人間判定

 隠に抜け忍がいるという噂は、柱になる前からカナエに聞いていた。
 集めた情報は確実で、自然が崩壊した山を元に戻す謎の技術を持ち、人間にしては妙な気配なせいで柱に斬りかかられても、かすり傷で済む。鬼ではないかと疑われる情報だが健康診断結果はいつも健康状態良好な人間。太陽の下も歩けるし藤の花だって平気らしい。
 高い身体能力と謎の自然再生能力と妙な気配だが、鬼ではない。その上、その名を名乗る人物がおよそ百年前から活動しているというので、出た結果が抜け忍であった。
 どこかの忍びの里の者が鬼に襲われ、鬼殺隊に救われた恩返しに隠として活動し、代々その名前を継いでいる。隠は普段の活動で顔が隠れているので、同じ名前で中身が変わっていても分からない。忍者を止めて帰農することを処罰しない時代に、忍の里から抜けたのだろうと。
 カナエから抜け忍の話を聞いたとき、しのぶはそんな馬鹿なと思った。太陽を克服した鬼が鬼殺隊に潜入しているだけでは? 鬼殺隊の危機では?
 会う機会があれば問い詰めてやろうと思っていたが、抜け忍(仮)は隠の階級で上位であり、上位剣士並みに仕事が忙しく中々捕まらない。接触を急がなかったのは、他に、従順に仕事をしているということも理由だった。こちらが疑っていると勘付いてないのならば、そうやって油断させておいたほうがいいだろうと。
 機会が巡っていたのは、隊員の健康診断期間だった。しのぶが蝶屋敷に帰還したタイミングで、蝶屋敷での健康診断を受ける隠の中に、抜け忍(仮)がいると聞いたのだ。

「わたしが診ます」

 アオイに「任務後ですから休んでください!」と言われたが聞かなかった。この機を逃せば、次いつ遭遇できるか分からない。しのぶは診療間仕切りの一つに入った。他の間仕切りにいる医者には抜け忍(仮)の順番が来ても名前を呼ばぬよう言い聞かせ、そのときが来るまで待った。まさか柱がいると思わない隠は、しのぶの間仕切りに入るなり「ヒッ」だの「アゥッ」だの妙な反応をするが、柱に対する反応は皆そんなものなので気にならない。
 何度目かの診療書類の振り分けのとき、隣の間仕切りにいる医者からそっと書類が渡された。抜け忍(仮)の診療簿だった。
 しのぶは間仕切りに立てかけている日輪刀を一瞥して、抜け忍(仮)の名前を呼んだ。

「迫さん、どうぞ」

 この間仕切りにしのぶ(柱)がいることはもうバレているだろう。さあ、どんな行動を見せるのか。
 満面の笑みで待っていると、これ以上ないくらいに顔をひきつらせた抜け忍(仮)が入って来た。
 見た目は十代後半、見方によっては二十代前半にも見える。高めの身長と肩幅のせいで青年に見えないこともないが、しっかり女性の抜け忍(仮)。抜け忍(仮)はガッチガチの表情でしのぶの対面に座った。

「およそ百年、名前を変えることもなく鬼殺隊に居続けるとは、中々度胸がおありなのですね。姉はあなたのことを買っているようですが、わたしはそうではありません」
「そのようで……」
「ところで、この採血管。ここに血液を入れただけで、鬼か人間かの判断が出来ます。通常の健康診断で使用しているものです。なぜ改めて宣言したのかと言いますのも、以前あなたの診察をした医師に聞き取りをした結果、妙にあなたのことを覚えてはいらっしゃいませんでした。おかしいですよね。あなた、隠の中では有名ですのに。今対面してより不思議に思いました、とても綺麗なお顔立ちでいらっしゃるから。なにか記憶を混濁させる技でもお持ちですか? 忍の術ですか? 採血した後、血を取り換えでもしましたか? けれども、わたし相手ならば、そう簡単にはいかないでしょう。結果次第、すぐにわたしが対応します」
「は、柱に対応されるほどのことでもないかと……」
「それはわたしが判断します。さあ、早速採血しましょうか」

 枕を叩き、腕を出すよう催促する。抜け忍(仮)は悲愴な顔で腕を出した。


 地道に隠として活動をして大体七十年くらい。柱に斬りかかられた後太陽の下を歩いて誤解を解いたこともある。平和ではなかったが、吸血鬼の情報ないかなと真面目に活動して七十年。尾ひれがついて百年扱いになっているが、まだそこまでは経っていないはずだ。もう同族探しは諦めようかと思い始めた頃、健康診断で蟲柱が出てくるという事態になった。
 抜け忍なんていう突飛な発想に乗っかり続けたつけが回ってきたのだろう。あるいは、毎年の健康診断で医者の意識を失わせている間にお弁当の血液を採血管に入れるというズルをしていたつけ。
 柱や継子の戦闘能力の高さはこの百年で知っているので、もしわたしの血が鬼とでても、正面突破は出来ない。多分殺される。ズボンのポケットに忍ばせた種や球根で攪乱している内に逃げるか、と逃亡計画を立てる。
 しかし、幸い、わたしの血は鬼と出なかった。純血種様ならアウトだったかもしれない。混血で良かったとこんなに強く思ったことはない。
 蟲柱はがっかりしていた。

「本当に抜け忍なのですか。何代目ですか?」

 妙な威圧感が少しだけ和らぐ。迫じゃなくて名前で読んで欲しいんですけどという要望も言えなかった。家の名前は、吸血鬼として呼ばれているようで落ち着かない。

「秘密です」
「柱に斬られたというのは?」
「本当です」
「年代的にあなたよりも前の"迫木路"なのでしょうけれど」

 まーわたしですけれども。対吸血鬼武器程のダメージはなかったが、痛みだけ強烈に残るという中々ショッキングな出来事だった。跡が残っていたら、同一人物とバレてしまうところだ。

「戦闘に巻き込まれても無傷だったと聞いています。迫一族は高い実力を持つと推測できるのに、剣士にならないのは何故ですか?」
「誤解されて斬られたら困るからです」
「……疑ったことは、謝罪しませんよ」
「初めてじゃないので、大丈夫です」

 蟲柱はカルテをチェックしながら話す。名前身長年齢体重持病血圧等々、蟲柱はあまり興味がなさそうだ。

「階級が高いにもかかわらず剣士と接触したがらないのも、誤解されやすいからですか」
「夜に出会ったら、誤解が解けませんので」
「はあ。こう何度も疑われては業務に差し障りかねないでしょう。人間証明書でも書いておきますから、万が一の時はそれを提出してくださいね」
「に、人間証明書」
「柱相手に、提出する隙があるかは分かりませんが。お仕事、励んでくださいね」

 ちらりと盗み見たカルテは、『人間』と書いたきれいな文字が何度も丸で囲ってあった。非常に複雑な気分だった。

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