潮が事故に遭ったことは事実なので、一旦警察病院で診察を受けることになった。
錦は病院に同行し、潮の保護者ですという顔をして可能な限りは付き添った。
景光の同僚たちは、病院へ向かう車内で錦が潮にいきつけの喫茶店の話をしたあたりから、錦の引き離しから見守る姿勢に変わった。病院では何も言われないどころか、むしろ一緒にいることを勧められた。
彼らの会話を聞くに――錦には普通に聞こえる声量だったので盗み聞きではない――「こどもが一緒のほうが身動きできなくていい」「緊張がゆるんでいる」「あのひとが友人だと言うくらいだから」とのことだ。「組織繋がりでなにか思い出すかもしれない」とも聞こえたが、錦は自分が組織から逃げている"ことになっている"ことを、それを聞いて思い出したくらいだった。
検査の結果はすべて即出るものではないし、潮の記憶喪失がほぼ確定していることもあって、入院が決まるのは早かった。ただの事故被害者ではないので、最初から入院の方向で考えられていたのかもしれない。
入院となると、さすがに錦も帰らねばならない。
病室でしゅんとする潮に見舞いを約束していると、仕事に徹していた景光に呼ばれた。部屋の前の廊下で、景光がしゃがみこむ。
「怒鳴って悪かった」
間を置かず、悩んだ様子もなく、潔く謝罪される。
「電話くれてたの、気づいてたのに。らしくなかった自覚はある。まさかキュ、彼女がいると思わなかったから。いえ何を言っても言い訳です、怒鳴ってすみませんでした」
「東都水族館にある観覧車に一緒に乗ってくれたら、許してあげるわ」
「ノースホイールとサウスホイールで二周しような」
「ライトアップが綺麗なのよ」
「泊まりでゆっくり遊ぼうな」
いつぞや錦がされたように、景光の頭を撫でて頬を揉む。少し痩せて、目も疲れている。
頬骨の一番高いところを軽く押すと、景光は口元を緩めて目を閉じる。そのまま、顔の骨と耳の周りをマッサージした。
「すげぇ気持ちいい……」
「ツボなんですって。わたくしを、うちまで送ってくれるのでしょう。ゆっくりシャワーをする時間はあるかしら?」
「そうだな、それくらいは。またこっちに戻ると思うけど」
「わたくしへの、事情聴取というものは?」
「車の中での問答が全てだろーなー。それ以上はないんじゃないかなー」
「あっさりね」
「あの場所にいた理由は、俺とのお出かけが楽しみっていうので納得できる。時間が問題だけど。そこからの『けが人がいたから拾って帰ったわ』は俺以外には意味わからんだろうが事実で、電車使ったならどっかのカメラに映ってるだろ。……」
「なあに?」
顔を揉まれている景光が、錦を見てにへらと笑う。
「俺とのお出かけが楽しみ?」
「ええ。とっても」
「そうかそうか」
景光はまた目を閉じる。口角はしっかり上がっていた。
歩美たちと東都水族館に遊びに行くことを断ったのは正解だったようだ。