人間ひとりの面倒をみることは問題が無いが、件の組織の人間からだと思われる電話への対応は、いくら錦にもどうしようもない。再び景光に連絡を試みるのは当然の流れで、幸い、今度は応答してくれた。
景光は錦に事情説明を二度乞うて、それでもまだ把握しきれていない様子だった。とりあえず一旦帰ってくるらしい。景光が電話の向こうで首をかしげている様子が想像出来で微笑むが、おそらく、微笑んでいられる事態ではない。
しかし、どの道、景光が到着するまで錦にはどうしようもない。潮をティータイムを楽しむくらいしか。
お茶をしつつテレビを見つつ、潮がどのくらいまでの記憶を保っているのかを確かめていたところ、いつもより乱暴に玄関のドアが開かれた。
リラックスしてテレビを見ていた潮が一気に緊張を高めていた。
「パパだわ」
「……わたし、その」
「大丈夫よ、落ち着いて」
リビングのドアが開いて、スーツの景光が入ってくる。珍しく眼鏡姿だった。仕事の関係、つまり潮の前で、素顔をさらすわけにはいかないのだろう。
錦を見て、潮に視線が移ると表情が凍る。
それでも錦はいつも通り声をかけた。
「おかえり、景光」
「た、ただいま……は? その、電話で言ってた、人って」
「彼女よ。潮と呼んでいるわ」
「キュッ……!」
「鳴き声?」
「な……なんですぐに連絡しなかったんだ!」
景光が珍しく大きな声を出した。すぐにしまったと言いたげに目をそらす。
錦は目を瞬いた。出なかったのはあなたでしょう、と言いかけて止める。三度目の電話に出た景光は、錦が既に二度かけていることにも気付いているだろう。忙しいあまり気付いていない可能性もあるが、ともかく。忙しさと緊張に追い打ちをかけることはしたくなかった。
きょとんとしつつ言葉を探していると、景光の後ろから男が三人現れる。知らない者ばかりだった。彼らが錦ごと潮を取り囲むので、錦は景光への返答を置いて彼らを見上げる。
「乱暴な真似はしないで」
「諸伏、この子を」
「ああ……錦、こっちへ」
「潮への丁寧な扱いを約束してくれるなら」
彼らは何も言わない。景光も何も言わない。
「錦ちゃん……」
錦は潮に向かって両腕を伸ばした。潮が突然の抱っこ要求に錦と彼らとをうかがうが、錦が急かすと抱っこすることを選んだ。
錦は潮の腕の中から、微笑んでと彼らを見上げる。
「わたくしも行くわ。車に案内してくださる?」
呆れたような、迷惑そうな顔をされるも、それでおとなしく引き下がる錦ではない。
潮が何かしら組織に関係していることはほぼ確実だが、それがなんだという話だ。錦が景光に連絡をしたのは、景光の助けになればと思ったことも事実だが、安室のフォローと潮の保護が大きな目的だ。錦は決して、潮への厳しい糾弾を求めているわけではない。
「帰りはパパに送ってもらうもらうわ」
潮は錦が助けた。景光も、錦が助けている。
錦の振る舞いを一番理解している景光が、錦からの同行希望を却下できるわけがない。却下したとして、錦が大人しく引き下がるわけがないとも分かっているはずだ。
潮に抱っこされたまま景光を見ると、景光は額に手を当てて項垂れていた。