ダリアの花が降る

「――以上が、胡蝶カナエ様からの文でございます」

 思考を驚きが占めていた。わたしの記憶操作術は、確かに純血種様ほど応用が利かないが、簡単に敗れるかと言われるとそれも違う。きっかけと本人の強い意志があったとはいえ、術のかけ方が甘かったのだろうか。結果としては、そのお陰でこの裁判の空気を変えられたのだけれど。
 お館様もさすがに驚いたようだったが、立ち直りは柱たちよりも早かった。

「わたしの大事な隊士(こども)を、上弦の弐から守ってくれたんだね。左腕は?」
「人間よりは、丈夫なので。万能ではありませんが」
「礼もあるけれど、無茶をする。こわくはなかったのかい?」
「もちろん、こわかったです。とっても」

 乱文気味が否めないものの詳細な文は、わたしにその戦闘を想起させた。
 柱が戦闘している、と分かった時点では割り込む気はなかった。柱の戦闘能力はおよそ人間の範疇を越えており、わたしですら目が追い付かないこともある。助けに入ったほうがかえって邪魔だ。だから大人しくしているつもりだったのだが、苦戦していることが分かり、かつ朝が近いとあって、肉壁くらいにはなれるしあわよくば鬼を殺せる、と飛び込んでしまったのだ。
 恐怖がなかったわけじゃない。それでも、生きている人間がその場にいたのだ。

「それでも、間に合ったんですよ。花柱は死んでいなかった」
「うん」
「隠のわたしよりもずっと、柱の皆さんのほうが実感する場面は多いと思いますけど、わたしだって思うんですよ。『あと半日早ければ』『あと一刻早ければ』『あと数秒早ければ、わたしが盾になれたのに』。誰かは死なずに、済んだかもしれないのに」
「うん。七〇年の間、沢山の人を見送って来たんだね」

 優しく促されて、目頭が熱くなる。涙と鼻水を飲み込んで、震える声で続けた。

「見送るなんて、そんな、そんな綺麗なものではありません。隠が戦場に到着して目にするのは、戦闘の残骸と食べ残しです。……何も出来ないと分かっていても、何かしたいと思うじゃないですか。助けられるなら、助けたいと思うじゃないですか」
「うん。だから、木路は悲しんでいるんだね。何度も人間を守ってくれたから、今になって敵だと疑われるのは辛いんだろう」
「わたしは、お館様、わたしは人間が好きです」
「うん、知っているよ。藤襲山の藤も、こどもたちを死なせたくなくて植えたんだろう?」
「はい、はい」
「木路はずっと、戦ってくれていたんだね」

 ご息女の手を借りて、お館様が縁側から白洲に降りてくる。柱たちが止めるのも聞かずに、わたしの前で膝を地面につけた。伸ばした手を探るように動かし、ぽすりとわたしの頭に乗せる。
 ゆるゆると撫でる仕草に目を見開く。
 
「ありがとう、木路」
「おやかたさま」
「長い間、頑張ってくれてありがとう」

 お館様はわたしの行いを労ってくれた。微笑みながら酬(むく)いてくれた。
 褒められたかったわけじゃない。見返りを求めてもいない。ただ、本当に全てを無かったことにされるのが、悲しかったのかもしれなかった。
 頭を撫でていた手が頬に触れると、お館様は親指の腹でわたしの頬をこする。まずい。

「泣いているの」
「いいえ」
「木路様は泣いておられます」
「お嬢様、実況はほどほどにしてください……」
「それから、お館様に撫ぜられて少し嬉しそうです」
「ぐっ……」
「そうか、そうか。木路も、わたしのかわいいこどもだよ」

 みっともない涙をぬぐいたいのに、縛られているせいでどうしようも動けない。どこか楽しそうなお館様の着物の袖で丁寧に涙をぬぐわれる、という名誉だが恥ずかしいことをされてしまった。優しくて良いにおいがした。
 お館様はわたしの涙を拭きながら、膝をついたままの柱たちに話しかけた。

「木路がどれだけ鬼殺隊に尽くしてくれたかは、みんなも分かってくれたと思う。カナエからの文が届いた頃合いを考えると、木路にとって都合のいい記憶をカナエに仕込むことも無理だろう。わたしは、木路には、このまま鬼殺隊員として所属してほしいと考えている。……けれど、みんなの懸念が分からない訳ではないよ。そこで、どうかな。何か案はあるかな?」

 提案というか、まず反対意見が出なかったことに驚いた。お館様の決定に異を唱えることは少ないとしても、元々、わたし処分派が多数だったはずだ。それほど、カナエさんからの文は威力が大きかったのだろう。鬼舞辻無惨と遭遇済みだという点も、無視出来ないのだろう。なにせ、全く手がかりがつかめていない宿敵だ。文で"鬼舞辻無惨"の名が出たときの、柱たちの反応と言ったら。
 ごしごしぽんぽんされて随分落ち着いたわたしは、寝ころんだまま左右の柱たちを見やる。

「俺が、継子として引き受けましょう」

 名乗り出たのは炎柱だった。
 
「高い身体能力があるのならば、呼吸を身に着けることも可能やもしれません。それに、柱である俺自身が木路の監視を出来ますし、もし十二鬼月や鬼舞辻無惨が現れても対応できます」
「……ふむ。木路は炎柱と交友があったというし、いいんじゃないかな。他のみんなもそれでいいかい?」

 柱たちは、最初のわたしへの敵意が嘘のように静かだった。もちろん、わたしは意見するつもりはない。吸血鬼だと認められ、命が保障されるのならば十分だ。継子になる、という遠回しの死刑宣告は下ったけれども。
 
「それじゃあ、長くなってしまったけれど木路の話は一旦終了だ。みんな、中に入って少し休憩をしてから、会議としようか。木路もお入り」

 お館様が縁側に戻られ、柱たちが立ち上がる。同時に、わたしも解放感を感じた。誰かが縄を切ってくれたらしい。なんとなく炎柱かなあと思いながら体を起こすと、意外にもそばに立っていたのは蟲柱だった。

「……良かったですね」
「はい、ええ、とても」
「……謝りませんよ」
「構いません。分からないものを警戒するのは、当然だと思います」
「ですが、姉を助けてくれたことには感謝しています」

 蟲柱はそれだけ言って、わたしに背を向ける。振り返りもせず、ずんずんと屋敷の中に入っていった。蟲柱のせいでわたしが人外だということが明るみに出たが、抜け忍説に乗っからずによくなったのも蟲柱のおかげだ。複雑だが、また礼が言えたらいい。
 蟲柱と入れ違いで声をかけてきたのは、今度こそ炎柱だった。他の柱からも見られてはいるが、会議が控えているからか、視線が向けられるだけだった。

「このような場で会うとはな、木路」
「よく言いますね、蟲柱から聞いて知っていたんでしょう」
「返す言葉がないな! 先日、ともにカツ丼を食べに行ったろう。そのときから知っていた。様子を見るようにと言われてな」
「正直にもほどがありますね、そこは黙っててもいいですよ。こちらこそ、丸く収まる提案をしていただいてありがとうございます」
「俺も継子を探していたからな。木路のことも信用している! だからといって、証言を全て頭から信じることもできなかったが」
「ほんと正直ですねぇ。いいですよ、中立に立ってくださっただけで嬉しかったので」
「……そうか!」

 炎柱が頷いて口角を上げる。効果音をつけるとすれば"ペカッ"。眩しいばかりの笑顔であった。

「嫌われたらどうしようかと思っていた。これから、改めてよろしくせねばならんからな」
「はは、そうですね。こちらこそよろしくお願いします。師匠? 師範のほうがいいですか?」
「師範しても師匠でも名前でも、なんでも構わん」
「槇寿郎さん、ご存命ですよね? では師匠で」
「そうか、父上も知っているのだったな」
「師匠はわたしのこと斬らないでくださいね」
「お館様に背かない限りはな」

 斬らない、とは言わないあたりが炎柱らしくて笑ってしまった。お館様に敵対することはないですよ、と肩をすくめた。恩もあるし、こわくて口答えなどする気にならないだろう。お館様の雰囲気は純血種様並なのだ。
 炎柱はまたペカッと笑う。少し遅くなってしまったが、他の柱たちのように屋敷の中へと移動した。

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