ただかおがこわい

 下校中、哀とコナンがひそひそと話しているのは珍しいことではない。大概は錦に筒抜けだが、錦も内緒話に進んで入ろうとしないのでそのままだ。よほど引っかかることがない限りは流す。内緒話から漏れた「顔が怖い」というワードに反応したのは、歩美らのほうだった。
 あの人すっごいこわかったよね、と盛り上がり始める。錦以外の彼ら共通の話題らしい。

「顔のこわいひと?」
「顔にけがをしてるの」
「変な眼鏡をかけているんですよ」
「体もでけぇんだ!」

 歩美らが口々にキーワードをあげてくれる。錦はなるほどなるほどと頷いてコナンを見た。

「黒田管理官。元々長野県警の捜査一課長だったんだが、警視庁の捜査一課管理官になったんだ。事件でたまたま居合わせてな」
「長野ね。哀さんが言うほどこわいかた?」
「なんつーか、迫力がな。そういえば……」

  コナンが携帯を操作して、画面を錦に示してくる。大柄なスーツの男が写っていた。白髪で顔に傷があり、眼鏡の右側のレンズはサングラスのようになっている。「橙茉さんは、この人見覚えはあるか?」なぜかそう問いかけてくるコナンの声には緊張が混じっている。錦は素直に首を横に振った。

「知らないわ。これだけ特徴がある外見なら、会っていたら覚えているでしょうし」
「そうか」
「気になることでもあるの?」
「いや、別に、なんでもない」

 なんでもないというのなら、今追及するのはやめておこう。

「みんなで出かけて事件ってことは、ケーキバイキングのときかしら?」

 話を逸らすと、明らかにコナンがほっとしたような顔をする。そういう反応をされると悪戯心がうずくのだが、歩美たちが嬉々として事件のあらましを話し始めたので結局突っ込まなかった。が、殺人事件を明るく語られるのは違和感そのものだ。
 立てた人差し指を口に当てる。歩美と光彦と元太の三人は自然と口をつぐんだ。

「人が一人、亡くなったのよ。思いつめすぎるのもよくないけれど、一つのイベントのように語るのは、不謹慎ではないかしら。命が失われることに、慣れてはいけないわ」

 殺人に慣れすぎた三人は少しだけ不思議そうだったが、錦の言いたいことは分かったのか、事件の話はそれ以上続けなかった。コナンと哀を見ると、礼をするようなジェスチャーをされる。行く先々で事件に巻き込まれることには、彼らも多少――堪えている様子はないので、"多少"――困っているのかもしれない。
 気を取り直して他愛ない学校の話題を切り出すと、カシャンと何かが落ちた音がした。見ると、哀の足元に哀の携帯が落ちている。拾い上げたのはコナンだった。

「――比護選手と沖野ヨーコが熱愛?」

 哀の顔色はえぐいほど青かった。

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