明かす者

 スタジオが空くまでの待ち時間中、トイレに席を立つと手洗い場に爪切りの忘れ物を見つけた。忘れ物に気づいて取りに来ることに賭けてもいいが、落とし主に心当たりがあるので届けた方が確実だろう。休憩スペースで騒いでいた別グループの一人が、「爪切らなきゃ」という旨の会話をしていたのだ。念のためごみ箱の上でひっくり返してみる。爪は出てこなかった。未使用らしい。
 休憩スペースに戻って、コナンらではなく別グループのほうへ向かう。四人グループのうちの二人が座っていた。

「楽しいおしゃべり中に失礼するわ。この爪切り、あなたがたのものではないかしら」
「あ、わたしの! 留海に貸したのだわ」

 キャスケットハットの女性が言い、もう一人の長髪くせ毛の女性がため息をついた。
 
「うっかりなんだから。届けてくれてありがとうな」
「いいえ」
「留海、爪切ったのかな。切り終わってなかったら、先に切ってた方がいいよね。スムーズに練習始めたいし」
「切っていないと思うわ。ゴミが出てこなかったから」
「じゃあわたし、スタジオにいる留海に爪切り渡してくる。さっさと切っちゃってってね」

 キャスケットハットの女性が爪切りを持って席を立つ。錦は長髪の女性とともにそれを見送ってから、テーブルに戻った。
 やりとりは聞こえていたらしい。いいことをしたね、と何故か安室が嬉しそうだ。その笑顔は、上階から聞こえてきた悲鳴で消えてしまった。



 錦は蘭や園子とともに待機を命じられたので現場を見たわけではないが、コナンらや駆け付けた警察の話を聞くに、殺人未遂事件があったらしい。犯行現場に爪切りを渡しに行った女性が入っていったため、未遂で済んだとのことだ。
 今日はもう練習どころではないと、六人で帰路につく。好奇心旺盛なコナンも、そこに謎がなければ首をつっこむ気はないようだった。
 真純が「お手柄だったな」と錦の頭を撫でる。

「錦君が爪切りを見つけて、それを持って行ったおかげで犯罪が未然に防げたんだから」
「そうですね。話を聞いていると、どうやら動機は誤解だったようですし……」
「誰も死ななくてよかったよね」

 警察にぐいぐい絡んでいった探偵三人組が口々に言う。コナンを筆頭に日頃殺人事件を多く目にしている彼らは、人が死ななかったことに安堵しているようだった。
 錦は、事件があったものの表情の柔らかい彼らを見る。

「探偵って、悲しいお仕事なのね」
「なんで?」

 錦の頭を鳥の巣にした真純が問う。

「だって、起きてしまった事件を解決するのでしょう」

 探偵が登場するのは事件が起きた後だ。誰かが害された後で、その謎を解くために行動する。探偵の役目は、事件を未然に防ぐことではない。場合によるのかもしれないが、コナンからの話を聞いているとそういったケースが多いように思う。
 髪を整える錦に、安室が言った。

「そう言われると、悲しい仕事なのかもしれないね。でも、謎を謎のまま終わらせないために、誰かの無念を晴らすために、探偵が登場するんだと思うよ」
「立派だわ」

 小さい手でぺちぺちと拍手をすると、安室と真純がくすぐったそうに笑う。コナンは得意そうな顔だった。彼は本当に、自身の殺人事件遭遇率を危惧したほうがいいと錦は思う。

「橙茉さんにも探偵のカッコよさが分かってきたか?」

 手がかりを集め、物が言えなくなった誰かの言葉を拾い、己の罪から逃げようとする者を明かすのは誰にでも出来ることではない。明かすことがイコール正義だとは言い切れないが、信念をもって隠されたものを暴こうとするのは、確かに格好いいだろう。
 ただし。

「一番格好いいのは、パパよ」
 
 ここだけは譲れないのである。

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