他の客に混じって乗車する訳にはいかないからと、二輪式観覧車の片側を貸し切ることになったようだった。
「楽しみね、パパ」
「そうだなって言いきれない……」
「お仕事だものね」
「そうそう」
錦、潮、景光、風見、の四人が一つのゴンドラに乗るらしい。目的を考えれば妥当なメンバーである。
観覧車前では長い待機列が出来ていた。ただでさえ待機列のできる人気アトラクションの半分が使用停止になってしまったのだから当然だ。"設備点検"という体だからか、抗議はほとんど上がらなかった。
そうは言っても、スーツの人間がぞろぞろと観覧車に集まって、錦含めた四人がゴンドラに乗り込むのを見られないようにするのは不可能だ。間違っても楽し気な一団には見えないからか「何事?」「撮影か何か?」と困惑の声が聞こえていた。風見や景光は眉一つ動かさず、潮はうつむいたままで、錦は鼻歌を歌っていた。
戻ってきたゴンドラの扉をスタッフが開く。
「椅子、たくさんあるのね」
「選び放題だな」
座席が向かい合うように設置されているのではなく、ゴンドラの壁に沿ってずらりと配置されていた。外が一番よく見える位置に錦が座ると、潮が隣に座った。景光は反対隣に座り、風見は数席開けて腰かけていた。
「ではいってらっ……」
笑顔を浮かべていたスタッフが言葉を切って扉を閉める。
その直後、ゴンドラの分厚いガラス越しにかすかにコナンの声が聞こえた。
「乗っちゃだめだ!」
おそらく待機列と警察官で姿は見えなかったが、確かにコナンの声だ。
錦は携帯電話を確認する。案の定、数秒でコナンから着信があった。ゴンドラ内に着信音が鳴り響く。いつも冷静な彼にしては焦っていた、緊急なのだろう。
錦は、景光と風見に軽く手をあげてすぐに応答した。
「江戸川くん?」
『今すぐそこから出てくれ!』
「なぜ?」
『記憶っ……奴らがっ……えっと……!』
言いたいことがあるらしいが、同乗者もいるせいか躊躇っているらしい。錦も、コナンが件の組織に関して/潮の立場についてどこまで知っているのは把握していないため促し方も分からない。どのようにしたら要件を聞き出せるか瞬時迷い、助け船を出すことにした。
「江戸川くん、FBIのひとたちから何か潮に関わることを聞いていたのよね。その関係かしら?」
景光と風見の眉が寄る。
『そ、そう! FBIのひとから聞いたんだ! キュッ潮さんのことを狙っている奴らが、きっと観覧車を狙ってくるって!』
「観覧車を狙う……? どうして?」
『FBIのひとが言ってたんだけど、カラーフィルムとここのビームライトの色が同じだから、それを見たら記憶が戻るだろうって。観覧車からなら、他の光源に邪魔されず、夜空をバックにそれだけが見える。きっとそれで記憶が戻る。そこを狙ってくるだろうって!』
「でも観覧車に乗ることを選んだのは、ついさっきで……。それを狙ってくるなんて出来るの?」
風見を確認すると、咳ばらいをして言葉を選びながら口を開いた。
「錦ちゃんの電話の相手が誰かは知らないが、わたしは元々、この観覧車に乗るよう指示を受けていた。『観覧車に乗るのはともかく』と言ったのはそういう意味だよ」
「では、観覧車に乗らないほうが良いという江戸川くんの意見には一理あるのね」
「観覧車近くに十分な人員は配置している」
「なるほど。……江戸川くん、聞こえたかしら? 対策はとられているそうよ」
『でも安心は……そうだ、ここにはあの人が! 協力してもらわねぇと』
「誰? ……切ったの?」
江戸川くんこういうところよ、とひとりごちて携帯を仕舞う。
ゴンドラは既に円周の三分の一ほど動いている。今から観覧車を停めて降りることは難しいだろうし、そもそも、風見にもその気はないだろう。ただ用心しておくしかない。
錦はにっこり笑った。景光は力のない笑みを浮かべていた。
「気を取り直して、楽しみましょ」
「今のを聞いてそうなるの、さすがだわ」
「潮も良かったわね。異変があったら、ちゃんと言うのよ」
「え、ええ」
潮の笑みもぎこちない。
敵襲には用心しているというし、ほぼ確実に潮の記憶も戻るというのだ、水族館まで来た目的は果たせることになる。
ゴンドラから地上を見下ろす。日頃から深夜に建物の屋上を闊歩している錦にとって珍しい景色ではないが、乗り物に乗ってそれを見ているというのが特殊で面白かった。加えて、深夜徘徊はひとりだが、今はこの景色を景光とも共有している。
「ねえ景光、きれいでしょう」
仕事モードを抜けるわけにはいかない景光が、地上を一瞥して錦の頭を撫でた。
「まるで自分のものみたいに言うんだなあ」
「夜はわたくしのものだもの」
「規模が大きい」
ゴンドラの位置が観覧車の頂上になれば、もっと地面を遠くに感じるだろう。その距離感が錦は好きだった。
ゴンドラが地面から一番遠くなるのと、潮の記憶が戻るのとは、どちらが早いだろう。
ゆるゆる放射状に広がって動くビームライトが、中心に集まり始めていた。