植える。木の枝さえあれば根を張らせることも容易だ。狂い咲きではない通常の藤となるように加減して。
 ひと目を盗んで藤を植え、さあ撤収だ。ちょうど朝日もさしてきた。村人の数と比較して小さすぎる墓に手を合わせていると、隣に隊士が並んだ。この任務で招集された隊士の一人で、おそらくまだ新人。村の片付けを手伝っている姿も見た。生き残ってなによりだと新人隊士の未来を願いつつ、顔を上げようとして、止まった。
 この村が凄惨な有様で多少鼻が狂っているとはいっても、新鮮な血臭には敏感だ。なぜならわたしは吸血鬼だから。
 わたしは、立ち去ろうとした隣の隊士を引き止めた。

「怪我してない?」
「は? え、はい?」
「なんで手当してもらってないの」
「そりゃここは血のにおいが……」
「違うの、分かるよ」
「それを言ったら、あんたも妙な気配がしますよ。でもそれはこの土地に鬼の気配が残っているせいでしょう。俺も同じです」

 新人のくせに、わたしに不信感を持つとは。さてはさぞ優秀な隊士とみた。
 感心もそこそこに、自分のことは棚に上げて畳み掛ける。怪我をしていることは確実なのだ。怪我をした隊士をそのまま見送れない。

「あなたから血のにおいがする。隊服は破れてないけど……強く打ち付けてどこか切ったんじゃないの? 血がたれてる感じもないから軽く止血はしたのかな? それでも安心しちゃだめだよ。傷は消毒しておかないと、後が怖いよ。感染症にでもなったらどうするの」
「……大した傷じゃないんで」
「戦いで疲れてるのは分かるけど、せっかく隠がいるんだから。怪我したこと、ちゃんと申告してくださるかしら」
「……腕を切ってます」
「わたしも少しなら処置道具持ってるから。そこの民家に入れてもらおう」

 彼はどことなく不服そうな顔だったが、わたしが階級的に上だと分かっているのか、もう拒否する体力もないのか面倒くさいのか、怠そうに比較的無事な民家に入った。
 鬼殺隊の隊服は丈夫に出来ていて、鬼の爪や牙も容易には通さないが、衝撃を完全に吸収できるかといえば別だ。鬼に噛まれて傷が残らなくても、歯型は残るだろう。建物に叩きつけられて破れなくても、痣が出来て皮膚が裂けることもあるだろう。隊服が無事イコール無傷ではないのである。
 彼は肘のあたりを切っていた。傷そのものは小さかったが深く、彼自身が巻いたのであろう手ぬぐいには血が滲んでいた。

「痛みは脳への信号なんだよ。命の危険があるよって。それを無視しちゃいけません」

 傷がすぐ治るせいで痛覚に鈍感な吸血鬼とは違い、人間はすぐ死ぬんだから、無茶はしないでほしい。
 消毒してさくさくと包帯を巻く。

「期待の新人なのに」
「……誰ですか、それ。そんなこと言ったのも」
「きみのこと。言ったのはわたし」

 何気ない一言だったのだが、彼は思いの外食いついた。棘のある声で根拠を聞かれたので、ただ勘だと答えておく。まさか、わたしの気配に疑問を持ったから、とは言えない。刀からする嫌な雰囲気がひとしお、とも言えない。
 適当なことを、と。彼は消え入りそうな声で毒づいた。残念ながら、吸血鬼の耳には届いている。聞こえてるぞ。

「何をそんなに卑下しているんだか」
「別に、なんでも」
「……。愚痴なら聞こうか? 見知らぬひとのほうが言いやすかったりするでしょ」
「理解者気取りですか?」
「別のことに気を取られて死なないでほしいだけ」
「なんでもありませんよ。隠で、有名人の、木路さん」

 処置し終わり袖を下ろす彼の声は皮肉に満ちていた。隊士ではなく隠であることを見下すと同時に、隠内で知られているわたしに対する妬み。何か複雑な心境を抱えていそうである。
 鬼殺隊員はほとんどが悲劇を背負っているので、あっけからんとしているほうが希少だが。彼は悲劇というより、ネガティブをこじらせているように見えた。悲壮さが無いのである。

「わたしのこと知ってたの」
「他の隠から聞きました。地面に手をついたり、こそこそしているから。なんとなく、気配も変なんで、鬼かと思って」
「もしかして、他の隊士みたいに手当てされたり、隠に後を任せて撤収しなかったの、わたしを気にしたせい?」
「……もし鬼だったら、隠だと対処できないでしょう。かといって、あのとき一緒にいた上級隊士に報告するような信憑性もない。俺が残るのが手っ取り早いと判断しただけです」

 勢いに任せて突っ走る系かと思いきや、案外思慮深い。これはネガティブこじらせ説が強くなる。何か引っかかることがあると、吐き出さずに溜め込むタイプだ。
 彼はむっつり黙り込んで支度を整えた。わたしも特に聞き出すようなことはせず、道具を片付けた。いくら思い悩んでいるようだからといって、あまりしつこくつつくものではない。彼が溜め込んだものを昇華できるのならば尚更、そこに他人は不要だろう。
 わたしは、彼が無為に死なないのならば、それで。別にカウンセラーでもないので。

「俺が優秀なのは当たり前だろ」

 民家の外に出て、朝日を浴びながら彼は吐き捨てる。わたしではない誰か宛だとしても、言葉の落とし方が乱暴だった。薄々そんな気はしていたが、彼はどちらかというと粗暴な部類だ。隠内で知られているわたしに気を使っているだけだろう。つまり身の振り方をきちんと弁えているということで、決して謗(そし)る意図はない。
 彼はそのまま立ち去ることはなく、わたしに行き先を問うてきた。

「木路さんは、移動ですか。まさか定住隠じゃないでしょう」
「うん。町にとってる宿で荷物をまとめて、移動かな。きみは?」
「さあ……鴉次第です、けど……鴉が」
「このさっきから『カァカァ』言ってるの、きみの鴉?」
「遠いのに、耳が良いんですね」

 『耳が良い』という何でもない言葉には、これでもかというほど妬みがこもっていた。耳の良い人間に恨みでもあるのだろうか。

「揉めてるみたいです。木路さんも鴉って持ってたりしますか」
「持ってるよ。うちのと揉めてるの?」

 頭が良く、クセはあっても従順な鎹鴉が喧嘩をするなど聞いたことがない。外に出て彼の視線の先を確認すると、確かに二羽の鴉がカァカァ鳴いていた。遠い鳴き声だけでは、どちらがどちらの鴉か分からないし、そもそも野生の鴉かもしれない。呼んでみないことには分からないな、と二人で鎹鴉の名を呼んだ。

「羽々丸!」
「明衛!」
「えっあき、明衛!?」

 先代鎹鴉の名前に、彼を二度見した。わたしの過剰な反応に、彼は露骨に眉を寄せたけれど、理由を話せば納得してくれた。
 鴉語は履修していないが、二羽は揉めているのではなく再会を喜んでいただけに違いない。
 明衛と羽々丸がやや距離を取って地面に降りる。腕を差し出していた彼は怪訝な顔をした。

「まさか明衛の現オーナーと会えるとは。仲良くしてる?」
「普通ですよ」
「きみと一緒で優秀だから、大事にしてあげてね」
「……」
「『あんたのお下がりなのに?』って思った?」
「別に」

 これは思ったに違いない。
 
「鎹鴉はお館様から与えられるものだ。たまたまわたしが賜った鴉が、とっても優秀だったものだから、隊士付きになったんだろう。そこはむしろ『優秀な鎹鴉を奪ってやった』くらいの気持ちでいいと思うよ」
「……奪われたとは思わないんですか」
「明衛が優秀で、わたしが隠で。隠より隊士のほうが、鴉が必要なのは事実だよ」
「……」
「羽々丸もよく働くしね」
「エエンヤデ」
「ははは」

 彼は前を睨んでいた。何か言おうとして失敗し、頭をかいている。難儀な性格をしている。
 明確な階級付けのある鬼殺隊では劣等感をぬぐいきるのは難しく、隊員は大体がトラウマ持ちで、心を許した仲間は死んでいき、早々死なない化け物相手に命を賭けなければならない。おまけに隊士の仕事時間は夜だ。日光を浴びて気分転換も出来ない。気が滅入る職場なことは間違いない。
 彼も滅入ってるんだろうなあ。頭が回り、分別があるから余計に、吐き出せるところは少なそうだ。家族が健在か、育手と良好な関係であればいいのだが。同僚は当てにしてはいけない、死亡率が高すぎる。
 ふむ。死亡率か。

「……きみさあ」
「なんすか。もう行きますけど」
「名前何て言うの。明衛の新しいご主人だし、これも何かの縁でしょ。また会ったとき、呼べる名前があったほうがいいでしょう」

 わたしは早々死なないから、彼が生き続けてくれれば会う機会もきっとある。わたしの初めての鴉の、現オーナーである。勝手ながら親近感も沸く。会える"次"を楽しみにしたくもなる。そのついでに、彼の吐き出し口候補になるのもいいだろう。
 彼からため息が聞こえた。面倒くせえという気持ちが透けて見える。そんなに邪険にすることでもないだろうに。

「カイガクです」
「かいがく? どんな字を書くの」

 彼が木の枝を拾って土に字を書く。"獪岳"というのが、彼の名前らしい。

「覚えておくよ、獪岳」
「すぐに忘れますよ、木路さん」

 獪岳は移動続きだったらしく、明衛から藤家紋の家での休息を伝えられていた。わたしは町の宿へ、獪岳は藤家紋の家へ。方向が違うので、その場で分かれることになった。
 悲惨な村を後にする。「またね」と言うと獪岳は雑な会釈を返してきた。

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