ボーカル不在

 放課後、一度家に帰ってからいきつけの喫茶店に足を運ぶと、名物店員を含めた友人ら五人がぞろぞろと店を出るところだった。
 
「お出かけなの?」
「あ、橙茉さん」

 声をかけると、コナンが一番に気づく。気づいたのはコナンでも、距離を詰めてきたのは安室のほうが先だった。あっという間に錦との距離をつめると、長い足をたたんで屈む。

「ポアロに来てくれたんだね」
「お茶をいただくつもりなのだけれど、安室さんはお出かけなのね」
「……。錦ちゃんも一緒に行こう! お茶は出先で僕がおごるよ。自販機になっちゃうけど」

 コナンと園子が苦い顔をしたのが分かった。

「構わないけれど、どこに行くの?」
「音楽スタジオだよ」

 道すがら話を聞くと、園子発案でガールズバンドを組むことになったので、早速楽器を触ってみようということらしかった。園子がドラム、蘭がキーボード、真純がベース。梓はギター(保留)。安室は楽器に詳しいので先生役としての同行だそうだ。
 スタジオに到着したはいいものの、部屋に空きがなく、地下の休憩スペースで一時間ほど時間をつぶすことになった。錦は安室にフルーツティーを買ってもらい、五人と一緒にテーブルを囲む。一足先にベースを借りてきた真純が、滑らかに音階を披露した。

「世良ちゃんすごい!」
「やるじゃん」
「ただドレミを弾いただけだって。まあ、兄貴の友人に教わったのはこれくらいだけどね」
「真純さん、お兄さんがいるのね」

 何気なく言うと、真純が顔を輝かせた。

「ああ、自慢の兄たちさ! ギターを教えてくれたのは、一番上の秀兄の友人でね。今思うと、ちょっと不思議な人だったよ。そもそも秀兄が音楽やってるなんて知らなかったってこともあるんだけど、ベースを取り出した後のソフトケースがピンと立ったままだったり、明らかに日本人顔なのに秀兄とは別の連れに『スコッチ』なんて呼ばれてたりさ。そういえば彼を呼んだその男、安室さんに似てた気がするんだよな」
「はは、人違いですよ」

 滑らかに語った真純だが、楽し気な声は後半思案気になって、最終的に挑戦的な目線を安室に投げる。安室は軽く流したが、真純の話は錦にも引っかかりがあった。
 スコッチと呼ばれたベースの弾ける男と、安室に似た男。
 首を傾けながら安室の顔をのぞきこむと、安室は肘をついたままにっこり笑う。
 そういうことらしい。錦は頷いた。

ALICE+