「ここ(上)から出て、支柱をつたって観覧車内部へ降りるわ。組織は、ゴンドラごとわたしを回収するつもりなの」
「分かったわ」
「俺は分からん……」

 潮からの脱出計画を聞いた景光が、風見を担ぎながら首を横に振る。
 うなる景光に対して潮はクールだった。

「地上約一〇〇メールで綱渡りをしろと。大道芸人じゃないんだぞ。……でもそれしか脱出ルートはないと」
「分かっているなら、早く彼を担いで。わたしも補助をするから安心しなさい」

 言うが早いか、潮が自分で蹴り開けた天井部から外に出る。次に、景光が担いだ風見を潮が引き上げる。景光が足を掛けた座席が嫌な音を立てたが、緊急時なので大目に見てもらいたい。錦もこころもち補助をしたものの、おおむね二人の筋力で成し遂げていた。次は錦の番だ。景光にライオンキングよろしく掲げられ、潮にパスされる。
 潮は、ゴンドラの吊り下げ部分にうまく風見をひっかけて寝かせていた。バランスが絶妙すぎてさすがの錦も感嘆する。出てきた景光が、風見を見るなり慌てて担いでいた。
 錦は風にあおられつつも微動だにせず、確実に近づいている航空機を見上げる。外に出れば、モーター音がはっきりと聞こえていた。
 潮が観覧車の支柱を確認しながら言う。

「この要領で行きましょう。わたしが先行して、次に風見、さん、の運搬。次に錦ちゃん。最後にあなた。急ぐわよ」

 潮が身軽にゴンドラから離れ、足場を確保すると景光から風見を受け取り、錦を受け取る。景光が移動し終わって風見を支えなおすのを確認すると、潮が次の足場に移る。それを慎重に、迅速に、何度か繰り返すと無事に観覧車内部のキャットウォークへと到達した。
 下から、別の人間もそこへ上がって来ていた。
 スナイパーライフルを抱え、これでもかと銃刀法違反を主張する黒づくめの男に、景光と潮と男の三人が硬直する。少女は除く。

「あら、奇遇ね」
「…………そうだな」

 潮が、赤井秀一、と呟くのが聞こえた。
 
「あなたがここにいることは、あまり驚かないけれど。武器を持っているのなら、潮のお迎えを撃退してくださるの?」
「やはり空から?」
「ええ。もうすぐ近くまで来ているわ」
「このライフルで歯が立つかどうか、確認しに行く。……そちらの状況は?」

 赤井が、潮、風見、錦、景光、と順番に視線をうつす。早口で答えたのは景光だった。

「見ての通り、キュラソーは組織に戻らない。俺の上司は気絶中。組織の奴らだが、上で見たところオスプレイに乗ってる。近づいてきているから風も強くなる。いくらお前でも難しいだろう。作戦を練り直したほうが良い」
「ほう。一理あるが、まるで俺のことを知っているような口ぶりだな」
「あー……後でな。とりあえず今は、地上まで急ごう。地上ならうちの捜査官も多い、組織の奴らも容易に手は出せないだろう」

 そう。すぐそこに件の組織の人間がいるらしいのだ。
 ふと、ここで反撃をすれば景光の助けになるだろうかと思う。これほど大規模なお迎えだ、潮はおそらく組織でそれなりに立場があって、迎えもそれなりの構成員が来ているはずだ。
 例えば、オスプレイというらしい航空機を墜とすとか。逆にこちらから乗り込んでしまうとか。認識を誤魔化して、捜査員のど真ん中に着陸させるとか。
 人間同士の争いごとに興味がないのは本当だが、景光の手伝いになるのなら吝かではない。
 物騒な音のするほうを見上げて思案していると、額にごくごく優しいデコピンを食らう。

「錦、行くぞ」

 風見を背負った景光が錦を急かす。声も、表情も、雰囲気も、とても錦をあてにしているものではなかった。錦なら何かが出来ると分かっているはずでも、景光は錦に応戦を求めなかった。
 錦は額に手を当てて笑みを深める。

「ええ、逃げましょう、パパ」
「笑ってる場合じゃないんだけどなあ」

 いつぞやの路地のような絶体絶命の危機ではない限り、手を出すのは控えよう。これは、やはり人間同士の戦いだ。
 錦が首を突っ込むのは、大事なひとが危険にさらされたときでいい。 

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