山姥切国広2



 山姥切は総隊長という刀剣男士を仕切る立場についた。
彼女が刀集めにあまり熱心ではないことと、霊力が強くはあっても膨大ではないことで、刀の集まりは遅かった。それでも月日が経てば多少数が増え、彼女は刀剣破壊の始末書に慣れ、山姥切は新刃(しんじん)への本丸案内に慣れていった。
「難しい顔をしていますね」
 また新しい刀の本丸案内を終えた山姥切に、五虎退が声をかけてきた。
初期刀、初鍛刀の仲なので、最も話しやすい相手ともいえる。山姥切の近くにいることが多かった五虎退も、気づけばどんな刀剣男士が相手でも背筋を伸ばして接するようになっていた。
 五虎退からの指摘に山姥切はため息をつく。
「刀剣破壊に、妙につっかかってくる刀だった」
「……僕には、なんとも言えません」
「そんなレベルじゃない。戦うこと自体が気に入らないようだった。……あの(、、)主の刀なのに」
 仲間が折れる度にしょげている五虎退も、戦うこと自体は忌避していない。しかし、この度の刀は争い自体を好んでいないらしかった。あの、刀に刃物としての価値しか求めない主に顕現されているのに。
「元々の、平和主義的な気質がよほど強いのかもしれませんね。主様の影響を受けても、揺らがないほどに強いのかも」
「それにしたって刀だぞ、俺たちは」
「刀は振るわれるものであって、自らの意思で人を殺せる道具ではありませんから」
 五虎退の言うことも一理ある。そういうことかと頷いて、新刃が立ち去った方向を見た。
すぐに、例の通過儀礼が始まる。



 山姥切が出陣から戻ると、普段は審神者部屋で審神者業のサポートに精を出しているこんのすけが待ち構えていた。
「山姥切国広様。審神者様が、お話があると」
「急ぎか」
「入浴と着替えが済んでからで構いません。ご報告のついでで結構だそうです」
「分かった」
 短く返事をして、早足で風呂場へ向かう。
 彼女にはこんのすけの他に交代制で近侍がついているので、ちょっとした困り事で山姥切が呼ばれることはない。ただ、部隊の管理は基本的に山姥切が行っているので、部隊編成や戦闘についての情報が必要なときはこうして声をかけられる。あとは、新しい刀が来たとき。今回の要件は何だろうか。
 今日はもう出陣がないので、部屋着に着替えて審神者部屋に向かう。
頭にタオルをかけ、その上から襤褸布を被って審神者部屋に入ると、こんのすけにため息をつかれた。
こんのすけからの冷たい対応にもずいぶん慣れた。髪が濡れているくらい、彼女は全く気にしないので構わないのだ。彼女は礼儀ががばがばなので、出陣後の汗と血にまみれた状態で部屋に入っても怒らないし、審神者部屋の納涼床で酒盛りをしても怒らないし、屋内移動用ボードを勝手に使っても怒らない。
審神者部屋には水槽に入った彼女とこんのすけの他、今日の近侍の乱藤四郎と、新刃の江雪左文字がいた。確か、江雪の今日の出陣は終了していたな、と。山姥切は第一部隊隊長で固定なので江雪とは別部隊だが、全部隊の編成と出陣・遠征予定を頭に入れている。
 山姥切は、疲労の濃い江雪を一瞥して腰を下ろす。
「おかえり」
「ああ。何かあったのか」
「江雪(それ)がな、戦に出たくないと言うんだ」
 彼女が江雪に向かって顎をしゃくる。
「だから、近侍に据えることにした」
 山姥切は相槌を打ちかけてやめた。彼女は接続詞の使い方をちゃんと分かっているのだろうか。彼女の性質も踏まえて考えるに、<戦に出たくない>からつながるのは<刀解>だろう。斬ることを放棄した刀を手元に置くとは考えられない。
 山姥切は彼女に対しての物怖じが無いので、素直に問いかけた。
「何を言っているのか分からん」
 こんのすけからの視線を感じる。
 彼女は気にした様子もなく続けた。
「戦が嫌なら折れたらいいと顕現した翌日くらいに言ってはいたんだけど。折れてないだろ。だから、その気があるなら練度を上げて、近侍としてわたしの世話をしたらいいんじゃないかと思ってな」
「連続出陣期間を長くとって練度を上げて、十分強くなったら近侍としてそばにいるのはどうかって。主さんが」
 乱が少々不思議そうな顔で言う。
 現在、総隊長は山姥切で固定、近侍は交代制だ。これを、近侍も固定にするということらしい。戦嫌いなのに――将来的には出陣が少なくなるとはいえ――連続出陣するのはいかがなものかと思ったが、江雪が反論しないところを見るに異議はないのだろう。
「その確認を俺に?」
「刀のことは、わたしより山姥切のほうが分かっているだろうから」
「戦事ならともかく……あんたが良いと思うなら、俺に異存はない」
 総隊長固定の山姥切は、近侍ローテーションから外れている。近侍がだれであるかは普段からほとんど気にしていない。
「反対する刀とかいるかなあ」
「いるだろうが、交代制より固定制のほうが仕事をしやすいだろう。江雪で固定することに反対されれば、出陣回数が大幅に減ると言えばいい。この本丸で、出陣を厭うやつなんて誰も……江雪以外にはいないからな」
「そうか。なら決まりだな。今日の夕会で話してしまおう。ああ、でも、江雪」
 水槽の中で腕を組んで回る彼女は、明日の天気を話すような口調で言う。
「折れたらそれまでだし、わたしから折れないよう気を使うこともしない。頑張ってみて、無理なら折れておいでね」
 山姥切は「だろうな」と思っただけで、なんら特別な感情は抱かなかった。乱も一切表情を変えなかった。こんのすけもただ背筋を伸ばしていただけだった。
 これがこの本丸なのだ。

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