不審な助っ人

 鎹鴉(かすがいがらす)から事前に聞いた被害からして、今までにない強敵は想定していた。事前に送った壬(みずのえ)が戻らず、己(つちのと)が戻らず。第三陣となった彼が現地で合流した隊士は丁(ひのと)が一人に戊(つちのえ)が一人、丙(ひのえ)の彼を加えて三人。彼は、下弦の鬼の可能性も考えていた。
 彼も鬼殺隊に入ってから、死を覚悟していた。生きる強い意志はあったが、同じくらい死も見据えていた。だから集まった仲間が全て殺されて自分一人になったとき、感じたのは死への恐怖ではなく、自分が倒れることで目の前の鬼がまた殺戮を繰り返すことへの憤りだった。
 もっと強ければ。自分がもっと強ければ。仲間は死ななかった、民間人は死ななかった、悲劇は生まれなかった。
 彼は刀を支えに体を起こす。鬼は笑っていた。幸いというべきか下弦の鬼ではなかったものの、鬼は負傷しながらも笑っていた。鬼は勝利を確信しているのだ。彼に傷を負わされたが致命傷ではなく、日の出までにはまだ時間があり、唯一立っている彼は満身創痍。応援を既に呼んであるということだけが救いだろうか。十二鬼月ではないので柱の出動は望み薄だが、乙(きのと)や甲(きのえ)の隊士が来てくれれば。
 少しでも長くこの鬼の足止めを、と考えていた彼の視界に細い背中が飛び込んできた。

「セーフ! でもないか!」

 妙なにおいに鬼かと思い一瞬身構えたが、藤の花の香りに力を抜く。応援だ。
 彼は割り込んできた背に安心しかけ、隊服の背に大きく書かれた"隠"の文字を二度見した。隠。鬼殺隊での戦闘処理を主に行う非戦闘部隊の隠。剣士の才能がない者ばかりが集まる隠。戦闘後、どこからともなくやってきて、弔いや怪我の手当てや戦闘隠ぺいを行う隠。
 来るのが早過ぎる。

「まだ戦闘中だ! 逃げろ!」
「助太刀に来たよ!」
「!?」

 隠は鬼の攻撃をひらりとかわし、妙な構えを取った。指の間に何かを挟んでいる。月光を受けてきらりと光った。手裏剣だろうか。色とりどりのそれは宝石にも見えるが、それにしては平べったい。ふと、彼は杖替わりになっている自分の日輪刀を見た。水の呼吸を使う彼の刀は青色だ。今、目の前の隠が持つ小ぶりで色とりどりな手裏剣は、まさか日輪刀の破片では。
 隠は腰を捻り、全身を使って破片を投げる。指の間から投げていたが、投擲という言葉は似合わない。射出だ。空を切る音を聞いたのみで目で追えない。鬼が顔を手で庇う仕草をすると、破片が刺さって数枚は手のひらを貫通し、鬼の顔を傷つけたのが分かった。隠は投げた直後からそれを追いかけるように鬼に向かって駆けだしており、仲間の日輪刀を拾って鬼に斬りかかる。
 構えもなっていない、型もない、ただのちゃんばらだ。けれど隠は鬼をいなし、あしらっている。運動神経と動体視力でごり押ししている印象だった。隠では頸を刎ねることは出来ないだろう。そこまでの技術がないのだ。
 彼は奥歯を噛みしめて、今一度地面を蹴った。まだ自分は生きている。意識はある、立てる、刀も握れている。鬼殺隊員としての使命を果たさねばならない。
 彼は隠を囮にして接近する。満身創痍の体では大した速さもなく、鬼に気付かれる。鬼を挟んだ反対側で隠がまた日輪刀の破片を投げた。至近距離からの高速攻撃が、こちらに気を取られていた鬼の目に刺さる。
 鬼のくぐもった悲鳴を聞きながら、彼は鬼の胴と首を斬り離した。
 

 倒せた。鬼を、目の前で仲間を殺した鬼を。
 地面に倒れて空を仰ぐ。まだ深夜だ。あとどのくらいで夜が明けるだろうか。
 緊張の糸が切れたのか、全身が痛みを訴えていた。指先一つ動かせる気がしない。

「君は、生きているよね」

 隠がしゃがんで顔を覗き込んでくる。辛うじて見える目元は、鬼との戦闘を終えたにもかかわらず涼しい。身長はあるほうだろうが、全体的に線が細い。背丈のある女性か、華奢な青年か。にも関わらず、鬼を圧倒して見せた実力。この隠が何故剣士ではないのか、全くもって分からない。
 彼は痛む肺で息を吸い、吐く。落ちそうな瞼を押し上げて、声を絞り出した。

「……他の、隠は」
「もうすぐ来ると思う」
「結果的に助かったけど、危ないだろう。……何故、隠なんだ。剣士でも十分やっていける」
「それはともかく」
「重要問題だ」
「君は、仲間を喪っても"一人"で戦い続け、鬼を討つに至った。よく頑張ったね」

 彼は顔をしかめた。隠の言い方では、まるで彼一人が鬼を討ちとったように聞こえる。頸を刎ねたのは彼だとしても、そこには隠の協力があった。隠がいなければ、甚振られて死んでいたのは確実だ。日輪刀の破片についても問いたいが、自身の働きを無かったことにしようとする隠の言動のほうがひっかかる。
 彼の疑問を察知したのか、もしくはいつもそうなのか。隠は手をひらひら振って目を細めた。

「気にしない、気にしない。そういうことになるから」
「は……?」
「隠が来るまで、休んでいるといい」

 隠が彼の目元を手で覆う。黒い手袋は皮の匂いがして――すとん、と彼の意識はおちた。

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