キュラソーにとって、その五色は特別だった。長い間、情報を記憶する/思い出すトリガーとして利用している。五色のビームライトを見て記憶喪失状態から脱せたのも、そうやって普段から記憶整理をしていたからだろう。
記憶が戻った直後も混乱はしなかった。警察庁に侵入し、逃亡中に事故に遭い記憶喪失となり、幼い女の子に保護され、警察に引き渡されたことをしっかり認識していた。ただ、錦と名乗っていた女の子の妙に慣れた振る舞いには引っかかる。こうして自身が警察に引き渡されている状態では今後関わることは無いと思われるが、組織に関係していることが確実な不穏分子を放置も出来ないので、組織に戻ったら調査をする必要がある。
キュラソーは病院のベッドの上で、無害の女性を演じながら思案していた。
日本警察に捕えられながらもキュラソーが焦らなかったのは、逃走の目途が立っているからだ。組織が新兵器を導入したことは知っている。果たして自分に救出されるだけの価値があるのかについてはなんとも言えないが、水族館の前で倒れる寸前、見覚えのあるハーレーが視界に入ったのだ。オーナーはおそらくベルモット。ボスのお気に入りである彼女が動いているのならば、救出作戦が組まれている可能性が高い。見かけたのがジンだったなら、救出よりも始末の線が濃厚になるが。
キュラソーは胸の前で両手を握りしめながら、錦の父親だという凡庸な眼鏡の男を見た。監視する捜査官の中で最も会話をした人物だ。
「もう一度、水族館に行ってみたいの」
組織の新兵器試運転には良い機会だ。確実にそこで回収されるとは言えないが、賭ける価値はある。
水族館に併設されている観覧車。その場所が、現時点で最も可能性の高い逃走経路である。
「あの色を見て『ここを確実に知っている』と思ったわ。もう一度、あの場所に立ってあの光を見たい。出来るだけ早く」
「……調整する」
彼は思案する様子を見せ、スマホを取り出しながら病室を出る。監視の人数が減ったなと思いながらも動かなかったのは、単純に、監視を固められた病院内より外のほうが動きやすいからだ。
水族館に向かい、観覧車に乗れさえすれば。あの新兵器が投入されなければ無駄骨に終わるが、何も知らない警察視点では何ら不審にうつらないので、マイナスにもならない。演技を続けながら次の逃走手段を考えるだけだ。
かぼちゃの馬車が来ないなら、シンデレラは走って帰るしかない。少しの手がかりも落とさないように。泡になって消えるのは御免だ。