数時間だけ布団に寝転がって起きると、潮はまだ夢の中だった。呼吸や脈が正常であることを確認する。疲れが出ているのだろうとは思うが、頭の怪我だけに心配だ。
しばらくテレビを見て過ごし、それでも起きてこないのでもう一度脈を確認する。
常についているべきなのだろうが、潮が着ていたであろう上着の行方が気になっていた。財布や携帯といった、身元の手がかりとなるものがあれば。
「少しだけなら、出かけてもいいかしら」
テーブルにシリアルの準備と書置きをする。現在時刻も書いておき、自分の携帯で三十分のタイマーをかけた。遅くともタイマーが鳴れば、家に戻るようにしよう。
あまり時間は無い。錦はきちんと戸締りを確認してから、日傘を持って家を出た。
急いで昨夜の場所に戻った錦は、電柱の上から上着を探す。ひとの目には映らないように誤魔化しながら潮を拾ったあたりを念入りに探すも、それらしきものはない。海に入っていたようだから、上着が流されてしまっている可能性が高い。足場がない海を移動して探すのはさすがに骨が折れる。
残り時間を気にしつつ、昨夜も立ったホテルの屋上で思案していると、不意に声を拾った。聞きなれた声は認識しやすい。
「江戸川くんたち?」
必死に視界に入れないようにしていた東都水族館のゲート近くで、少年探偵団と阿笠の姿を認める。そうだ、今日だった。
錦は、挨拶をすべきか躊躇った。パパと遊びに来ると言っているのに、ひとりでふらりと来ている現状をどう説明すべきか。コナンからの追及はともかく、歩美らに一緒に遊べると勘違いさせてしまうのは気が進まない。
そのまま見送ろうと動かないでいたが、しかし、いくつか気になるワードを拾った。「スマホが」「ガソリンのにおいがする」「昨日近くで事故が」「ガラスの破片」――探し物がある気配がする。
錦は子どもたちから少し離れたところに降り、重力を感じさせない駆け足で向かった。日傘が風を受けて少しだけ重い。
「江戸川くん!」
輪の中心であろうコナンに声をかける。
「橙茉さん!?」
「あれ、錦ちゃんだ!」
ぴょんぴょこ跳ねる歩美とハイタッチをして、阿笠にちゃんと挨拶もしてから、コナンの隣に並ぶ。哀が黒いスーツの上着を持っており、コナンが画面の割れた携帯と手のひらサイズのカラーフィルムの束を持っていた。
「橙茉さん、お父さんと一緒?」
「いいえ。昨日、近くで大きな事故があったことは知っているわよね?」
きょとんとしていたコナンが探偵の顔になる。「橙茉さんは、遊びに来たわけじゃないんですか?」光彦から問いかけられ、錦は頷いた。
「知り合いがね、その事故に巻き込まれてしまったの。所持品を失くしたようだから、探しに来ていたのよ」
事故直後と思われる潮とは初対面だったが、現在は諸伏家で保護している知り合いだ。知り合いが事故に遭った、というのは何ら間違った表現ではない。事実ではないが、嘘でもない。
ニュースで事故の規模を知っているらしい子どもたちが、心配そうな表情を浮かべる。真っ先に"知り合い"の無事を確認してきたのは哀だった。
「かなりの事故だったわ。その方の怪我は?」
「無傷、ではないけれど、意識も受け答えもしっかりしているわ」
「救急できちんと手当されているでしょうけれど、交通事故は後から痛むことが多いから、気をつけ……待って、事故に巻き込まれたのよね? なぜ上着がここにあるの?」
「泳いだんですって」
「それって事故で海に落ちたってこと!?」
「タフよね」
「そうだけど……その感想は呑気すぎないかしら……」
「そういう訳だから、江戸川くん。その携帯とカラーフィルム、わたしくに渡してくださらない?」
「あ、ああ……」
錦に二つを渡そうとしたコナンの動作がピタリと止まる。錦は首を傾けながら、先に哀から上着を受け取った。改めてコナンに手を差し出すも、コナンは自分の手にある二つを見つめたままだ。
「江戸川くん?」
「……その人に話って聞けない?」
「なぜ?」
「昨夜の事故、原因が報道されてないんだ。現場にいたなら、なにか知ってるかと思って」
「構わないけれど、まだ安静にしていないといけないから、落ち着いてからでいいかしら」
「ああ、もちろん。お大事にな」
体調が落ち着いて、記憶が戻るといいのだが。
片手に日傘、片手に上着。上着のポケットには携帯とカラーフィルムを入れて、子どもたちと阿笠に背を向ける。元気のいい別れの挨拶に笑顔を返して、人気のない路地に入った。
ホテルの屋上に跳びあがったところで、ちょうど携帯のアラームが鳴った。