永遠に初代

 学園から日本という国に来て三十年弱。隠としての昇級があったり、上級剣士との接触を避けるためにも最上位への昇級は断ったり。時折戦闘に首を突っ込んで生き残りの記憶を改竄しつつ、ちゃんと吸血鬼捜索も忘れず。なんやかんやして三十年だ。
 鬼の視界や思考は鬼舞辻に共有されているらしいので、いつ捕捉されるかと若干怯えているのだが、戦闘割込みがそう頻繁ではないことが幸いしてか、未だ十二鬼月との接触には至っていない。
 おかしなことになったのは鬼との関係ではなく、隠内だった。

「もしかして、迫木路さんですか」

 怪我をした隊士を近くの治療院に運んでいる最中、わたしと一緒に担架を持っている青年の隠がそう問うてきた。

「さきほど、折れた桜の木を治していたでしょう。草木の超回復を行う迫さんは有名ですから。何かの術……いいえ、答えなくて構いません。答えられないでしょうし」
「迫木路は確かにわたしだけど、有名なの?」
「ええ。聞くところによると、四十年近く前から隠におられるとか。二代目ですか?」
「はえ?」
「目元を拝見する限り、お若い。隠を受け継ぐ家系……その使命感、尊敬いたします。自分は剣技の才がないことを嘆き、隠でありながら劣等感を持っていました。ですが、迫さんのお噂を聞いて心を改めたのです。隠として誇りを持って働こうと」
「……。……家の名前で呼ばれるの、あんまり好きじゃないから、木路って呼んで」

 どこをどう訂正すべきか判断に苦しみ、なんとか自分の要望だけを伝える。
 自然破壊された戦場をこっそり治し、だんだん開き直って折れた木の枝くらいなら堂々と治していたせいだろう。自分の所業がきっかけで、そのまま昇級を重ねたこともあり図らずも名前を知られているらしいが、間に謎思考展開が挟まっている気がしてならない。二代目とはなんのことだ。
 悪いようにとられていないので、構わないのだろうか。隠内に広まっている噂を収束させる方法も思いつかないので、放置の方向でいいだろうか。

「好奇心でお尋ねして申し訳ないんですが、木路さんは、こうして事後処理に出られることは少ないのではないですか?」

 階級のことを言っているのだと察しはついた。
 隊士同様、隠にも階級制度はあって、わたしは現在――昇級を断り続けて――乙(きのと)である。事後処理に出る場合は指揮をとる階級だ。事後処理以外の仕事では、難易度の高いものを任される。情報収集任務ではより危険度が高い場所へ、刀鍛冶の里や産屋敷邸案内任務ではより機密度の高い配置につく。本来ならば。
 わたしは各地へ動き任務地が固定でないタイプの隠なので、その都度役割が変わるのだ。現場指揮もとれるようにと権限は与えられているけれど、現場復帰指揮がいなければそれを務め、応急処置指揮がいなければそれを務め、現場指揮者がいればこうして下働きをする。

「どちらかといえばね。けど、どっちもするよ。というか、なんでもするよ。任務だって言われれば」
「自分は怪我人の運搬くらいしかしたことがないのですが、特殊な仕事ってあるのですか?」
「つい昨日、ここに向かう途中で鎹鴉に聞いたんだけど、藤襲山(ふじかさねやま)? で遺品回収? の仕事につくように言われたよ。今までは上の隠がやってたらしいけど、亡くなったとかで、わたしに話がおりてきたの」
「ふっ……藤襲山の遺品回収……」
「あれ、知ってる?」
「はい、自分は隊士を目指して訓練していたので……」
「あーそっか、最終選別がある山だっけ」

 鬼殺隊を目指す少年少女を、鬼殺隊隊士に相応しいかふるいにかける試験だ。ちらりと聞いたことくらいはあった。
 そこで遺品を回収しろということは、最終選別では死人が出るのか。布の下で顔をしかめる。命の危険がある仕事だから厳しい試験は当然と言えど、命を奪う試験はいかがなものか。試験で殺してしまっては元も子もないだろう。何度も試験に挑戦させて力をつけさせるのでは駄目なのか。

「試験内容ってどんなのか知ってる?」
「はい。毎年変わりません。藤襲山には鬼が閉じ込められており、その山の中で七日間を生き延びるというものです。鬼は山のふもとから中腹を囲う藤のせいで山から出られず、飢えていますから、戦わない選択をしても、七日間鬼に見つからない様にするのは至難の業で……」

 試験内容が厳しすぎるし、鬼の跋扈する山で遺品回収しろという任務も鬼畜だ。仕事はするけれども、試験内容はもう少しどうにかならないのか。
 隊士の年齢層は若い。吸血鬼は人間を若者扱いしがちだが、それにしても若い。今こうして運んでいる隊士も、見たところ十七、八だ。隠の青年いわく、最終選別を受けるのは十五前後の少年少女が多いという。隊士の最高位である柱でさえ二十歳そこそこ。若者が命を賭けて、鬼と戦っているのである。任務で命を落とすことは想定できるとはいえ、試験から殺意マシマシなのは鬼殺隊にとっても利にならない気がする。変えられない伝統とやらなのか。歴史があると変えようにも変えられないものはあるし、頭の固い者も多くなる。分かる。吸血鬼社会もそんな感じだった。
 どれだけ試験内容に疑問を持っても、ちょっと上の隠であるだけのわたしにはシステムに介入できない。隊士に会いたくない、中枢と関わりたくないからと隠最上級への昇級を断ったくらいだ。お館様に進言など万が一にもしたくない。

「……戦う決心をして臨んだ試験で、十五で死んでいくのは気分が悪いなあ」

 悩んだ末、少々勝手をさせてもらうことにした。藤襲山での遺品回収担当はわたしだけなので、遺品回収外の行動をとっても咎められることはない。後々になって"勝手"を指摘されても、目撃者がいなければ「知りません」で通せる。
 わたしは藤襲山の頂上に、巨大な藤を一本植えた。周囲の木を支えにして枝を伸ばし、子どもが五人ほど藤の下で寝そべられるように、大きく成長させる。最終試験の内容は変わらずとも、藤が一本あれば鬼にとっては目の上のたんこぶだ。やり辛いことこの上ないだろう。

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