保護者面談

 錦は、カーテンで仕切れる半個室を備えた、少しだけランクの良いファミリーレストランに足を運んだ。一人でぽてぽて入店した女児に店員は驚いた様子だったが、大人が先に来ていると言えば、困惑顔ながらも納得したようだ。
 予約を取っているはずだと予約名を告げると席に案内された。通路からはカーテン越しに、四人掛けの席に一人、カジュアルな服装の男性が座っていることが分かる。「本当にこの人と待ち合わせ?」と店員から視線で問いかけられたが、にっこり笑ってかわした。錦も初対面なので、正直、彼が待ち人か確信はないのである。
 カーテンの隙間から顔をのぞかせる。

「こんにちは。風見さん?」
「ああ……きみが、錦ちゃんかい?」
「ええ」

 間違っていなかったようだ。男性は、誰もいない錦の背後をちらりと見て眼鏡のブリッジを上げた。笑顔はどこかぎこちない。

「一人で来たのかな」
「『出来れば一対一で会いたい』と、そう言っていたとパパから聞いたから、一人で来たわ」

 錦は肯定しながら、風見の対面の椅子に座る。
 風見は数度目を瞬いた。見た目年齢と応答の内容の不一致に驚いたらしい。錦が小学一年生なので、普通は保護者付きだろう、と考えているのが透けて見える。「それはぼやいただけなんだが」と呟いているが聞こえている。

「風見さん、何を食べるか決めた?」

 ランチタイムは過ぎている時間だ。ドリンクページを開いて風見に渡すと、デザートページを開いて返される。好きなものを頼んでいいらしい。錦は丁寧にチェックした後、日替わりのドルチェプレートに狙いを定めた。
 店員を呼んで、ドルチェプレートと紅茶、風見はコーヒーを注文する。

「ちゃんとした挨拶がまだだったね。僕は風見裕也。きみのパパの上司にあたる」
「風見さん。わたくしは橙茉錦。パパの娘にあたるわね」
「本当にしっかりした子だね」
「わたくしに会いたいと思ってくれて、嬉しいわ」
「錦ちゃんはすごいことを言うなぁ」

 ただ純粋な興味ではなく、仕事の都合による様子見なのだろうとは分かっている。なにせ、錦の設定は中々にヘビィなのだ。警察官の中でも特殊な立場である景光の近くに、情緒不安定な子どもがいると何かと気にかかるものだろう。怪しい組織にいたことになっているので、何か情報を求めてもいるのかもしれない。申し訳ないが何も知らない。
 デザートとドリンクがくるまで、小学校の他愛ない話をした。風見は、笑顔こそぎこちないが、微笑ましそうに錦の"保護者目線小学校での生活"報告を聞いていた。

「パパとは、どんな感じ?」

 オレンジをフォークに刺して差し出すと、風見はオレンジと笑顔の錦とを交互に見、カーテンで区切られた通路も見てから、気恥ずかしそうに口を開いた。

「パパとは、とっても仲良しよ」
「これからもっとお仕事が忙しくなるだろうけど、お留守番できるかい?」
「平気よ。応援しているけれど、あんまりパパをいじめたら駄目よ」
「気を付けるよ。……パパの名前が変わったことは?」
「戻ったのよ、喜ばしいわ。わたくし、必要なことはちゃんと知っているし、黙っているから、そんなに心配しなくてもいいわよ」
「ハハ、パパよりしっかりしてるんじゃないか」
「風見さんは、しっかりしすぎな気がするわね。美味しいものを食べて、いっぱい寝ないと、人間は駄目になっちゃうんだから」
「耳が痛い」

 次は小さなスフレチーズケーキを割って差し出した。風見は苦笑しながらも、先ほどよりすんなり口をひたく。
 忙しそうな景光の上司なのだ、さらに色々と仕事を抱えているに違いない。生き返った景光のことでも、ややこしいことになっているだろう。その忙しい中で、自分との時間を作ったということに錦はご機嫌なのである。

「パパのこと、よろしくね」
「まるで錦ちゃんがあいつのママだな」

 風見が甘いものも好きだというので、追加でパンケーキを注文した。
 ただ、会計は風見である。

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