明石国行3

      *

 夕食を終えて広間を出たところで、背中を強く叩かれた。「くーにゆきー!」と愉快な声があったので疑いようもなく愛染である。
 愛染は小脇に味の違うポテトチップスを一袋ずつ三袋持っており、一人では食べきれないから明石とシェアしようと呼び止めたらしい。ラインナップはみかん味とキャビア味と温泉たまご味。愛染が取り寄せたのかと聞いたが違うらしい。共有菓子棚にあったものを持って来たのだと言う。誰が発注したのかは知らないが、相当疲れていたのではないだろうか。いまいちだったら、酒盛りしている刀を探して押し付けてしまおう。
 母屋からは愛染の部屋のほうが近いので、自然とポテトチップス試食会場はそこになった。
 二振であぐらをかいて座り、三袋とも開封する。パーティー開きはしなかった。
 一枚ずつ食べ、お互い何とも言えない表情を浮かべる。一枚で手放すもの気が引けるので、ゆるゆると二枚目に手を伸ばした。
 明石は、深いため息をついてから切り出した。
「……国俊は、自分最初っから相当染まってんなあって思ってたん?」
「俺のこと? 国行のこと?」
「国行のこと」
「思った。というか自覚なかったのかよ」
「まあ……」
「顔合わせて第一声が『国俊、もう二振目なん? もう折れんようにしてな』ってさらーっと言われたら、そりゃそう思うだろ」
 愛染がへたくそな明石の物真似を挟んで笑う。
 明石はまたため息をついた。
 普通ならば。普通の感覚を持ち合わせた刀剣男士ならば、同派が折れていると聞けば理由や状況を追及するだろうし、当刃(とうにん)に正面から刀剣破壊の話題など振らないだろう。
 明石は江雪に指摘されるまで、他の刀どうこうではなく何より自分自身が染まりきっていることに気付いていなかったのだ。
「もしかして、昼に江雪と話してたのってそのこと?」
「そんな感じやなあ。なんか分からんようになってきたわ、何に悩んでたんやろ」
「ブラック本丸とかのことか」
「そう。自分がすっかり主はんの方針に染まってもうてるのに気付かへんとか、ポンコツもええとこやろ……」
「確かにな」
 愛染がポテトチップスを各袋一枚ずつ取り、三枚まとめて口に入れた。そして顔をしかめる。
「国行は、この本丸はおかしいのに誰も通報しないのはなんでだろうって思ってたんだろ。察してると思うけど理由は単純でさ、主さんが間違ってるって誰も思ってないんだよ。だから通報しない。ブラック本丸に分類されるって分かってても、通報しないんだ」
 江雪が言ったように<主の刀だから>影響を受けているということもあるのだろう。彼女の考えが馴染んでしまうから、方針がブラックだと分かっていても「そういうものだろう」と納得してしまう。
「国行だってそうだろ? 通報しようなんて思ってないじゃん。なんでだろうなって考えてただけで」
 「それな」明石は脱力しながら肯定した。
 明石は、この本丸が変でおかしいと考えてはいたが、だからといって通報しようなどとは思っていなかった。同位体にブラック認定をくらっても「せやな」と思っただけだった。正常な判断が出来るふりをしていただけで、明石もしっかりおかしな本丸の一員だった。
 愛染が続ける。
「政府が摘発しないのは、俺らに被害者意識がないことと、この本丸がちょっと変わった位置づけにあるらしいから。主さん、人間じゃないだろ。だから色々と規定がずれてるんだと。政府的には体裁悪いからなんとかしたいのかもしれないけど」
「刀剣男士はなんも言わんし、政府も黙認やから、この本丸はこんなにブラックでも稼働し続けるんやな」
「二振目の俺としては、気楽でいいくらいだぜ。ここは刀剣破壊がそんなに珍しくないから、みんな二振目なんて気にしないし……よそから見たら大問題なんだろうけどさ」
 その大問題を笑って済ませられるのが当本丸である。
「でも、一番は、主さんが悪いひとじゃないってのが大きいと思う」
「強制出陣も悪意ゼロやもんな……人間じゃないから、考え方とか違うやろし」
「それもそうだけど、もっと簡単なこと。雑談付き合ってくれたりとかするだろ? 斬れる刀には、お手製のお守り持たせたり。主さんなりに大事にしてくれてるんだよ、俺らのこと。仲良くなろうとしてくれてる」
「最初の印象より話しやすいのは否定せぇへんけど……『折れておいで』とか言うひとが刀剣男士と仲良くしようとか思っとる?」
「だって考えてみろよ。本丸を改装したのは国行が来る直前だったけど、俺ら、もう超泳げるだろ」
「……言われてみたら、水上本丸になってから日は浅いんか」
「主さんがさあ、水の中からしつこく誘うんだよ。『泳がないの?』『こんなに楽しいのに』『泳ぎ方教えてあげるのに』って。人魚の主さんなりの方法で、俺らと打ち解けようとしてくれてんの」
「好意的に解釈しすぎとるんちゃう?」
「ちげぇよ、一緒に泳いでみたら分かるって。主さん、すげー嬉しそうだから。国行も泳いでみろって! 浮き輪とかビート板とかいろいろあるんだぜ。水の中って陸上とは全然違ってさ――」
 明石は生返事をしながら足首をさする。明石を水に落とそうとしていた彼女は、彼女なりの遊び方で明石と打ち解けようとしていた、のかもしれない。
 泳ぐ楽しさを力説してくれている愛染には悪いが、明石はまだ進んで水に入ろうという気にはなれなかった。

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