心構え

 歩道で、錦の目線に合わせる松田の屈み方は完璧なヤンキー座りである。

「いい? 事前に済ませておくべき、大事なお話があるわ」

 錦は人差し指を立てて神妙な顔をする。松田は怪訝な表情だった。

「俺たちは今から喫茶店に行くんだよな?」
「そうよ。その喫茶店にいる店員さんと陣平が知り合いみたいだから、前もって覚悟しておいてもらうと思って」
「へえ、どいつだろ。喫茶店の店員やるようなヤツいたかねぇ……」

 松田とともに向かう喫茶店ポアロに、本日安室がいることは店への電話で確認している。錦が松田とともに来店するのは面白半分であるが、安室の立場も理解しているため、騒ぎを起こすのは――起こったとしてもどうとでもできる、と思っているからこその無謀ではあるが――本意ではない。潜入捜査中は友人や親族と連絡が取れず、半ば失踪扱いであることは景光から聞いている。
 錦は、喫茶店で働いていそうな友人を探している松田の頬を両手で挟み、向き合った。

「店員さんの名前は安室さん」
「そんな知り合いいねぇけど」
「人当たりが良くて、お客さんからの人気も高くて、私立探偵もしている、とっても働き者で優しいお兄さんなの」
「詐欺師みてーだな」
「サーフィンが趣味でも違和感のない肌と、日差し色の髪と、夏空の目をした、ちょっと目立つお兄さんなの」
「……夏が似合うヤツだな」
「安室さんよ」
「安室さんね。了解した。お嬢さんは、俺と安室さんが知り合いだってどうやって分かったんだ?」
「わたくしのパパが、安室さんと、陣平ともお友達よ」
「ちょっと待て」

 松田が錦の両手を頬から外して、頭を抱える。

「その流れでいくと、お嬢さんのパパって、もしかしてもしかするのか。あいつ結婚……?」
「とっても訳あり親子なの。また会ってあげてほしいのだけれど、まだ、あまり自由に動けないから」
「……お嬢さんは知ってて俺を助けたのか」
「安室さんとの関係は知らなかったけれど、観覧車のときは、パパも一緒にいたわよ」
「え、あの、お嬢さんを抱っこしてた男? 嘘だろ、気づかなかった」
「変装していたもの」
「子どもが事情を知りすぎじゃねぇのとも思うけど……お嬢さんって、結構とんでもない立ち位置にいたりする?」
「帝丹小学校の一年生よ。"ただの"とは言わないけれど」
「はへぇ」

 松田は間抜けな声を出した後、しばらく険しい顔で何か考えているようだった。「よし」吹っ切ったように両手を叩いて立ち上がる。

「素知らぬ顔して店行くんじゃなくて、俺にわざわざ知らせたってことは、お嬢さんは安室さんを驚かせてやろうって魂胆なわけだ」
「発案はパパよ」
「真面目に仕事しろよ」
「生活圏がそう遠くないもの、妙なタイミングで鉢合わせするより、知っていたほうが都合が良いとも思うのよ」
「そういうことにしといてやる」

 松田は楽しそうに笑って錦を抱き上げた。

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