11


 月が昇り、学園は静寂に包まれる。昼間の喧騒は身を隠し、学園内のあらゆる物が人ならざるものの独特の雰囲気に染まる。夜間部が授業を行い、常ならば風紀委員である美夜と優姫と零は学園内の見回りを行っている時間、理事長の私的居住区の一部屋に五つの人影が合った。
 美夜を含む風紀委員の三人に加え、部屋の主である理事長、そして夜間部に関する全ての決定権を持つ枢。突っ立って話すのもなんだから、と理事長室を移動したのはついさっきだ。
 革張りのソファに、美夜の左右に優姫と零、そして対面には理事長と枢が腰掛ける。

「……じゃあ、話してくれるかい?」
「はい。待ってくれてありがとうございます」

 特に理事長と枢は、すぐにでも美夜に話を聞きたかったはずだ。それを待ってくれたのは、美夜の身体の心配とある程度の信用があるからだろう。美夜は、話すことを整理したリストを頭の中に呼び出し、まず、と口を開いた。

「最初に言っておきますが、私は一応人間です」
「え、そうでしょ」

 優姫は確か、血液錠剤の馬鹿食いを見たはずだけど、忘れてるのかな。
 単なる度忘れか、今朝の零のことのインパクトが強かったのかの判断はしかねるが、てっきり覚えていると思っていた美夜は苦笑した。
 何を今更、と左隣の優姫が首をかしげるが、正面の二人はもちろん零の表情が僅かに厳しくなった。三人を代表し、枢が問いかける。

「……美夜、一応、とは?」
「枢さんと理事長はご存知だと思いますけど――――私には、牙があるので」

 口を開き、指でそれを皆に示す。白く鋭いそれは人間にはないはずのものだ。
 枢が軽く腰を浮かせて手を伸ばし、長い人差し指が口元に伸びてきたので、美夜も僅かに腰を浮かせて口を開ける。人の指が口元にあるのはなんとも奇妙な気分だが、されるがままに牙を触らせていた。
 優姫の前でこんなこと、と思っていると枢はすぐに座り直した。

「ごめんね……本物か気になって」
「いえ。それより、傷ついてませんか?枢さんの血が流れると困るので」
「クス、大丈夫。ありがとう」

 右隣から殺気を感じないことも無いが、今はとりあえず無視を決め込む。

「私、気付かなかった……」
「無理も無いよ、優姫。普通科が夜間部の牙に気付かないのと一緒で、"あるはずの無いもの"は認識しにくいからね」

 美夜自身が口を開くことを避け、そうなるときは手を口元にやっていたこともあるから余計だろう。

「じゃあ美夜ちゃんは、牙はあるけど人間ってこと?」
「君から吸血鬼の気配はないし……」

 理事長が言い、枢もこちらを見つめて呟いた。美夜は、うーん、と一度視線を落してから、適切な表現を探す。

「……牙のある人間か、吸血衝動の無い吸血鬼か、そんなところですかね」

 それで皆が納得できるわけも無い。それは美夜も分かっている。これだけでは、零が吸血鬼であることを知っていた事と何も結びつかないのだから。
 だがどの道自分自身の事も話さなければならないだろうから先に話しておこう、と零の事は一先ず置いておく。

「えっと、じゃあ私についてから話しますと」

 改めて話を仕切りなおし、美夜は姿勢を正す。今夜話すべき本題はここからだ。

「私のような存在に名前は無く、人間や吸血鬼と区別するために<レベル:U>と言われることもあります。人間から生まれたにも関わらず、吸血鬼の因子を多く持った者……それが<LEVEL:UNKNOWN>」

 人間にも吸血鬼にもなりきれておらず、滅多にいないので正式な名称もつけられず"名無し(unknown)"と呼ばれる。

「あの、確か吸血鬼ハンターの家系って、多少吸血鬼因子を持ってますよね?」
「そうだよ。優秀な家系ほど多い傾向があるけど、多くてもほんの僅かだね」
「私の場合、ハンター達よりは遥かに多くて……だからハンターに牙は無くとも私にはあるんです。でも、もちろん吸血鬼よりは少なくて」
「……僕らほど因子がなく、そもそも人間から生まれているから"一応人間"ということ?」

 さらりとまとめてくれた枢に向かって頷いた。様子からして、彼も<レベル:U>の存在は知らなかったらしい。無理も無い、と美夜は内心呟いて、人差し指を自分に向けた。

「人間である部分と吸血鬼である部分とが体内で完全な共存を果たしている私……<レベル:U>は、人間・吸血鬼を問わず、引き寄せやすい体質らしいです」
「美夜ちゃんモテモテ?」
「平たく言うとそうなりますね」

 真面目な顔をして言う理事長に苦笑して続ける。

「でも、<レベル:U>に関しては分からないことが多い……ほとんどです。因子の数の関係で血に狂うことは無いらしいですが……」

 なんせ分からないので、と美夜はスカートのポケットからピルケースを取り出し一度軽く振って、ジャラと中身の音を示してからテーブルに置いた。置いた拍子にカタンと小さな音を立てる。

「……これをハンター協会から、念のためって持たされています。毎日摂取することと、血を流したときは食べろって言われてて」
「あ、だから美夜あの時食べてたんだ」
「そうそう」

 はっとして言う優姫に頷き、

「あと、ハンター協会から定期的に報告をあげるように言われてて……」

 "ハンター協会"という名称が出てからあまり良い顔をしていなかった理事長と枢が、明らかに表情を硬くした。
 理事長はハンター協会と深い関わりがあるし、枢は吸血鬼の世界で非常に高い地位にいる。<レベル:U>の情報がハンター協会にありながら、自分たちに入ってこない事への違和感だろう。
 それを察した美夜は、右手の人差し指を立てて自分の顔の横に持ってきた。

「<レベル:U>のことが秘密になっている理由は三つあります。……一つ目は、存在自体が稀で公になる機会がないこと」

 今度は中指も立てる。

「二つ目は、人間と吸血鬼の中間の存在で双方を惹きつける体質の為、何らかの勢力に利用される恐れがあること」

 最後に薬指を立てる。嫌でも脳裏に甦ってしまう血色を、じっと見つめてくる四人に悟られないよう膝に置いた左手に僅かに力を込めた。

「三つ目は……十六年以上生きた<レベル:U>が存在せず、資料が少なすぎること。私が記録更新中なんです」

 正面の二人の表情が曇り、左右からも息を呑んだような気配がする。美夜は手を下ろして、疑問を口にされる前に三つ目について付け足した。

「寿命ではなく……<レベル:U>はその体質故に狂った吸血鬼すら引き付け、襲われて命を落としてしまうんです」

 ここまで言えば、あえて口に出さずとも四人とも察しがついただろう。十年前に美夜を襲い家族の命を奪った吸血鬼は、どうして美夜ら家族を標的にしたのか――美夜が<レベル:U>だったからだ。
 本当は、それだけでは無いのだけれど。

「本当だったら私も十年前に死んでいたかもしれませんけど……運良く滞在中のハンターに助けられて」

 狙われていた本人が生き延び、家族は帰らぬ人となったというのは、なんという皮肉だろう。
 正直美夜は、家族の事をほとんど覚えていない。しかし襲われた時の家族の記憶だけは、嫌と言うほど鮮明に焼き付いている。思い起こされかけた記憶にきっちり蓋をして、左手の力を抜く。
 言葉の無い四人を見て自嘲気味に小さく笑い、そのまま続けた。

「その後は前に話した通りですが……補足しますと、協会が私の記憶を消さずに解放することを許してくれたのは、私が<レベル:U>として協力するという条件付きだったからなんです」

 協力とは言っても、定期的に報告書をあげるくらいのことだ。それにはぐれ吸血鬼の危険に関する情報も流してくれるし危険がある場合にはハンターが派遣されることになっているので、美夜にとってはかなり良い条件なのだと付け足した。

「ハンター協会が、吸血鬼の情報を持った人間を記憶操作せずに解放してたことに疑問はあったんだけど……そういうことだったんだね」

 理事長がため息を吐き、眼鏡の位置を直しながら呟いた。美夜は頷き、そこで一先ず話を切った。
 左隣で状況をすんなり受け止め切れていない優姫に苦笑する。右隣の零をちらりと窺うと、枢がいるせいかどことなく不機嫌だが、深く悲しい色をした目と視線が合った。ただの人間じゃないって分かって、嫌われてしまっただろうか。

「……美夜、錐生くんのことはどうして?」

 視線を落としてしまうと、枢が優しい声音で話を促してきた。ぱっと視線を上げて、枢の方へ顔を向ける。

「"飼い慣らし"のことを、以前協会から聞いていたんです。なので、刺青で零が吸血鬼だとはすぐに分かって……」

 でも、と美夜は視線を僅かに下ろして枢の身に纏う白を一度見てから言葉を続けた。

「夜間部が全員吸血鬼で普通科が人間だと分かってから……零が普通科にいる理由を考えると、元々人間でまだ吸血鬼として目覚めていないからだろうとしか思えなくて」

 ハンター協会で使用されている"飼い慣らし"は、抑制が難しくなった<元人間>に施される場合が多いが、吸血鬼として目覚めていない<元人間>には吸血鬼化を遅らせる効果もある。
 それを踏まえると、"飼い慣らし"を施されても人間社会で生活出来るのは、吸血鬼として目覚めていない<元人間>しかいない。抑制の難しくなった吸血鬼が学園に通うなど考え難いから。
 ――そのような思考の段階を踏むはずだ、と美夜は判断した。

「それで、様子がおかしかったから……もしかしてそろそろかもしれないと思ったんです」
「これで全部繋がった訳か……」

 話してくれてありがとう、と微笑んだ理事長に、美夜は「黙っててすみません」と小さく頭を下げた。顔を上げて枢と目が合うと、彼も柔らかく微笑んでくれる。それにどこかほっとして、無意識に緊張してしまっていたのだと気付いた。

「ね、ねえ美夜」
「どしたの?」

 おずおずと掛けられた声に首をかしげると、眉を寄せた優姫が恐る恐る口を開いた。

「夜間部に行ったりしないよね?」

 掛けられた問いに、きょとんと一拍置いてからはっとした。自分は一応人間に分類されてはいるが、"一応"のことであるし立派な牙も持っている。その上<レベル:U>は不明な点も多く、危険と言えば危険になるのではなかろうか。

「……私、普通科ってまずいですか」

 口元を引きつらせて、今更だと思いながらも理事長に問いかける。しかし理事長は軽く笑ってそれを否定してくれた。

「いや、普通科でいいよ。守護係でもあるし、そもそも吸血鬼ではないんだからね」
「君が来るとなると喜ぶ人もいるだろうけど……僕もそれでいいと思うよ」

 二人の言葉にほっと息を付くと、優姫も「良かった」と呟いた。美夜は優姫と顔を見合わせて、これからも一緒にいられるねと笑う。
 彼女が自分を嫌悪していないと分かって安心する反面、先ほどから全く話さない右隣の存在が気になってくる。英に血を飲まれた後もこんな感じだったな、と美夜は守護係になるきっかけとなったことを思い出した。

「じゃあ、話してくれたお陰で色々分かったことだし、もう解散しようか」

 重かった雰囲気を振り払うように、理事長は立ち上がりながら言った。続いて美夜と優姫と枢も立ち上がり――零だけは、腰掛けたまま宙を睨んでいた。
 どう声を掛ければいいのか分からなくなってしまった美夜は、そんな零から視線を逸らす。

「……じゃあね、優姫、美夜」
「はいっ。センパイは授業頑張ってください」
「あ、お疲れ様です枢さん」

 欠伸をしながら部屋を出て行く理事長にも就寝の挨拶をし、校舎へ向かう枢を見送ると、呆としながらピルケースを仕舞う美夜の腕を優姫が引いた。

「見回り行こ。零もさぼったら駄目だよ」
「……ああ」

 こちらを見もせずに短く言う零に苦しさを覚えながら、優姫に引かれるままに美夜は部屋を後にした。
 遠くを見ている零にどう接すればいいのかの答えが見つからなかった美夜にとって、笑顔で引っ張ってくれる優姫はとてもありがたい存在だった。優姫がにこりと笑うのを見て、美夜も笑顔を返した。




 優姫は、美夜と一緒に学内の見回りをしながら、ポツリと呟いた。

「でもびっくりしたなあ……」
「あ、私?」
「うん」

 静かな中庭を二人で並んで歩く。美夜の話を聞いたものの、まだ夜間部の授業が終わる時間ではなく守護係の仕事も終わらない。
 頭の中こんがらがりそうだよ、と大げさにため息を吐いてみると美夜が謝りながら笑った。その口元に思わず視線が向いてしまい、優姫は不思議な気分でそれを見る。

「ほんとに牙あるんだね……」
「まあね。でも大丈夫だよ、吸血衝動はないから」

 そう笑って言う美夜に、優姫は微かな違和感を覚えた。以前なら気が付かなかったかもしれないが美夜と一緒にいる時間が多くなる内に、少しだがそれらに気付く様になっていた。

「美夜、どうしたの……?」

 過去の話をした後なのだ、何かを思い出して辛くなっているのかもしれない。人に中々頼ろうとしないらしい彼女ならば十分にあり得る。

「どうもしてないけど……」
「なんか変だよ美夜。……その、もし何か思い出して辛いならもう休んだ方が良いかなって」

 小首を傾げた美夜に言うと、美夜は「そうかな」と苦笑して視線を逸らした。
 やっぱり変だ。いつも目を見て話してくれるのに。
 見回りという名の通りに周囲を見渡し始めた彼女にため息を吐いて、優姫も視線を動かした。そうしているとやはり自分は頼りないのかと思え始めて、優姫の周囲の空気が重く変化を始める。今度は美夜に心配される番になってしまった。

「ゆ、優姫……?」
「……私ってやっぱり頼りない?」

 弱々しい声でそう問えば美夜が無視出来ないと何となく分かっていながらも、つい口に出した。案の定、いつも自分を考えてくれる美夜は優姫の心境を察して申し訳なさそうに眉を寄せる。

「そんなこと無いよ。優姫は強くて優しいもん」
「あ、ありがとう……」

 眉を寄せて切実な表情でストレートに褒められてしまい、優姫は少々顔を赤くした。美夜の言葉はあまりに直球で、どこかむず痒い。
 美夜は逡巡するように視線を泳がせてから、ひどく言い難そうに言った。

「あのさ……零に、嫌われちゃったかなって」
「………………え、なんで?」

 思いも寄らない言葉だったので、少し間を置いて聞き返した。様子がおかしい理由が辛い過去のことでなく安堵する――そうだったら容易に励ませない――反面、零と何かあったのかと疑問が浮かぶ。
 すっかり意気消沈した様子の美夜は、歩調を緩め、制服の袖口をいじりながら続ける。

「さっき、怒ってたから。枢さんがいるからかなって思ったけど……私に怒ってたから」

 零の怒りの矛先がどこに向いているか分かる辺りは流石だなあ、と感心する。彼の怒気や不機嫌さは周囲を容赦なく巻き込むから。

「零のことも優姫のことも大事なの。嫌われたからってそれは変わらないけど……」
「あ、ちょっと待って。零は別に嫌ってないよ」

 慌てて訂正すると美夜は落ち込んだ表情のまま、理由を問うように優姫の目を覗き込む。なにこれ可愛い、と優姫は僅かに頬を染めながらも口を開く。

「怒ってた……のはそうかもだけど、あれはふてくされ度の方が高いと思う」
「ふてくされ……?」

 優姫は頷いて、いつも自分が美夜にされるように頭に手を乗せた。美夜は髪を結っているので、軽く手を弾ませるだけにする。

「零は多分、言って欲しかったんだよ。皆に説明する前に、相談して欲しかったんじゃないかな」
「……?」
「私は打ち明けてくれただけで十分嬉しいけど……零は、どんな形であれ頼って欲しかったんだよ」

 ぽすぽすと手を弾ませると心地良さそうに力を抜く美夜を微笑ましく思いながらそう言った。零が美夜をふとした時に目で追って気にかけているのは優姫から見ても明らかなのだ、先程の零の不機嫌な理由は恐らく間違っていないだろう。
 美夜は周りの変化には異様に敏感なのだが、自分に向けられている感情に関しては妙に疎い節がある。「好きです」と面と向かって言われて「何を」と返すほどだ。

「だから、気にしなくていいよ。明日になると元に戻ってるから」
「そう……かな」

 あまり納得していなさそうな美夜に、そうだよ、と笑顔を向けると暗かった表情が少し明るくなった。優姫は美夜の頭から手を離す前に、また一度それを弾ませる。
 そういえば、美夜って夜間部のセンパイ達とか零によく頭撫でられてるよね。
 ふわりと笑った美夜の表情を見て、皆この力の抜けたような表情を見たくて撫でているのかもしれない、と思った。
 そして優姫の予想したとおり、翌朝にはいつもの零が美夜の頭を撫で、美夜はほっとしたように笑っていた。





 <レベル:U>であることを皆に明かした翌日、校舎の夜の見回りの前に、美夜は一人理事長室に残っていた。

「ちょっと疑問なんですけど……」
「どうしたの?」

 優姫と零の足音が聞こえなくなってから、美夜はいつも通り厚着な理事長に向かって首をかしげた。暗い話題でもないので世間話のような口調。椅子に座る理事長は至って笑顔で、美夜の言葉を待っている。

「知っていたんじゃないですか?」
「何を?」
「<レベル:U>のことです。私がそうだとは知らないにしても、存在は知ってたんじゃないかなって」

 理事長は瞬きを数度繰り返した後、すぐに苦笑を浮かべた。頭をかきながら、知ってたか、と呟く。
 理事長として今美夜の前に座る彼――黒主灰闇は、十六年前までは最強のハンターとして名を馳せていた男だ。皆に話していたときは美夜も考えなかったが、改めて思うとトップハンターであった彼が知らないと言う事はあり得ないだろう。<レベル:U>の情報は、昔からハンター協会が管理していたようだし。

「……元ハンター、ですよね?」
「うん……知ってたよ。でも優姫にハンターのこと言ってなくてね」

 だから、<レベル:U>を知っていたと口に出来なかったのか。美夜はなるほどと頷いて、折角だしと思いそのまま話を続けることにした。
 美夜の知らない情報は無いだろうが、最強と謳われたハンターが目の前にいて、それに関する話をしているとなると多少の興味も沸いてくる。
 確認するまでもなく、現役の頃の面影は無いのだろうけれど。

「誰から聞いたの?僕のこと」
「……私、協会長に可愛がってもらっててですね。黒主学園に行くって決まったときに、口を滑らせてました」
「……」
「理事長が、二百年近く生きてるって事も」
「……今度嫌味でも言いに行くよ」

 深い溜め息を吐く理事長に美夜は乾いた笑いを返し、瞬時躊躇ったが以前から抱いていた疑問をぶつけてみることにした。

「理事長は、ハンターの中で吸血鬼の因子が多いんですよね?」
「うん、まあね」
「<レベル:U>とは呼ばれないんですか?」

 理事長は眼鏡の位置を直し、言いづらそうにしながらも答えてくれた。美夜に気を使っているのか、それとも現役時代に関わる話だからだろうか。美夜は理事長の正面に立ったまま、発せられる言葉に耳を傾ける。

「……ただの人間から生まれたのに吸血鬼因子を持つ者の呼び名が<レベル:U>なんだ。僕は元々ハンターの家系だから、あり得ない話じゃないんだよ」
「あ、なるほど」
「因子の数は<レベル:U>の方が多くてもそっちの方が安定してるし……僕の場合"いつ狂うか分からない牙の無い吸血鬼"って言われることもあったけど」

 美夜ちゃんとは逆だね、と言って理事長は肩をすくめた。
 美夜はいつか、"かぞく"が言っていた話を思い出していた。まだ自分が<レベル:U>であることの意味が良く分かっていなかった頃の話だ。
 イメージとしては、コップ一杯の水にビーズを二個落とせばハンターの家系。ハンターで因子の多い者でもせいぜい十個。一方<レベル:U>は、コップの半分が水、半分がビーズで出来ている――と。
 信じがたい話ではあるが、吸血鬼の始祖でさえ人間から突然変異という形で生まれたことを考えれば納得出来ないことは無い。

「吸血鬼の因子は少ないか、いっそ多いほうが安定しやすいから、僕は中途半端なんだ」
「少ないとコントロールが効いて、<レベル:U>以上に多いと落ち着くらしいですね、仲間の因子がいっぱいだから。……吸血鬼はそういう体質だから別として」

 そして<レベル:U>の場合は人間の部分も当然あるので、人間と吸血鬼の同居状態になる。
 これは人間の血が混じった吸血鬼とも少し違う。あくまで<レベル:U>のように内から生じた限りなく<純血種>に近い因子だからこそ同居になるわけであり、人間と吸血鬼の混血はいわば桃色のビーズ。因子そのものが薄まってしまうのだ。

「よく知ってるね、美夜ちゃん」
「<レベル:U>に関する情報は、結構教えてくれるんです。そもそも協会にある<レベル:U>の情報のほとんどが私のことですし」

 今まで存在した<レベル:U>は、死後にそうであったと分かる場合が多く、生前に分かっていても、協会が完全な保護体制を整える前に亡くなっている。

「そういえば<レベル:U>が体内の因子を活用して戦闘すれば、上級吸血鬼並みの力があるっていう話もあるけど……まあ、それはいいか」

 美夜が告げた、<レベル:U>の存在が広まらない二つ目の理由に関わる。<レベル:U>の持つ因子が<純血種>――むしろ始祖にさえ近いのだから、当然の推測とも言える。

「…………美夜ちゃん、僕のことなんだけど」

 理事長の現役時代を密かに想像し始めていた美夜は、弱い声を掛けられて我に返る。机に座った理事長が、苦い表情で視線を泳がせていた。

「優姫には秘密、ですか?」
「うん、お願いしてもいいかな?」

 吸血鬼を狩っていたことを知られたくないという理事長の気持ちは理解できるものだ。今彼は人間と吸血鬼の共存を目指す立場であるから、それに協力してくれている優姫には話しづらいのだろう。

「はい、分かってます」

 美夜が笑顔で頷くと、理事長はほっとしたように笑った。


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