守りたいものについて

 錦は爆発を眺め下ろし、オスプレイの様子を観察する。見慣れぬ形の巨大な飛行物は、爆風でバランスを崩している。爆発による光でその姿を地上にもしっかり認識されていることだろう。夜闇に紛れるべき存在としては間抜けな姿だった。さすがに銃撃も止まっていた。プロペラから火花を散らし、醜態に拍車をかけるオスプレイは、しかし果敢なことにほどなくして銃撃を再開した。
 乱射でもなく、動く標的を追っているのでもなく、今度は観覧車の主軸を狙っていた。残っている爆薬を起爆させ、意地でも観覧車を破壊し、中に残っている人間を排除しようとしている。オスプレイの様子を見るにすぐ撤退すると思われるが、限界まで攻撃するつもりなのだ。
 爆薬は錦が三つ取り除いただけだ。
 錦は眉を寄せた。この巨大な観覧車が主軸から外れれば、大きな被害が出ることは火を見るより明らかだ。
――オスプレイを墜とさなければ。
 速やかにそう判断してオスプレイに飛び移ろうとしたものの、主軸から爆発が起こるほうが早かった。
 大きな片輪が軸から外れて、轟音とともに地面に落ちる。
 錦は振り落とされないよう鉄柱に掴まった。この観覧車は巨大な分相当に重い。下部がへしゃげて自立してくれないだろうか――しかし、あろうことか観覧車はゆっくりと転がり始めていた。

「景光、」

 景光だけではない。潮も安室もコナンも赤井も。支柱側に取り残されていればいいが、錦と同様にこの凶悪な建造物にいる可能性もある。火薬のにおいで上手く居場所が特定できないことが歯がゆい。気配を探りにくいことは出血していないこととイコールでもあるが、さすがに打撲についての判断は出来ない。自分自身の力が弱っているという自覚も十分にある。
 家族や友人だけではない。東都水族館には、多くの来場者がいるのだ。
 どうすればいい。どうすれば止まる。いくらなんでも、約一〇〇〇トンの巨大建造物の動きをさらりと制御できない。
 自分だけが生き残るのではだめなのだ。
 焦りを露わに周囲を見回していると、なにか叫ぶ声が聞こえた。反射的に顔を向けると、取り残されている観覧車から自立してしまった観覧車へ、何かロープのようなものが張られている。こちら側のロープの先は観覧車の外側に留められており、そこにコナンと赤井がいた。

「江戸川くん! 赤井さん!」
「え、橙茉さん?!」

 カッカッとステップを踏むように支柱を走り、二人の近くへ移動する。
 よくみるとロープではなく黒いベルトのようだった。どういう素材のベルトかは不明だが、幅が一〇センチほどしかないそれを支柱と自立観覧車に結び、動きを止めようとしているらしい。

「止められるの?」
「止めないといけないんだ!」

 錦の問いにコナンが即答する。観覧車は転がる速度を確かに落としていた。進行方向には水族館が迫っている。そこに大勢の人が避難しているのには気付いていた。停電した園内で唯一電力が生きているからだ。館内だけではなく、観覧車に最も近いイルカショープールの観客席にも来場者が避難している。
 眩しいそこに、観覧車が近づいている。

「まずいぞ、坊や。このままでは」
「水族館を潰しちまう……!」

 錦は水族館へと走りだした。

「橙茉さん!」

 観覧車の急斜面を滑り、間近に迫ったイルカショープールの屋根に飛び移る。高所からの落下に、屋根が音を立てて軽く凹んだ。
 観覧車に怯える来場者たちが悲鳴を上げて、揃って空を見上げている。観覧車をうかがうはずが、その視界に錦を入れて困惑の声を大きくしたのが分かった。
 錦は屋根に立ち、巨大な観覧車を正面から見る。邪魔な日傘は地面に放った。

「こうなったら、力業よ」

 観覧車は勢いを落としている。これならば、あるいは止められるかもしれない。

「……『止めないといけない』ものね」

 数百の人間が病院に搬送されることにはなりそうだが、命を失うよりはマシだと思ってもらいたい。
 錦は不敵に口角を上げて、水族館にいる人間の生気を吸い上げた。



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