幕間に胃痛

 風見はある部下からの報告に、凛々しい眉をゆっくりと寄せた。
 部下は優秀な警察官だ。己の部下に不出来な人間など一人もいないのだが、彼はとびぬけていた。突出するのではなく器用貧乏、あらゆる面で合格点を優に超えるも満点には届かないような、そんな人間だった。
 
「諸伏……」
「はい」

 良く出来た部下の諸伏は、怪訝な風見に対してまるで困惑することがなかった。
 風見は、つい先ほど諸伏から聞いた報告をなぞるように口にする。

「キュラソーの所持品と思われるカラーフィルムの存在を知り、それの配達を錦ちゃんに頼んだと」
「はい」
「夜の遊園地に小学一年生がひとりで?」
「まさか職場に来させるわけにはいきませんし、自分が病院で受け取れる正確な時間を伝えられませんでしたので」
「だからといって夜の遊園地に、小学一年生が、ひとりで?」
「誰か家にやろうと思いましたが、たどり…………本人が拒否しました」
「あの子、人見知りとかするタチなのか?」
「元々散歩をするつもりだったようなので、家に居続ける気がなかったのでしょう。外出ついでにおつかい、という」
「それでいいのかお前は。仮にも父親なんだろう」
「普段なら夜更かし夜歩きは注意するのですが、ことがことですし、錦に会えばキュラソーもリラックスするでしょう」
 
 キュラソーの名前を出されると反論の言葉が詰まる。橙茉錦がキュラソーを保護し、短い時間だが面倒を見ていたのは事実だ。記憶探しの道中でも、橙茉錦の名前が出ると口数が多くなったと聞いている。スーツの男どもに囲まれているよりはよほど肩の力が抜けるに違いない。
 風見はそう考えながら、なるほどと頭をかいた。そもそも、深夜に水族館近くでキュラソーを保護したのが橙茉錦一人だった。それを聞いたときも「は?」と思った覚えがある。この親子にとって、夜行動することは珍しくないのだろう。
 それでも、夜の遊園地に小学生がたったひとりで赴くのはよろしくない。諸伏パパ大丈夫なのか。

「まあ……いい……」
「はい」

 諸伏が頷いた。何も問題ではありませんと言いたげなふてぶてしい顔が腹立たしかった。
 風見からの質問が終わったと判断したのだろう、諸伏が何の変哲もない、少し野暮ったい眼鏡をかけた。諸伏が変装道具として持ち運んでいるのは知っている。その効果も、ここ数日実感していた。
 風見は見事なお手軽変装にうなった。

「……キュラソーに生存を知らせないために変装が必要だというのは分かるのだが、眼鏡一つでこうも変わるとはな。とても諸伏には見えない上、こう、印象が……影が薄いというか」
「これぞモブ、という感じでしょう」
「どこで手に入れたんだ、こんな絶妙な伊達眼鏡」
「大型スーパーですよ。千円くらいの」
「それでこうもなるか?」
「錦のおまじないがかかってるので」

 諸伏が嬉しそうに笑う。うちの子すごいでしょう、と文字を背中に背負っているように見えて嘆息した。
 夜歩き許容はどうかと思うが、親子仲が良好で何よりだ。

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