炎柱(えんばしら)の継子(つぐこ)にはなったが、そもそも刀を扱えない。ついでに剣士用の隊服もない。そして師匠には任務がある。師匠は任務にわたしを連れて行くことも考えたらしいが、基礎を固めることのほうが重要だとして素振りをはじめとした基礎トレーニングを言い渡し、一人で向かった。
師匠から指示されたトレーニングをすべてこなそうと思うと、普通の人間なら休憩する間もないだろう。玄人が見たら「当然だな」と頷くメニューなのかもしれないが、素人からすると厳しいと思う。
庭で黙々とメニューを消化し、一区切りついたタイミングで竹刀を片手に木陰に座った。いやキツイ。借りた道着も汗で重くなっているような気がする。
「木路さん、大丈夫ですか。お水です」
千寿郎(せんじゅろう)くんは弱気な眉にさらに心配を乗せていた。ありがたく水を一気飲みして笑う。
「ありがとう、まだ大丈夫」
「倒れる前に休憩してくださいね。その、兄上は厳しいといいますか。継子とはそういうものなのかもしれませんが……何人もお辞めになっているので」
「……分からなくもない」
「木路さんも辞めたくなってしまいましたか?」
千寿郎くんがしゅんと肩を落とす。わたしは笑いながら否定した。否定するしかなかった。千寿郎くんには言えないが、わたしは継子オアデッドの状態なのだ。
「辞めないよ。こう見えて丈夫だから。刀は使ったことないけど」
「木路さんは、隠なのですよね。いえ、隠"だった"のですよね」
「今も兼任みたいなものだから間違ってないよ」
「煉獄家のように、長い間隠をしていると……。その、隠とはどういったものですか」
代々柱の家系だ、隠が珍しいわけでもあるまいに。どことなく違和感を感じて言い淀んでいると、何か勘違いしてしまったのか、千寿郎くんは慌てて謝ってきた。
「すみません、鍛錬中なのに。こんな質問を」
「ああ、いや、いいよ。全然構わない。ただ、隠なんて珍しくないだろうにと思って」
「確かに、我が家に出入りされることもありますが……木路さんは別格ですから、あなたから見た隠というものが知りたくて」
「隠志望?」
「……恥ずかしながら、剣の才が、」
無くて。消え入りそうな声で、何かに謝罪するように千寿郎くんは言う。
剣士の家系に生まれながら剣の才能がないことを、心底申し訳なく思っているような。まだまだ若い、とても若いが、色々と考えて悩んでいるのだろう。
わたしは左手の甲を何気なく見た。
「隠にもいろいろ業種あって。一番大きな部門は現場に出て情報収集とか戦闘後処理とかするところだけど、他にも……隊服作ってるのも隠、任務管理しているのも隠、産屋敷邸への案内も隠。仕事の幅は広いから、自分に合ったところを選びやすいとは思う」
「木路さんはどういったことを?」
「もっぱら現場。例外は最終選別後の遺品回収くらいかな……これも現場と言えば現場か。半分剣士の隠とか、最終選別に通ったけど隠になったとか、落ちて隠になったとか。藤家紋を掲げるだけではいてもたってもいられなくなって隠になったとか。隠になった理由もいろいろ聞くよ」
「……」
「信念みたいなものも人それぞれでさ。鬼を恨んでいるひとや隊士に感謝しているひともいれば、生活のためにたまたま隠を選んだっていうひともいる。剣士もそのあたりは同じかな」
「では、木路さんはどうして隠に……家系的なものでしょうか」
「ひと探しの手段に利用したの。最初はね」
千寿郎くんが目をしばたたく。高い志が無くて驚いたのかもしれない。
「でも、続けるうちに『自分に出来ることはしたい』と思うようになったかな。ひとが死んで、死んで、死んで……わたしは生きてるわけだから」
「それで剣士に?」
「あー……それは、なんというか、流れで。わたしは隠でいるつもりだったよ。鬼と真っ向から戦うことだけが鬼殺隊じゃないからね。今や、鬼を殺す毒なんかも開発されているから」
笑顔の蟲柱が頭をよぎる。
「だから、鬼殺隊に関わる方法はたくさんあるよ。ただ、それが千寿郎くんにとって良いのかは分からない」
「はい……」
剣士の才がないことを嘆く千寿郎くんに「隠なら刀を扱えなくても鬼殺隊に関われるよ!」と言うのは的外れだ。千寿郎くん自身が剣士を諦めない限り、それ以外の選択肢はないも同然だろう。隠の道を示すことは出来ても、千寿郎くんが剣士の道しか見ていないのだから。諦められないなら続ければいい。諦めたときに多くの選択肢を思い出せれば、それでいいと思う。
「千寿郎くんも稽古をしてるんだ」
「一応、はい」
「じゃあわたしの兄弟子だ」
「それは、僕では力不足です……僕に実力があればともかく、僕では木路さんに何かを教えることもできませんし……そうだ、蜜璃(みつり)さんなら姉弟子にふさわしいでしょう」
「ミツリさん?」
千寿郎くんはぱあと表情を明るくして、木の枝で地面に文字を書いた。<甘露寺蜜璃>、画数の多い名前だ。
「甘露寺蜜璃(かんろじ みつり)さんです。兄の元継子で、今は柱にまで」
「柱!? でも、炎柱は師匠だし、同じ呼吸の柱が立ってるなんて聞いてないけど」
「はい、蜜璃さんは修行中に独自の呼吸を開発し、恋柱(こいばしら)に任命されました」
わたしは膝を叩いた。柱の情報は隠にも流れてくるので知っている。恋柱といえば桜色の髪。元々知っている情報としてはそんなものだが、わたしは産屋敷邸で柱と顔を合わせているので追加で見知ったことがある。サイズの合わない隊服と長い三つ編みを三本つくっている、かわいらしい女性。産屋敷邸で見かけたときは、惜しげもなくさらされた谷間に目が釘付けになったものである。隠縫製部門の職務怠慢か、本人の趣味かは不明だ。
恋柱、なのだから、使っているのは恋の呼吸のはずだ。呼吸名と柱名が異なるのは雷の呼吸/鳴柱(なきばしら)しかわたしは知らない。恋柱が師匠の継子だったのならば、恋の呼吸は炎の呼吸の派生ということになる。
そもそも呼吸とは何ぞやという話だ。隊士でないわたしは聞きかじった程度のことしか知らない。
「炎って恋になるんだ。女性は水の呼吸が合いやすいって聞くから、恋の呼吸もそっち系統だと思ってた」
「確かに、女性で炎の呼吸を使われる方は少ないかもしれませんね」
「もしかしたらわたしも――」
炎の呼吸より水の呼吸のほうが合っているのかなあ。そもそも刀を振るえないと話にならないか。あはは。
そんなことを言おうとしたものの、接近してくるひとの気配に縁側を見た。すぐにどかどかと足音が聞こえてきて、目じりを吊り上げた槇寿郎さんが現れる。
わたしが立つと、気づいた千寿郎くんも口元を引き結んで立ち上がった。
槇寿郎(しんじゅろう)さんはわたしの持つ竹刀を見て舌打ちをこぼした。
「何度言えば分かる。才能の無いやつが、」
「お尋ねしたいのですけれど」
かけられる言葉が予測出来たので、わたしはそれを元気よく遮った。「木路さん!」千寿郎くんが顔を青くして見上げてくる。
元とはいえ柱相手になめた口を利くのは度胸がいるが、わたしには最高にこわい存在がいる。寮長である。寮長の想い人にちょっかいをかけることに比べれば、槇寿郎さんに正面からぶつかることなど可愛いものだ。
言葉を遮られた槇寿郎さんは青筋を浮かべて口を開いたが、それが声になるより前にわたしが喋った。
「槇寿郎さんは家族思いの優しいかたです。厳しいことは言っても、実の息子を罵倒するようなかたではありませんでした」
「何を知った風なことを」
「瑠火さんがご存命だったならば、槇寿郎さんの暴言を許しはしなかったでしょう」
「貴様に……貴様に何が分かると言うんだ! 実力がありながら隠に甘んじていた腰抜け家系の分際で!」
「ちっ父上! それは言い過ぎです!」
「黙れ千寿郎! ……黙れ木路!」
内心、じゃあわたしは黙らなくていいか、と屁理屈こねていたことがバレたらしい。
黙らないけれど。
よそのご家庭に口を出すのが褒められたものではないと重々承知だが、煉獄家との付き合いは長いのだ、大目に見てほしい。元々そういう気質の人だったらここまで気にならないのだが、槇寿郎さんの優し時代を知っているだけに、どうにも無視し続けることが難しい。それほどまでに、この数日間の槇寿郎さんの振る舞いはひどいものだった。
わたしは槇寿郎さんを追い詰めたいわけではないが、いつかは衝突しただろうと思う。
「わたしは家庭もありませんから、槇寿郎さんの想いを理解することは難しいでしょう」
「貴様はどうすればその口を閉じるんだ」
「しかし隠とはいえ鬼殺隊です。死別の残酷さはたくさん見てきました。槇寿郎さんは、師匠……杏寿郎(きょうじゅろう)さんがもしも殉職したら、後悔するのではないですか」
「何度も言っているだろう、大した才能がないものは死んでいくものだ」
「わたしに剣の才能云々は分かりませんが、柱にまでなっているのですから、それに見合った努力と心の強さはあるでしょう。継子が柱になったと聞きました、ひとに教える素質もあるのかもしれません」
槇寿郎さんが苛立ちを募らせているのが分かる。額に浮かんだ青筋は今にも破裂しそうだ。
「亡くなって初めて気づくことは多く、そしてつらいものです。取り返しがつかない。元柱の槇寿郎さんなら分かるでしょう。鬼殺隊にとって明日は、一般市民よりも脆いものです。優しいあなたは後悔しますよ。杏寿郎さんや千寿郎くんと会えなくなったとき、絶対に後悔します。瑠火さんが生きていた証をないがしろにしたことを」
「きっ――貴様に、何が! 黙れ!」
腹から声を出した槇寿郎さんが、瞬きの間に目の前にいた。
わたしは向かってくる拳を視界に入れながら遅れて理解した――<全集中の呼吸・常中(じょうちゅう)>。鬼と戦うために身体能力を向上させる技/呼吸を四六時中行うというものだ。上位隊士なら出来て当然の技であり、元柱の槇寿郎さんにとっても染みついたものなのだろう。
普通の人間相手の喧嘩ならば負ける気がしないが、元とはいえ柱からの拳。回避が間に合わないなと判断を下したのは早かった。しかしただ殴られるだけなのも嫌なので、わたしも自分に出来る最速で拳を振りかぶった。
バン! というひとを殴ったとは思えない音がして、わたしと槇寿郎さんは同時に倒れた。
*
縁側で寝そべる槇寿郎さんの背中を見ながら正座をする。部屋の隅には、おろおろと視線を忙しなく動かす千寿郎くんがいる。
手当をした千寿郎くんに聞いたところ、槇寿郎さんの顔には薄いあざがある程度だという。無論、それで済むような優しい力では殴っていないが、呼吸というものは治癒能力も向上させるらしいのでそのためだ。事実、槇寿郎さんは奥歯を一本折っている。対して、わたしの顔にはあざはない。歯も折れたが治った。
殴ってなおさら引っ込みがつかなくなったわたしは、まだ言い足りないのでこうして部屋に押しかけている。
「殴ったこと、謝りません。話したことも撤回しません。そして話し足りません」
槇寿郎さんは背を向けたままだ。だが起きているのは気配で分かる。
「槇寿郎さんはまだ生きているじゃないですか。ちゃんと繋いでください。そんなに自暴自棄にならないでください。瑠火さんの愛したものをちゃんと守って。あなたは情の深いひとでしょう」
「……」
「お互いが生きている内にちゃんと見ろ」
槇寿郎さんが跳ね起きる。「貴様は剣より先に口の利き方を覚えたらどうだ」空の酒瓶が飛んできたのでキャッチした。
「任務に出る前、杏寿郎さんに言われたのですが」
「……」
「『父上が酒を飲みすぎないように見ていてほしい』『体を壊しかねないから』と。せめて、息子に心配をかけない暮らしをされたらどうですか」
酒瓶を持って立ち上がる。一礼をして、千寿郎くんと一緒に部屋を出た。
稽古をしていた庭に出ると、千寿郎くんが深々と頭を下げてくる。
「その、ありがとうございます」
「わたしが言いたいことを言っただけだよ。土足で踏み荒らしちゃった、はは」
「いえ……僕や兄では、出来ないことをしてくれました」
「お父さん殴れないもんね」
「あ、う、まあ、はい」
「何かあったらまた殴るね」
「それはちょっと……」
千寿郎くんが首を横に振る。暴力沙汰は嫌いらしい。わたしも、別に喧嘩が好きなわけではない。「友人の道は殴ってでも正したい」と、幼馴染である副寮長の何気ない言葉を思い出しただけだ。正確には後ろに「正したいけど、そう簡単じゃないんだよなあ」が続く。彼は苦労の多い立場だった。
どうすれば槇寿郎さんは元気になるだろうか。空の酒瓶を持ったまま空を見上げる。ただただ眩しい空である。
「これ(酒瓶)、お花でも生ける?」
提案すると、千寿郎くんはおかしそうな顔で頷いた。