孤立有援

 白洲(しらす)とは。江戸時代、奉行所の庭に砂利を敷き詰め身分のない人々を着席させ、法廷の役割を果たした場所だ。砂利のしいた場所を下段、縁側を上段、と呼ぶこともある。聞いたことがあるだけの知識だったが、初めて体験している。
 わたしは縛られて砂利に寝転んでいた。好きで寝転んでいるのではなく、手と足が過剰なほど縛られているために座れないのである。隣には柱が並び、わたしは左右を柱に挟まれた真ん中で、縁側に座すお館様とご息女を見上げていた。
 運び込まれて目隠しを取ったら現在の光景が広がっていたので、わたしもいまいち理解が追いついていない。左右に見覚えのある面々がいたので柱だと判断し、彼らが膝をつき頭を垂れる人物といえばお館様、と判断しただけのことだ。

「はじめまして、ではないね、木路」

 お館様が言う。見た目は二十代そこそこ、顔の上半分の皮膚が変色し、視線が合わないのでどうやら盲目であるらしい。宙を見ながらかすかに口角を上げている。
 お館様の声は穏やかで包容力があった。決して、わたしへの脅迫ではない。親しくはないのに心をほぐされ、頭の奥まで通る。不気味なほど心地よいと感じる。寮長とはまた少し違ったカリスマ性だ。"従わなければ"という圧ではなく、"害してはいけない""自分の味方だ"と思わせる何かがあった。
 黙りこくって緊張している柱たち。発言は少し迷った。

「お館様が幼い頃、藤襲山(ふじかさねやま)でお会いしておりますからね」
「そう。木路は長い間、最終選別の遺品回収の任についている。記録によると明治に入ってから、戊辰戦争が終わったころのようだ。そのときから、ずっと木路が務めていたということは、わたしの父や祖父とも会っているのだろうね」
「……差し出がましいことを申しますが、どこまで把握されているのか確認させていただくことは出来ますか」
「それもそうだね。木路が来るまでに話していたことをまとめてくれるかい。今日はたくさん喋らせて悪いけれど、しのぶに頼めるかな」
「はい」

 頭を垂れたまま、蟲柱(むしばしら)が言う。

「わたしは、迫木路という名の隠が長年にわたり在籍しているという事実に疑問を持ちました。定期健康診断……正しくは、潜伏鬼を許さないための定期診断ですが、その場にて非人間であることを確認し、対応が必要だと判断。その後、迫木路と交友のある煉獄(れんごく)さん、迫木路の任務先になった宇髄(うずい)さん、場所的に対応が可能だった冨岡さんに協力を要請し、捕縛の後尋問をする予定でした。しかし捕縛後、未知の能力で植物と思われるものを出現させ、強烈な異臭によりわたしたちを攪乱、逃亡しました。日輪刀の破片と血の入った竹筒は回収していたので、野放しにすべきではないことと、鬼ではないという証言や不可解な能力を鑑みて、お館様へのご報告が必要だと意見が一致しました。今日、こうして集まるまでにあった出来事は以上です。続いて、迫木路が到着するまでに行われた会議の内容ですが」

 原稿があるわけでもあるまいに、蟲柱はよどみなく話す。落ち着いて耳に心地の良い美声なのに、どことなく棘を感じるのは気のせいではないだろう。よほど嫌われているらしい。 

「本人からの証言をまとめると、"迫木路は吸血鬼であり、襲名制はなくただ一人が隠として長年活動してきた"ということになります。吸血鬼については、渡来の書物に登場することがある人外であると調べがついておりますし……全くの妄言でもないのでしょう。疑問点は何よりもまず、その目的です。次に、吸血鬼とはどういったものなのか。……柱が揃っていれば下手なことは出来ませんし、先日のような遅れももうとりませんから、本人を尋問すべきだと意見がまとまっていました。以上です。迫さん、これで十分ですか?」
「もちろんです、ありがとうございます」

 蟲柱が急にこちらを向いて笑みを深める。寝転んだまま二度頷いた。
 説明が終わったところで、お館様が口を開く。やはり、他の柱は黙って控えたままだった。ただじっとしているだけのようでいて、その実、いつでもわたしを殺せるように神経を尖らせているのだ。
 
「ありがとう、しのぶ。さて、木路。まずは、およそ七十年に渡って鬼殺隊の隠として活動してきた理由を聞かせてもらえるかな」

 この問いへの答えは決まっている。珠世ちゃんに話したことと同じだ。さすがに、馬鹿正直に元居た世界のことを話すことはしない――正直、かなり揺らいだけれど。お館様の空気が独特すぎて、油断したら余計なことを話してしまいそうだ。

「同族を探しています。日本各地を移動し、人ではないものの情報が入る鬼殺隊なら、何か手がかりがつかめるかと思いまして」
「同族を探すのはなぜ?」
「人間に悪さをしていないかどうかの見回りです」
「吸血鬼はいたかい?」
「幸いにも、いいえ」

 わたしの事情的には、いてくれたほうが助かったのだが。

「吸血鬼とは何か、教えてもらってもいいかな。特に、鬼との違いを」
「人の血を糧とするいきものです。鬼との大きな違いは、見ての通り日光を浴びても死なないことと、人間が口にするような食べ物も食べられること、人間と同じように生まれること、人間ほど短くはありませんが寿命があること……鬼ほどの戦闘能力や再生能力がないこと、でしょうか。頭か心臓を潰せるのなら、日輪刀でなくとも死にます」
「本によれば、吸血鬼は日光で死んだり、十字架で死んだりするらしいけれど、違うのか」
「日光の得意不得意は個体差がありますが、死にはしません。十字架は効果がありません」

 この世界の吸血鬼がどうかは不明なものの、少なくともわたしにとっては事実だ。嘘は全く言っていない。

「日輪刀の破片を持っていたのは?」
「……戦闘後処理の任務時、戦闘中に到着した場合、破片を投げて応戦することがありました。すぐに再生しますし、頸を斬ることはとても出来ませんが、隙を作ることは出来ます。体内に日輪刀の破片を収めたまま再生すると、動きを鈍らせることにもなるようでした」
「ああ、木路の鎹鴉(かすがいがらす)がそういったことを言っていたらしいね。隊士が報告をあげていないのは何故だろう」
「上級吸血鬼は、記憶操作をする能力を持っています。目立ちたくはなかったので、わたしが関わった記憶に関しては改竄しました。戦闘後、疲労困憊の隊士相手でしたら隙だらけですので」
「植物を操る忍術、と言われていたのも、吸血鬼の能力かな?」
「これも上級吸血鬼の能力です。個体によっては炎を操ったり、氷を操ったり、血を操ったりしますが、わたしは植物の成長操作に特化しています」
「ふむ……」
「ご期待にそう説明が出来ているでしょうか」
「うん。ただ、一つだけ分からないな」
「なんでしょう」
「どうして、そんなに悲しそうなのかな。対話の場を望んでいたんだろう」

 お館様は、わたしと視線が合わないままで穏やかに笑んでいる。
 わたしは悲しいのだろうか。『悲しそう』と言われる理由が全く分からない。かなり緊張しているものの、お館様の言う通り対話の出来る現状は喜ばしい。良い状況のはずだ。わたしは、どちらかというと喜んでいるはずだ。
 悲しそう?
 そういえば、珠世ちゃんにも同じことを言われていた。『そんなに悲しそうな顔をしないで』と。
 
「……悲しんではいませんよ」
「そうかな」
「敵対する意思がないことと、鬼と吸血鬼が別物であると伝われば、わたしは十分です」
「――それでも、異物であることは事実でしょう」

 覚えのない声がした。お館様に対する意見は冷静な声音だったが、蟲柱よりももっと棘がある。声の主は、白髪で傷だらけの柱だった。全身に傷がある柱、と言えば風柱(かぜばしら)である。

「日輪刀の破片を使用するなど、死んだ隊士への冒涜です。本当のことを話しているという保証もありません。記憶を改竄できるのなら、都合の悪いことを忘れさせ、良い印象を植え付けることも出来ると思われます」
「わたしも同じ意見です」

 もっともな風柱の意見に、蟲柱が賛同する。

「鬼であるならある程度行動の予測も出来ますが、わたしたちにとって未知のいきものとなれば、万が一の際に対策を講ずることも難しい」
「実弥としのぶは、木路に何らかの処分をすべきだ、と言うわけだね。他の皆は?」

 ちゃんと把握していないので推測だが、わたし処分派は蟲柱、風柱に加えて、音柱、蛇柱(へびばしら)、岩柱、中立が炎柱(えんばしら)、恋柱、水柱。現在柱の座は一つ空いているので、これで全員だ。残念ながら、わたしの肩を持ってくれる者はいない。
 鬼殺隊に在籍し続ける理由もないが、出来る限り殺されたくはない。かといって、柱全員からは逃げきれない。生き延びるには説得に成功する必要があるが、決定的な切り札も無い。ないないない、ばかりだ。お館様の決定は絶対なので、お館様さえ説得してしまえば良いのだと分かってはいるものの、そのお館様を丸め込める気がしない。
 中々考えなしに乗り込んでしまったな、と思う。命か吸血鬼としてのプライドか、と問われて、ノータイムで後者をとったことに後悔はないとしても。
 顎に手を当てるお館様を見上げていると、別のご息女が縁側に現れた。
 
「お館様。急ぎの文が届いております。迫木路様に関することだそうです」
「木路のことなら、今読んでもらおうか。誰からかな」

 ご息女は縁側に座し、鎹鴉の足から外したと思われる折り目の多い文を広げた。

「元花柱、胡蝶カナエ様でございます」
 

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