平和的撤退

 自然環境が戦場になり、壊滅的被害を被った場合、どれだけ遠くにいてもお呼びがかかる。忍法で土地を再生させられるからである。怪しまれない様に加減はしているが、自然回復を待つよりは断然早い。具体的に言うと、一週間あれば八割修復できる。本気を出せばその場で直るけれども。
 羽々丸に仕事地を告げられ地図を見て頭を抱えつつも、行きませんとは言えない。人間には出来ない速度で走り――これも仕事開始当初は加減していたが、上級剣士がかなり人外じみた動きをすることに気付いてからはあまり遠慮していない――公共交通機関も使って、丸一日で到着する。こっそりお弁当を飲んでから問題の山に向かった。
 ひどい有様だった。戦闘で木が刈られたり大地がえぐられたり。柱の戦闘があったらしいので、納得ではある。

「よお、待ってたぜ」

 特徴から判断して、音柱がいた。なんでいる。忙しいはずだ、はよ次の仕事行きなよ。

「なんで待ってるんですか」
「この跡地どうすんだって隠に聞いたら、『後で例の木路が来るんで』って言うからよ」
「あなたは評判通りの男前ですね」
「まあな。木路も俺ほどじゃねぇが派手に決まってんじゃねぇか!」

 男だと思われている気がするが、訂正するのもなんなのでそのままにしておく。
 音柱は「噂の抜け忍」を確認したかっただけのようで、蟲柱からもらった人間証明書を見せると大声で腹を抱えて笑って楽しそうだった。バシバシ膝を叩きながら「分かる! 事前に聞いてねぇと派手に殺しそうになる気配してっから!」と不穏なことを言われた。
 わたしが地面に手をついていても音柱は突っ込まなかった。経験上、おそらく秘伝の術的なものだと思われている。突っ込まれないのは偽りしかない説明をしなくていいので気楽だ。ただ、目の前でみるみる森を再生するのは血鬼術と疑われるので、"一週間で八割"コース。

「地味だな」
「そりゃまあ……」
「そうしていると隙だらけって聞いてなぁ」

 わたしの隙を探す必要がどこに。そう問いかける前に、ゴ、と頭に衝撃があった。
 

 腹部の強い圧迫感を感じて目を開けた。視界が回っており、上下の感覚も無く気分は最悪だ。腕を動かそうにもピクリともせず、足は宙をかいている。ぎ、ぎ、と軋んだ音に、自分が縛り上げられたうえで木に吊るされていると察した。

「お早いお目覚めですねぇ。もうしばらくは眠っているはずの量を投与したのですが」

 真下に蟲柱がいる。輪郭がぼやけ二重にも三重にも見えるが、無言で無駄な身動きをせずにいると、すぐに視界は回復した。
 
「これじゃ、煉獄は間に合わねぇかもな」

 音柱もいる。音柱の隣に立つ男は初対面だが、蟲柱音柱ときているのだから彼も柱なのだろう。
 柱が三人。戦力過剰にもほどがある。わたしは、何か罠に嵌められたらしい。人間証明書を書いた本人がいるのだ、あのときから騙されていたと考えるのが自然である。
 奥歯を食いしばって声を絞り出す。

「……なぜ」
「何故? 分かりませんか? あなたを鬼だと……太陽を克服し、進化した鬼だと判断したまでのことです。不測の事態に備えて複数の柱を集めて万全の体制をとりましたが、あなた、戦闘能力はそうでもないんですね。後ろから殴られて気絶、あっさりしていて拍子抜けしました。目も普通ですし」
「それでも気配が明らかに人間じゃない上、胡蝶によると人間の血でもなかったらしい。後頭部の腫れがみるみるひく様子も見た。これで人間だっていうほうが無理だろ」

 深呼吸を繰り返すと、段々体の感覚が戻ってきた。何か薬物を投与されているようだが、吸血鬼に薬は効きにくい。蟲柱の発言も踏まえるに、吸血鬼は鬼よりも薬物耐性が高いのかもしれない。幸いだった。
 気絶している間に殺されなかったのは、情報を求めてのことだろうか。炎柱も来るようなので、戦力が十分揃った所で拷問でも始めるのかもしれない。もしくは、以前から多少知った仲として炎柱の意見でも求めるのかもしれない。
 そんなもの御免だ。話せる情報などない。大体、七十年以上も――私情はあれど――そこそこ献身的に仕事をしてきたのに、ここで裏切られるとは。むしろ今までが都合よくいきすぎたのかもしれないが、勝手に都合よく解釈してわたしを利用したのは鬼殺隊のほうだ。それを今になって切り捨てると。そりゃ、わたしも逆の立場だったらそうするかもしれない。鬼を狩る者として彼らの判断は正しい。それでも、一切の弁明も許さず襲撃するとは何事か。
 何より、何より腹に据えかねているのは。

「確信を持っているなら、今更わたしが言い募ったところで、人外の判断は覆らないんだろう」

 吊り下げられているにしては、我ながらしっかりとした声が出た。

「構わない。もういいよ。事実、わたしは人間じゃない」
「認めますか。そうせざるを得ませんものね」
「いい、いい、別に。でもね――鬼と一緒くたにされるのは許しがたい。誇りある貴族階級吸血鬼が、人を貪り食う鬼だと?」

 貴族の矜持にかけて、反論しない選択はなかった。穏やかな鬼もいると知っているが、柱たちが言っているのは狂った鬼のことに他ならない。任務で遭遇する、血肉に狂ったいきものだ。哀れな存在だと分かってはいても、それでも、一緒くたにされるのは言語道断である。

「やむを得ぬ事情でみすぼらしい身なりをして野宿だってしたことはあるが、無節操に、己の食欲に支配され、食い散らかしたりなどしない! わたしが鬼? はあ? ただ人外だというならともかく、それは侮辱に等しいわ!」

 そこまで叫んで、ぐわんぐわん揺れる視界に脱力した。シンプルに吐きそう。

「……鬼ではなく、きゅうけつき?」

 蟲柱の呟きが辛うじて耳に届く。再び深呼吸をすれば、いくらか気分はマシになった。

「血を、吸う、鬼、だ。鬼と違って太陽は平気、藤も平気、人間と同じものも食べられる。ただ、血の経口摂取を必要とする」
「鬼舞辻無惨との関係は?」
「吸血鬼は人間と同じように生まれる。血を飲んだからって、吸血鬼にはなれない」

 純血種様は少々事情が異なるが、馬鹿正直にそこまで話すこともないだろう。鬼舞辻無惨と同列に語られるのも嫌だ。純血種様は純血種様で、鬼ではない。名前だってもっと雅だ。そんな"やばい人物です"みたいな名前じゃない。
 そう言ったからって、解放されるとは思えない。信用してくれるとも思えない。
 よって、逃亡一択だった。柱三人相手にどこまで通用するか分からないが、鬼だと思われたまま、鬼として殺されるのだけは御免である。
 わたしは、地面に置かれた自分の荷物を睨んだ。竹筒も回収されている。いざという時の為に持ち運んでいた種子もあるだろう。
 息を止める。わたしを吊り下げている木の生気を根こそぎ奪って枯れさせ、枝が折れると同時にわたしの荷物に能力を使う。どの種子がどこにあるかなど分からないので、全てに。すべてを瞬間で成長させ、その全盛期で止める。
 柱三人が身構えわたしに刀を向けようとするも、愕然とした表情で膝をついた。
 わたしは息を止めて、縛られたまま死に物狂いで走って逃げる。

「ヴオェ、ま、待てこの」
「ウッ……オ゛ェ」
「オェ、う、くさ、」

 秘密兵器の種子は、日本を出ようと考えて外国人に接触したとき、是が非でもと手に入れたものもある。
 ショクダイオオコンニャクやラフレシアや、まあ、そういうやつである。

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