わたしについていた鎹鴉が代わった。明衛の仕事ぶりが評価され、隠ではなく、より鎹鴉が必要な隊士付になるらしい。
新しく与えられた鎹鴉は、名を羽々丸(はばまる)という。若いオスの鴉だった。
「ゴスズン」
「ご、しゅ、じ、ん」
「ゴ、シュ、ジ、ン」
「ご主人」
「ゴスズン」
明衛はわたしのことを名前で木路と呼んでいたけれど、羽々丸は「ご主人」と呼びたいらしく、けれど舌が回っていない。何度やっても「ゴスズン」なのだ。
「いいんだけどね、ゴスズンで」
「ゴスズン!」
「うん、愛嬌があっていいよ」
「情報収集ヤデ」
「そうだね、行こうか」
「エエンヤデ」
今回の任務は、羽々丸が言った通り情報収集だ。たまたまその町に滞在した隊士が消えたという。表立った被害はまだ無いが、隊服を見ての隊士一点狙いの鬼の可能性もある。わたしが近くにいたこともあり、隊士に先行して現場に向かい、出奔か鬼か判断せよとのことだった。
情報収集なので隊服ではなく着流しで、かつ藤の香り袋も宿に預けて町を歩く。日輪刀の破片は持ったままだ。鬼はこの刃の気配が分からないらしい。それもそうだ、分かっていたら刀鍛冶の里があっという間に潰される。
隊士と同様の宿をとったがそこに鬼の気配はなく、血臭も残っていなかったので、何か事件があったとすれば外だろう。それとなく最近の出来事や不審な人物を訪ねながら旅人として歩く。日が落ちると人通りは格段に減るが、鬼の情報を集めるためには夜歩きも必要だ。
月が頭上を通りすぎ、朝が近づいてきた頃。宿に引き上げようかとしたところで、不意に悪寒が走った。
通りの正面から歩いてくる青年だ。一目で、いや、見ずとも人間ではないと分かった。
鬼か。普段遭遇する鬼とはどこか違う。血生臭いので、ただの人間ではないことは確実だ。純血種様かと疑うほどの気配の濃さだが、膝をつきたくならないので、おそらく違う。この世界の純血種とわたしの知る純血種様がイコールでないならば、完全に否定は出来ないけれど。
青年はわたしと視線を合わせている。おそらく彼も、わたしが人間ではないことに気づいている。お互い歩みを止めていないので、このまま行けばすれ違うことになるだろう。
人間ではない。ただの鬼とも断言できない。純血種様の可能性も否定できない。
わたしの頭に十二鬼月という言葉がよぎったものの、心の中で失笑する。これほどの圧を持つ者が十二鬼月ならば、いくら柱オールスターズでも勝算は低いだろう。
二メートルほど間を開けて立ち止まった。
「良い夜ですね」
青年が穏やかに言う。
まず、ただの鬼という選択肢を切り捨てた。共食いすらする鬼が、夜道を歩いている人間型の存在に対して友好的に接するとは思えない。結構な人数を食って自我を持った鬼か、それこそ十二鬼月か、希望的観測だが人を食わない鬼か。鬼舞辻によって鬼になっても人を食わない個体が、たった一人とは言えないのだから。
純血種様だと嬉しいのだけれど。正面切って「純血の吸血鬼ですか」と尋ねるわけにもいくまい。彼にはきっと、わたしが記憶操作する隙がない。
「涼しくてちょうど良いです」
探れるならば探りたい。が、そんな優しい気配をしていない。優しげに見せているだけの物騒の権化だ。懐かしい寮長と同じ類。
「見かけない顔ですが」
「少し立ち寄っただけです。あちこちを見て回るのが好きでして。地元の方ですか?」
「はい。物書きをしております。ネタ探しに、こうして夜に散歩するのが趣味なのですよ」
「夜の静かな町も良いですよね」
「……。単刀直入にお聞きしますが、人間ではありませんよね」
とてもぶっすり核心をついてきた。実力が伴っているから出来る芸当だ。
これは、返答次第でわたしの首が持っていかれる。
「ええ。海の外から来ました」
「外つ国から……何の用で?」
「観光と、同族探しでしょうか。生憎と、まだ出会ったことはありません」
「……外つ国の植物には、詳しいですか」
思いもよらない話題が振られ、一瞬どもった。わたしは植物にまつわる能力持ちだ、そこそこ詳しいと自負している。
「あ、ええ、まあ」
「"青い彼岸花"について、何がご存知ではありませんか」
彼岸花。別名"曼殊沙華(まんじゅしゃげ)"等複数、学名は、確か"リコリス・ラジアータ"。この国でもよく見られる植物な上、植物の情報収集は手広く行っているので、それ自体は知っていた。枝や葉のないまっすぐとした茎の上に、細長い花が複数つき、外を向いて咲く。花弁は基本的に赤色で、満開になると赤い汁椀をひっくりかえしたような姿になる。独特な姿なせいか咲く時期のせいか毒を持つせいか、複数の意味を持つややこしい花だ。
この問いに答えられるかどうかで生死が決まる、なんてことは言わないでほしいがあり得るので、真面目に頭を回転させた。
彼岸花の近縁種には黄色や白色をしたものがあるが、青色は聞いたことがない。青色の花をつける植物自体は珍しくないが、彼岸花の青となると。
「青い彼岸花は初めて聞きました。あの、アガパンサスではなく?」
「アガパンサス?」
「和名ですと"紫君子蘭(むらさきくんしらん)"。名前の通り、青色よりは紫色寄りで、見た目は彼岸花の色違いですよ。科から違うので植物としては別物ですが」
「ああ、紫君子蘭なら知っています。アガパンサスとも言うのですね。そうではなく、青の、彼岸花です」
「そうですか……」
不正解だった。内心、絶対これだ、と思っただけに残念。
再び頭を回転させる。回転させた上で、かなり言葉を選んだ。この国ではあらゆる文明がまだ未発達で、一般常識のレベルもわたしが思っているより低い場合がある。
「花が青くなるのは、ある酵素遺伝子の有無も関係しますが……鉄を含むと青い場合が多いです。金属イオンが複雑に融合して、深みのある青になるのです。あとは、紫陽花なんかは色の操作がしやすい植物です。アルミニウムを与えることで青くなり、pHも関係しますね」
「……随分、お詳しいのですね」
「あはは。彼岸花の育つ環境に着目してはいかがでしょう。土壌の関係で、色が変わるのかもしれませんね」
青年が思案気な顔で「土か」と呟いている。
「もう少しうかがってもいいですか」
「ええ、もちろん」
断る選択肢などあってないようなものなので、わたしは笑顔で頷いた。
アガパンサスでいいなら話は早かったのになと思いつつ疑問が浮かぶ。なぜ、アガパンサスでは駄目なのか。ただ青い彼岸花を見たいというだけならば、アガパンサスでも良いだろうに。
「ところで、一つ質問なのですが
「なんですか?」
「青い彼岸花は、観賞用で欲しているのではないのですよね。何かに使うのですか?」
「およそ千年前の薬の材料らしいのです。それを探していて」
「薬ですか」
青年の言葉から推察するに"彼岸花の中でも青い彼岸花にしかない成分"が存在するのだろう。物書きだという彼は、どうにかしてそれを見つけたいと。
深夜の町で、月光を浴びながら植物談義に花を咲かせる。植物だけに、と笑う余裕もなかった。色が変わりやすい紫陽花に興味津々の青年に、紫陽花の色が変わる仕組みを懇切丁寧に分かりやすく説明せねばならなかったからだ。彼岸花の色も変わるか、という話については特に気を使った。紫陽花は花びらにアントシアニンがあるから色が変わるけれど、彼岸花の花びらにアントシアニンは……どうだったかな……。無い、と断言すればデッドエンドなので、出身地に無い花なので詳細は分からない、と濁しに濁した。
「ありがとう、ためになったよ」
途中から敬語を外した青年が言う。
わたしは白んできた空を見た。朝日を避けて彼が話題を切り上げたのだとしたら、十中八九彼は鬼だ。鬼が青い彼岸花を探す理由は不明だが、ただ、こんなに圧の強い鬼と対戦せねばならない鬼殺隊士が心配である。
「随分話し込んでしまいましたね。では、わたしはこれで」
「悪いがこのまま帰せないな」
伸ばされた腕を咄嗟に避けると、鋭い舌打ちが返ってきた。好青年然とした彼はどこへやら、目を釣り上げてわたしを睨んでくる。
非常によろしくない状況だが、幸いにも空は白く、朝日がのぞいている。軒下に入った彼とは対照的に、わたしは民家の屋根に飛び乗った。
「青い彼岸花、見つかると良いですね!」
鬼が日光に弱くて助かったと、これ以上思ったこともないだろう。全力で屋根を蹴って、全速力で駆け出す。宿に置いた荷物は諦めるしかない。別の隠か隊士に頼んで回収されれば御の字だが、物騒な青年と遭遇することを考えると。純血種と匹敵するほど強い気配だったのだ、柱でも無い限り殺される。
誰もこの町に来ませんように、と願ってふと思う。十二鬼月の可能性が高いなら、むしろ知らせて、隊士に向かってもらうべきなのでは。討伐して然るべきなのではないか。
走って走って、十分すぎるくらい走って、十人が十人「離れすぎ」と言うほど距離をとって、藤家紋の家に駆け込む。お茶を出されてようやく落ち着き、わたしは苦渋の表情で筆をとった。
町で十二鬼月と思しき存在と遭遇したことと、青い彼岸花を探していることを簡潔に書いて、息切れしている羽々丸に託す。
一週間後に羽々丸から、あの町で鬼は出なかったと聞かされた。行方知れずになった隊士は、ずっと遠くの町で鬼として討伐されたという。