羽々丸と向かったのは、わたしが自宅として設定している小屋だ。お爺さんと寝起きし、山菜を取りに行き、畑を耕した、懐かしい場所である。
わたしの捜索命令が出ているのならば、必ず自宅に隊士が派遣されているだろうと判断しての行動だった。羽々丸を使って居場所を伝えても良かったが、出来るだけ自分から出向くという形をとりたかった。
柱がいれば話は早いが、平隊士でも問題はない。平隊士にはわたしの監視になってもらい、柱に引き渡される際に「平隊士に対して大人しいな」と思ってもらって、わたしの印象を良くしてほしいのだ。出来れば味方にしたいな、という下心もあるにはある。
"討伐命令"ではなく"捜索命令"なのが、わたしの油断を誘う作戦でないのであれば、の話だが。実は討伐命令で、相手が柱だったら、再び全力で逃亡し適当な平隊士を捕まえて人質にしつつ対話に持っていきたい。
果たして、隊士はそこにいた。一人だ。つつじ色の羽織を着た女性隊士は、頭に狐の面をつけていた。おそらく柱でないが、見覚えのある狐の面には驚いた。
狂い咲く藤を見上げている隊士は、わたしが近づくと即座に臨戦態勢をとる。ヒヤリとしたが斬りかかっては来ない上に一人なので、やはり、わたしに対する命令は討伐ではないのだろう。
「きみ、鱗滝さんのところの隊士でしょ」
彼女は険しい顔をしていたが、気さくに話しかけるといくらか毒気を抜かれたようだった。
「鱗滝さんを知ってるの?」
「最終選別で男の子が落としたお面を、届けに行ったことがあるよ。なんか一泊しちゃってね」
「……わたし、捕縛任務で対象の家に派遣されたんだけど、隠の迫木路さん?」
「そうだよ」
「ちょっと分からなくなってきた。捕縛任務ってだけで異例なのに……その様子からして、捕縛命令が出ているのは知っていたんでしょ。それなのにこうして出向いて」
「敵意がないことを示さないといけないなあと思ってさ」
「何が起きてるんだろう。よく分かんないや」
「説明は多分まだ出来ないけど、敵対するつもりがないのは本当だよ」
彼女は少しだけ警戒レベルを下げてくれたらしいが、異例の事態と不審者がいるということで、刀の柄からは手を離さなかった。階級を問うと「甲(きのえ)だよ」と返ってきた。柱以下の十階級の最上だ。こわい。柱と継子と上級隊士は人間ではなく"鬼殺隊士"といういきものだと思っている。
「知っていると思うけど、わたしは木路。あなたは?」
「マコモです」
「……ひょっとして、真菰のマコモ?」
木の枝を拾って、地面に真菰の文字を書く。彼女は不思議そうにしながらも頷いて肯定した。
珍しい名前だ。おまけに縁起がとても良い。
「植物の名前なんだよ。この国だと神事に使われて、御神威(ごしんい)が宿ると言われている……らしい。わたしは神事には詳しくないけどね。出雲のほうではしめ縄に使われているんだったかな」
「詳しいんだね」
「植物オタクみたいなものだから」
「おたく?」
「専門家もどきってところかな」
真菰さんは「木路さんの字も知ってるよ、文に書いてあったから」と木の枝を取る。わあ正解だあ、とわざとらしいリアクションをしつつ疑問が浮かぶ。隊士への任務伝達は基本的に鎹鴉からの口頭だ。文で伝えられることはない。
しゃがみこんだまま、わたしは隣の真菰さんに問いかけた。
「文って、誰から?」
「ぎ、ええと、水柱から。今の水柱はわたしの弟弟子で、わたしがここに派遣されるって聞いたからか注意事項をわざわざ連絡してきたの。普段は筆不精のくせに」
「注意されるようなことしたかなあ」
「『珍妙な植物が』とか『悪臭が』とか、『呼吸を使う隊士には天敵』とか」
わたしが逃亡したときのことを知っているということは、音柱や蟲柱とともにいた表情の乏しい青年が水柱だったのだろう。
「けど正当防衛だよ。後ろから殴られて木に吊るされれば、身を守らなきゃって思うでしょ。水柱含めて、柱が三人もいたんだから」
「そうやって逃げたのに、自分から出向いていいの? わたし、簡単に負けるつもり無いよ」
「やめてよ、戦わないよ。わたしは話をするために出てきたんだから」
「昼間にこうやってのんきにお話してるんだから、戦う気が無いのは分からなくもないけど。何を話すの?」
「わたしは敵ではありません、鬼ではありませんって」
「……そもそも、どうして柱たちは木路さんを襲ったの?」
「分からないモノはこわいからだと思うよ」
真菰さんはさらに事情を問うてきたけれど、柱たちよりも先に詳細な事情を説明するのは気が引けた。水柱と親交があるようだし、何かあればそちらから連絡もいくだろう。
これからどうするつもりなのか聞けば、なんと産屋敷邸に移動するのだという。ちょうど半年に一度の柱合会議の時期なので、わたしを連行するのにあわせて、会議を開催するつもりらしい。真菰さんはわたしと出会った瞬間に鴉を飛ばしていたらしく、今頃、柱が産屋敷邸に向かっているだろうとのことだった。
お館様と対話出来るチャンスなのは嬉しいが、柱勢揃いの中に出向くのは胃が痛い。死ぬ可能性は最初から考慮していたけれども、こうもはっきりと戦力を示されると心にくる。
「木路さんも隠だから知ってると思うけど、お館様のお屋敷までは案内役の隠に運ばれる。目隠しと耳栓もして。だから、わたしはその案内役の隠に木路さんを引き渡すのが仕事なの。一緒には行かないよ」
「そっか……」
「さみしそうだねぇ」
「そりゃ心細くもなるよ。覚悟はしてるつもりだけどさ」
「事情は全然わかんないから、あんまり楽観的なことも言えないけど、お館様はきちんとお話を聞いてくださるはずだし、いざとなったら義勇もきっと頼りになるよ。口下手だけど、とっても仲間思いだから」
真菰さんからの慰めにうんうん頷き、固まった。
「……義勇くん?」
「あ、水柱のことね。知ってるの?」
「狐の面を届けに行ったときの子。あの子、水柱になったの?」
「昔は泣き虫で逃げ腰だったけど、頼もしくなったよ。義勇を知ってるなら、錆兎も知ってる? 錆兎はわたしとおんなじ甲の隊士だよ」
木に吊られた記憶を思い起こす。真顔でわたしを見上げていた青年は、義勇くんだったのか。言われてみれば、面影があるような気がする。わさっと結った黒髪とか。
「あれ? 義勇を"あの子"呼び? お面を届けたのは最終選別のときって……?」
わたしの年齢に疑問を感じ始めた真菰さんには触れないようにして、わたしはしみじみと月日の流れを噛みしめる。どちらかというと小柄だったあの男の子が、今や柱にまで上り詰めているなんて。あの無表情を思い起こすに、わたしのことは覚えていなさそうだが。錆兎くんも、生きているようで何よりだ。二人とも二十歳くらいだろうか。
昔の知り合いです、と言えば義勇くんは加減してくれるだろうかと思い、すぐに首を振る。一考する材料にはしてくれるだろうが、わたしに甘くなることはないだろう。鬼も、人間と同じ姿で、隊士に命乞いをすることがあると聞く。そんな戯言に耳を貸すわけがないのだから。
今後の判断に期待するのではなく、ただ、以前出会った子どもが死にやすい職場で生き残っていることを喜ぼう。
「木路さんっていくつなの? わたしと同じくらいじゃないの?」
前に回り込んでくる真菰さんには笑顔を返した。