景光から連絡あり、待ち合わせ場所は東都水族館の駐車場になった。
約束の時間より少し早く到着する。既に日は落ちていたので、散歩中に活躍した日傘は畳んで腕にひっかけていた。景光から発見されやすいようにと、入場ゲート近くの外灯のそばで行き交う人を眺めることにする。ビルの屋上に立っていたときとは違い、地面に降りていると水族館の中はうかがえず、あのビームライトも見えなかった。
十分ほど待って、声を掛けてきたのは景光ではなく水族館のスタッフだった。夜にも関わらず晴れやかで親しみやすい笑顔を浮かべた若い女性スタッフが錦の前でしゃがむ。
「こんばんは! ひとりでどうしたのかな?」
「パパをね、待っているの。もうすぐ――あ、来たわ」
「え?」
おそらく昼間よりは余裕のある駐車場に、十台ほどの車がなだれ込んでくる。夜とはいえ、大量来園はまだあり得るとしても、そこからぞろぞろとスーツの男たちが降りてくるのは異様な光景だった。その内数名が水族館の入場案内窓口に向かって行く。窓口に向かったひとの中には、軽装の潮もいた。
錦は景光の姿を見つけて控えめに手を振る。景光もすぐに気付いて駆け寄ってきた。
錦は表情の凍った女性スタッフに笑いかけた。
「パパが来たから、もう大丈夫よ。ありがとう」
「ア、はい……」
女性がおっかなびっくり、景光に会釈をして離れていく。
入れ替わりに、景光が錦の前で腰を折った。また、眼鏡をしている。
「来てくれてありがとな」
「いいえ。はい、カラーフィルム」
「おお……確かに、あのビームライトと同じ色だな」
「これでわたくしの任務は完了だけれど、潮とは話せるかしら?」
「もちろん。許可ももらってる。行こう」
腕を伸ばされたので大人しく抱っこされる。
入場案内窓口は、いつの間にか中が見えないようになっていた。スタッフ用の出入り口にはスーツの男がおり、景光を見るとドアを開けてくれる。
錦は、集まる視線も、スーツの男たちに囲まれる圧もものともせず、景光に抱えられたまま潮に手を振った。うつむいていた潮が、驚愕の表情を浮かべる。手錠をしているらしく、潮の動揺に合わせて鎖が鳴った。
「錦ちゃん?!」
「会いに来たの。ひどいことはされていないかしら」
「え、ええ、大丈夫よ。堅苦しかったけれど、錦ちゃんの顔を見たら元気が出てきた」
「それは良かったわ」
錦は、潮のそばに風見を認める。いつぞやカフェで話して以来だ。そのときとは打って変わって厳しい顔つきだが、その程度で物怖じする錦ではない。そちらにも手を振ると、風見は対応に躊躇う様子を見せてから小さく小さく手を振り返した。
「今何をしているの?」
スタッフと景光の仕事仲間たちが話し合っているので、景光に耳打ちをする。
「水族館の中に入ろうとしてるんだ。事前に管理者には連絡してたんだけど、急だから、段取りがな」
「じゃあ、水族館の中に入るのは、わたくしよりも景光が先なのね」
「……」
「景光?」
単に思ったことを述べただけだったが、景光は渋い顔だった。
「せっかくあの子どもたちの誘いを断って待っててくれたのに……」
「気にしないで。また一緒に来ましょう。観覧車、二周するのも忘れていないわよ」
「上司がいる近くでなんだけど、絶対休みもらうからな……」
景光が悲しそうにするので、錦は抱き上げられたまま励ますように頬をぺちぺち叩く。「お仕事頑張って」緊迫した空気とは不釣り合いなやりとりをしていると、思いもよらない人物から予想外の提案があった。
「錦ちゃんも一緒に行けないのかしら」
肩身狭そうな潮が、遠慮がちに口を開いていた。錦と景光をみて、風見を見る。
「まだ分からないことばかりだけれど、錦ちゃんたちが一緒に水族館で遊べないのは、多分わたしのせいでしょう。申し訳ないわ。わたしは、錦ちゃんに助けてもらったのに。一緒に中に……観覧車に一度乗るだけ。わたしも、上から水族館全体を見渡してみたい」
「観覧車に乗るのはともかく、子どもの同行など出来るわけがないだろう」
「わたくし賛成」
「こら錦」
錦は、眉間のシワが深い風見に続けた。
「案外、理にかなっているのではないかしら。わたくしがいたほうが、潮の緊張がほぐれるのは明白でしょう? そして、わたくしも、パパと一緒に観覧車に乗りたい。こういうの、ウィンウィンと言うのよね」
「そう簡単な話では……諸伏」
「ハイ。錦、これは結構大変な仕事なんだ。あんまり首を突っ込ませたくない」
「潮を拾ったのはわたくしなのに? メールも見ているのに?」
「……」
「諸伏、負けるんじゃない」
「それに、あの夜の水族館を知っているのは、わたくしだけだと思うけれど。何か気付くことがあるかもしれないわ」
「……」
「風見さん負けないでください」
錦は、潮との面会が許されている時点で、同行を強く拒否されることはないだろうと踏んでいた。景光や風見も、提案に一理あるからこそすぐに黙ったのだろう。
他の警察官が静観する中で、風見が重苦しいため息をついた。
「……時間が惜しい、行くぞ。諸伏、彼女から目を離さないように」
錦は潮に向かって片目をつむる。潮がくすぐったそうに笑った。