炎柱はいつからか、柱になったらある隠との顔合わせを恒例としている。継子がいればその者も一緒に顔を合わせる。幼少の頃、煉獄杏寿郎が父・煉獄槇寿郎にその理由を尋ねると、槇寿郎はううんとうなりながら答えた。
「彼の気配は、なんというか、人とは思えないのだ。鬼殺隊であるにも関わらず。かつての炎柱が鬼だと勘違いして斬りかかってしまったことがあって……以来、顔を合わせて慣れるようにしてる」
変わった人間もいるのだな、というのが杏寿郎の感想だった。剣の修行に精一杯で、隠にはあまり興味もなかったのだ。
杏寿郎が問題の隠と出会ったのは、父・槇寿郎が任務先で一緒になったという彼を連れ帰ってきたときだ。
「彼が隠の迫木路だ」
槇寿郎が杏寿郎や母の瑠火に紹介すると、彼は顔布を外して苦笑していた。
涼し気な目元とすっと通った鼻梁をした、美しい優男だった。槇寿郎と並ぶせいか、とんでもなく華奢に見えた。本当に、この細い男が隠とはいえ鬼殺隊の一員なのか、と幼い杏寿郎の思考はフリーズした。母よりは鍛えていそうとはいえ、男にしては細いし平たい。若いせいもあるのだろうか。この体躯で凄腕と言われる隠なのか。「木路って呼んでね」中性的な声で言われてようやく杏寿郎は馬鹿でかい声量で返事をした。幼い杏寿郎はこのときまだ、木路の気配が人とは思えない、ということが分からなかった。
二度目に会ったのは、杏寿郎が柱に就任して数日後だった。杏寿郎は木路と面識があるが、"新たな炎柱が顔合わせをする"というのが慣例だ。木路が代替わりしている可能性もあるので、挨拶をしようと鎹烏に文を持たせた。煉獄家に改めて招待できればと考えていたのだが、近くにいたからと、返信ではなく本人が杏寿郎の任務地に来たのだ。
「こんにちは、炎ばし……炎柱」
彼が途中で挨拶を切ったのは、振り向いた杏寿郎が殺気を飛ばして抜刀しかけたせいだろう。あの頃と変わらない木路がいたのでなんとか踏みとどまったが、顔を知らなければ抜いていた。
この感覚か、と剣士として一流となった杏寿郎は息を吐いた。任務で対峙する鬼ほどの不快感はないものの――以前に紹介されていたから、いくらか感じ方が柔らかいのかもしれない――少なくとも人間だとは思えなかった。常人の気配をしていない者は柱をはじめ鬼殺隊にもいるが、木路はそもそものいきものとして異なっているような、そんな気がしたのだ。
代替わりしているのか、と問えば、さあ、と返された。杏寿郎が見る限り変わっていない気がしたが、煉獄家もよく似ている家系なのでなんとも言えない。
どちらでもいいか、と根がおおらかな杏寿郎はあまり気にしなかった。
普通に任務をこなしていれば、特定の"定住ではない"隠と現場が一緒になり続けることはまずない。だが、杏寿郎は"柱権限"と"知り合い"という強みを使って時々木路を呼び寄せた。木路の仕事が終わるのを待ち、食事をともにして別れる。そういう流れが出来ていた。木路が優秀な隠であると知っていることも一因だが、杏寿郎の話を穏やかに聞く様子がまるで親のようで落ち着いた。鬼狩りに疲弊するような繊細な神経はしていないが、ふと息をついたときに木路がいてくれればいいと思う程度には気を許していた。
だから、蟲柱の胡蝶しのぶから「要警戒」の文が来たときには驚いた。歴代炎柱が顔を合わせているのだ、まさかと思ったが、身体検査が本格化したのはここ最近のことだ。鬼の研究で一目置かれているしのぶの言うことを無視することも出来ない。杏寿郎は、どちらにもつかない中立を保った。柱としては危険分子を排除すべきだと思っているのも確かだが、あの木路である。杏寿郎は、狂った様子もなく大人しく縛られて転がされている木路を見限ることは出来なかった。
結果として、お館様のおかげで木路は殺されずに済んだ。杏寿郎は友を失わずに済んだ。
継子に誘ったのは、色々と都合がよかったからだ。現在継子はいないし、他の柱に任せて木路が「手が滑った」と殺されないとも言い切れないし、長く炎柱/煉獄家にも寄り添ってきた木路が、他の柱のもとへ行くというのは複雑だった。
産屋敷邸から隠に運搬され、適当な場所で解放される。目隠しを外すと、木路もいる。
「木路は、ただ一人なのだろう」
ついさっき確定したことを確認する。木路はさらりと「ああ、そうですよ」と肯定した。今更隠せないから当然の態度ともいえた。
「我が煉獄家のことも、よく知っているのだろうな」
幼い杏寿郎のことも、現役の頃の父も、もっと前の炎柱のことも知っているのだろう。
木路は笑って「少しは」と返した。
たたずむ気配は人外のものだ。それでも人だと伝えられてきたが、本当に人外だったのだ。杏寿郎を見る彼の姿は以前のままなのに、まったく違ういきものに見える。それは木路ではなく、杏寿郎のとらえ方ががらりと変わってしまったのだろう。
ふむ、と。杏寿郎は腕を組む。
「……見た目は、人なのだがなぁ」
「それでも、人間ではありませんよ」
そう言う木路はどこか嬉しそうだった。
継子にするという選択が吉と出るか凶と出るかは分からない。杏寿郎自身、ここで人外と分かった木路を十割信用できないでいる。それでも判断せねばならないし、庇護することを決めたのは自分だ。
杏寿郎は、気合を入れて歩き始める。この人ならざる友人を鬼殺隊の益と出来るかどうかは、自分自身にかかっている。