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「これほど近付かれて初めて気が付くなど……私も衰えたものだ」
「――お褒めに預かり、光栄です」

 美夜は笑む閑に微笑みを返し、刀の柄に左手を乗せたまま優姫と閑の間に入る。言葉を失う様な儚い美しさを持つ閑を前にして、背に庇った二人に声を掛けた。

「ごめん……ちょっと遅かったね」

 平和ボケした自分は殴り飛ばしたはずなのに、閑の口元の血を見て顔をしかめる。優姫が咬まれていないだけ良かったのだが、零だって咬ませるつもりはなかった。

「美夜……どうして?」
「初めから、"隙を窺って"来るんじゃなくてこうするつもりだったんだけど……零を助ける方法を教えてもらう前に突入する訳にはいかないから」

 伝えはしないが、美夜は、零を助けるには閑の血が必要だと知っていた。しかし仮死状態になっている閑の体の気配は探せない。
 まり亜が仮の寮を使っているのだからその何処かに体があるだろうとは思った。だが術式による何らかの罠がある可能性が高いし、自分がこの刀の所有者であると早い段階で知られる訳にはいかなかった。
 だから閑の取り引きに乗り、本来の体に戻るのを待ったのだ。
 さらに、閑が本来の体に戻ったことが、閑が優姫にその方法を教えたという合図になるだろうと予想した。元々、交換条件に閑は優姫の血を求めていたから、体に戻るのは十中八九、教えたタイミング。
 後は閑の気配を辿って、全力で走ればいい。優姫が咬まれるより前に。
 危険な賭けだった。閑が本来の体に戻った途端に優姫を咬む可能性もあったし、だからと言って零を助ける方法を優姫が聞く前に、自分が入る訳にもいかない。美夜はその方法を"知らない"のであり、優姫から"聞いて初めて知らなければならない"から。

「あ、あのね、零がその人の血を飲めば助かるの」
「分かった。……ごめん、遅れて」
「ううん……でも、その刀……」

 肩越しに振り返ると、大方察しのついたらしい零が厳しい目を向けてくる。

「美夜……"影"なのか」

 美夜はそれに力無く笑い、何故か零に動きを拘束された状態で驚いている優姫にも笑い掛けた。
 私の馬鹿、寮まで刀を取りに行くんじゃなく、どこか近くに隠しておくべきだった。この刀には対吸血鬼用武器特有の気配が無いのだから、それも出来たはず。
 今更後悔しても遅いし結果としては間に合ったのだから、と美夜は思考を中断して閑に向き直った。

「優姫を見捨てたかと思っておったのだがな……まさか、そなたが"それ"の使い手であったとは」
「……私が優姫を見捨てるなんてあり得ませんよ」
「どうする?私はそなたが庇う優姫の血を求めるが」
「当然、全力で阻みます」
「ほう?……零、"そのまま優姫を押さえていろ"よ」

 僅かに力の篭ったような閑の言葉に、零が彼女に命令されているのだと分かった。

「出来るのか?そなたに、<純血種>を阻むことが」
「……私は貴女を殺せないでしょう。でも、騒ぎを聞きつけた理事長か夜間部生が駆けつけてくれるまでの時間稼ぎくらいは出来ます」

 本当は優姫に逃げて欲しいけれど、零に拘束されているのならそれは恐らく不可能だ。ならば、外から来る誰かを待つしかない。もちろん、零を救う為の血は貰うつもりだ。
 閑が、帯に巻いている幅の広い飾り布を解いた。ばさりと音を立てるそれを注意深く窺いながら、美夜は左手を刀の鞘に、右手で柄を握った。

「……優姫、逃げられそうだったら逃げて。零も下がっててね」
「やめろ、美夜……そいつは俺が……っ」

 完全に意識を閑に持っていかれていると思っていた零から返答があり、少々驚いた。閑を見つめたまま、引き締めていた表情を少し歪める。
 彼の復讐を止める事は出来ない。ただ、そればかりを求めている零は、閑が死んだらどうするのだろうとも思う。

「……約束忘れてるなら、怒るんだから。私は、零に閑さんの血を飲んでほしいよ」

 暗に「生きろ」と言っていることが、伝わればいい。
 美夜は一度瞼をきつく閉じ、意識を閑へ集中させる。薄く笑む閑はどこか楽しそうで、この状況を楽しんでいるように見えた。
 閑との距離はあまりない。彼女がどうやって戦うのかは分からないが、近接戦闘のこちらとしては有利な距離だ。
 静かに息を吸い込み、細く吐く。美夜は柄を握る手に力を込め、閑を見据えて短く言った。

「――――参ります」

 言い終わると同時に鯉口を切り、浅く踏み込んで刀を鞘から抜き放つ。目にも留まらぬ速さの居合いは、だが閑の持つ布に阻まれた。ならばと突くが、それも布に阻まれる。生き物のように動くそれに、美夜は顔をしかめた。
 しかし次々に刀を振りかざしたお陰で、優姫達から距離を置かせることには成功した。

「成程……その力、ただのハンターではないな?しかし気配が人間と同じ……いや、何も感じないのは[天守月影]の力か」
「その通りです」

 感心したような閑に頷き、何度も斬りかかるもやはり布によって防がれてしまう。ならばその布よりも速く動くしかない、と姿勢を低くして床を蹴り、閑の後ろに回りこむ。気配が無いに等しい今、<純血種>とはいえ気配を追うのは容易ではないはずだ。

「中々、やるな」

 逆袈裟に斬り上げようと構えたと同時、盾の役目を果たしていた布が伸びてくる。気付いて踏み止まると、美夜が踏み込もうとした場所の後方にあったカウチが、布によって真っ二つになっていた。
 あの布は、盾であり刃物。厄介だと眉を寄せる。
 少しでも傷をつけられれば、<純血種>の濃い血に誘われて夜間部が来る。零に飲ませることも可能になるかもしれない。ただそれだけを思って、美夜は再び閑に突っ込んだ。

「甘いわ」
「っ」

 握る刀が布に捕らえられる。しかし美夜は柄から手を離さず、刀を思い切り下げることで布の自由を奪い、閑の胴体目掛けて片足を振り上げた。
 これは閑の不意を突いたらしく一瞬笑みが消えた。だが振り上げた足は難なく閑の腕にガードされ、更に片足しか床に着いていない状態で刀に巻きついた布を強く引かれ、美夜の体は宙に浮いた。

「美夜ッ!」

 優姫の声を聞きながら、背中を壁に叩きつけられる。そのまま床に落ちるも、しっかりと刀は離さなかった。受身が取れたので、あまりダメージは無い。

「ッは、ごほっ……」

 詰まった息を整え、体勢を立て直そうと片膝を立てるが、それより前に再び布に弾き飛ばされる。反応が遅れたせいでもろに食らい、優姫と零の背中が見える場所の壁まで飛ばされた。

「――ッ!」
「閑さんもうやめてっ!」

 壁から床に落ち、衝撃に体を捩った。幸いにも骨は無事だったが、あまりの衝撃の強さに視界が眩む。吸血鬼に近い状態なので回復は早いだろうが、その少しの時間が惜しかった。
 倒れたまま視線で閑を確認すると、こちらへ向かって来ていた。閑の注意が優姫に向いていないことに、密かに安堵する。

「そなた……"なり損ない"だな?」
「っ……はい、そうですよ。今は、<レベル:U>と……っげほ、ごほっ」

 元老院の監視下で育ったのだ、閑が<レベル:U>を知っていても不思議ではない。
 閑は布を手元に戻し、上体を起こしかけた美夜の傍でしゃがんだ。

「……ふふ、気が変わった。人間にも吸血鬼にもなれぬ、そなたから先に咬んでやろう」
「っやめろ、閑ッ!」
「優姫を咬むのは取り引きだったが……美夜を咬むのは、零、お前が二人に懐いたお仕置きよ?」

 間近で微笑む閑を睨む。閑は刀を握る美夜の手首を、骨が折れそうな程強く握った。手に力が入らなくなって美夜が刀を離すと、無理矢理腕を持って立たされる。

「っ離して、下さい」
「零への仕置きであるからな……恨むなら零を恨むがよい」

 両手首を片手でまとめて持たれ、閑の腹に膝を入れようとしても、空いている手で防がれてしまう。[天守月影]は手から離れてしまったが近くにあるので、未だ美夜の身体能力は高いままだ。にも関わらず、抵抗しても閑がビクともしないのは、流石<純血種>と言った所か。
 手首を掴む閑の手の爪が皮膚を破り、血が伝った。
 噛まれるのは、非常にまずい。

「まだこれほど元気か」
「――ッ」

 腹に衝撃があった。最小限の動きだったが、見た目以上に重い。蹲ってしまいたいのを堪え、ふらつく足で何とか立っていると、閑が首筋に顔を寄せてきた。本調子だったら何てこと無いのに、とどうしようもない事を思いながら、少しでも体を離そうとするが効果はない。
 その時、突如銃声が部屋に響いた。
 美夜も閑も弾かれた様に零を見ると、彼は[血薔薇の銃]で、あろうことか左足の腿を撃ち抜いていた。

「ぜろ……っ」
「もう、俺から何も奪うな……ッ」

 痛みによって、閑からの暗示の様な命令を断ち切ったらしい。優姫を後ろに庇って、銃口を閑に向ける。
 なんて精神力だろう。二発、三発と続いて引き金を引き、銃弾は呆気にとられる閑の体に命中する。美夜は拘束から逃れると、刀を拾って閑から距離を取った。
 閑の着物が赤く染まっていく。

「ふ、あっははははは!この程度では死ねんな!」

 閑が布を持ち直し、弾丸を防ぎ始める。笑みを深めて布を操る様子は、舞っているようにも見えた。
 だが怒涛の銃撃は、何故か不意に止まる。装填か思ったが、どうやらそうではないらしい。零は銃口を向けたまま、先程までの銃撃が嘘のように静かに閑を見据えていた。

「……楽になろう、閑。この日の為だけに生きてきたんだ」

 聞こえた言葉に、美夜は零を凝視した。何を言っているのだと、刀の柄を強く握る。

「ふふ……望んでいたのは、私と共に滅ぶことであろう?」
「……そうかもしれないな」
「零っ」

 声音の弱まった零の名を優姫が呼び、制服の裾を掴む。それに僅かにほっとしつつも、美夜も口を開き――しかしその前に、零が言葉を続けた。

「落ち着け、優姫。……そう思っていたのも事実だが……今は違う。傍にいないと、泣きそうな奴がいるからな」

 一瞬、零と目が合った。死ぬつもりがない事に息を吐いたのだが、彼の言った"誰か"はもしかしなくても美夜の事だ。
 泣いてないのにな。
 心の中で反論して、思わず小さく笑った。優姫の存在だけでなく自分の存在が、彼を繋ぎ止めているのだという事実が、予想以上に嬉しかった。

「悪いが、閑……俺は死なない。お前の血を飲んで、生きなきゃならなくなった」

 零が言い切ると、閑の表情から笑顔が消えた。
 美夜は緩めた頬を引き締めて閑の行動を待つが、普段よりも遥かに研ぎ澄まされた感覚のお陰で、この部屋へ向かって来る新たな気配に気が付いた。
 抜き身のままだった[天守月影]を素早く鞘に収め、入り口に視線を移す。

「零避けて!」
「!?」

 叫ぶと、零は入り口から飛んで来たそれを銃で防いだ。金属音をさせてそれは弾き飛び、床に転がった。美夜はそれに駆け寄って何かを確かめる。

「刀……?」

 ただの刀だ。対吸血鬼用武器ではないらしい。だが武器には変わりないので、柄を握って部屋の隅に移動させた。数日前、零に怪我を負わせたのはこれか、と冷静に分析しつつ、続いて入って来た人物に注意を移す。
 白いドミノマスクを付けた人物が閑に向かって口を開くと、閑は不機嫌を露わに言った。

「閑様、何をお戯れになっているんですか」
「……余計な真似を。お前の出る幕ではないわ」
「分かっています……でも納得いかない。この扱いの差は」

 マスクをつけた男は、閑に眉を顰められても気にした様子は無い。入り口辺りに立ったまま、目元を覆うマスクに手を掛けた。
 白いマスクから現れた顔は、零を瓜二つだった。髪の長さと、口元が弧を描いているところくらいしか、見た目に違いは無い。
 美夜はあまり驚かず、零と優姫に目を向けた。零は彼がいることを知っていたのかあまり驚いた様子は無かったが、優姫は彼が零と同じ顔であることに目を見開いていた。

「……もう死んだと思っていた――――壱縷」
「覚えていてくれたんだ?……兄さん」

 壱縷はマスクを捨てると、手負いの閑と零の間に立つ。

「いつまで零と遊んでやってるんですか、閑様。まさかこのまま鬼退治されてしまうつもりですか……?駄目ですよ、勝手に死なれたら困ります」
「……ふん。私にはまだやるべき事がある。お前に言われずとも、ここで殺されるつもりはない」

 壱縷は素っ気無い言い方だが、閑を本当に気遣っているらしいことは分かる。彼は閑を背に庇ったまま、部屋を出るように促した。閑も一度傷を癒すつもりだったのだろうか、そう言い残して部屋を出て行く。
 閑の名を呼んで追おうとする零は、予想通り、壱縷に阻まれた。

「無視するなんてひどいな、零。……俺は久々に会えた片割れとゆっくり話したいな。俺たちはとても仲の良い双子だったんだからさ」

 壱縷は嘘を言ってはいないだろう。そうでなければ、零は壱縷を押しのけてでも閑を追おうとする。零は少なからず、死んだと思っていた壱縷が生きていて嬉しいはずだ。
 並んだ二人は本当に良く似ていて、美夜は感心に似た気持ちを覚える。しかしそれはすぐに仕舞って、三人の立ち位置を改めて確認し始めた。部屋の入り口には零と壱縷。優姫は零に庇われるようにして立っている。壱縷に危害を加えられる危険は少ない。
 心の中で一つ頷いた。この建物内のどこに閑がいるかの、大体の場所を把握する。刀が抜けないよう、慣れた動作で左手を鍔(つば)あたりに当て、姿勢をやや低くして床を蹴る。閑が通って行った壱縷の背後が一番外に出やすい、と音も無くそこを走り抜けた。
 振り返りはしない。[天守月影]の力を借りて気配を消している今、<純血種>でさえ、近付かないと気付かないのだから。
 音を立てずに廊下を走り、階段を駆け上がり、血の臭いを一層濃く感じる部屋へと足を踏み入れる。力を解いて他の者にも気配を悟られるのは不都合なので、部屋に入るときに、開けられているドアをノックした。

「……そなたが来たか」
「期待外れでした?」
「さあな」

 閑は血塗れた着物を着替えようとしていたのか、帯を解く手を止める。部屋にある窓に凭れかかって、月を背にして口の端を上げた。

「私を殺しに来たのか?"影"よ」
「いえ、そのつもりはありません」

 即答すると、閑は先を促すように笑んだまま首を傾けた。美夜は刀に添えていた手を下ろし、閑の正面に立つ。

「無闇に吸血鬼を殺すのは感心しませんから」
「……殺そうと思えば、殺せると?」
「……零の銃弾を受けた手負いの貴女なら、あるいは。あの銃は"毒"が強いです。そして私の[月影]も、同じくらいか、それ以上」

 淡々と返答していると、閑が次第に笑みを消していく。今度は美夜が首をかしげた。

「……気に障ること、言いました?」
「…………先程の殺意や敵意はどうした?本気だったろう、そなた」
「それは……優姫を咬もうとしていたから。今、彼女に貴女の牙がかかる危険はありません。それに……」

 続けかけた言葉を飲み込んだ。視線を一度閑から外し、この部屋へ向かう者が無いかを念入りに確かめる。その気配が無いと分かると、美夜は視線を閑に戻した。
 跪いた方が楽なのではないか、と思うほどの<純血種>独特の威圧感を肌で感じる。吸血鬼に近い感覚があるから余計だろう。枢とはまた質の違うそれを受けながら、美夜は苦笑して肩を竦めた。

「私、閑さんの事嫌いじゃないんです。だから、貴女が優姫を襲わない今、私は余計に貴女を敵視出来ません」

 出来る、出来ない、ではなく、彼女を敵視"すべき"だとは理解しているのだが、どうも上手くいかない。

「くくっ……そうくるか」
「はい」
「ならば何故、私を追ってきた?大事な大事な"姫"を置いてきて良かったのか?」
「零がいますし……私は"こちら"を優先します」

 ベルトに付いているポーチを左手で探り、手に当たった硬さ――十センチほどの小瓶を取り出した。左手で持ったそれを閑に見せて微笑む。

「それは何だ……と聞くまでもないな」
「はい。私は、貴女の血を貰うために来ました」
「準備が良いな、全く」
「備えあれば憂いなし、です」

 本当は零が直接飲んだ方が良いのだろうし、自分が出しゃばるのはどうかとも思う。だが今更大人しくするつもりもないし、元より閑の血が目当てで危険な賭けまでしたのだ。それに、零が閑を前にして常に冷静にいられるとも限らない。
 鋭くなった閑の視線に臆する事無く、美夜は小瓶を握って手を下ろすと、今度は右手を刀の柄に添えた。

「力ずくで、私の血を奪うと?」

 一度柄を握ったが、刀を抜くことはしなかった。引き締めた表情からも少し力を抜いて、いえ、と首を小さく横に振る。

「それはあまりしたくありません」
「……ならば"姫"を差し出すか?それとも、そなたが玖蘭枢を殺すか?」
「……前者に関しては、検討の余地もありません。後者に関しては……優姫が悲しむし、何より、無傷の彼に今の私が勝てるわけが無い」
「そなた、この私に無条件で血を差し出せと申すか?」

 笑止、と閑は美夜を追い払うように手を振った。美夜は握り込んだ小瓶を弄びながら、そりゃあそうだよね、と右手を口元に当てて考え込む。美夜自身を捧げる選択肢も無いわけではないが。
 しかしあまり時間は無い。悠長に話し合って、閑の血の臭いでこちらに向かっているはずの枢と、この部屋で鉢合わせたくない。"影"であることを気付かれたくないのではなく、閑との会話をあまり聞かれたくないからだ。

「……取り引きしませんか」
「何か差し出せるものがあると?」
「私が、貴女の望みを一つ聞き入れます」

 閑が呆れの表情を一変させ、美夜を見据えてきた。

「……ただ、優姫をどうこうするのと、<純血種>に関連する事柄以外」
「……条件が多いな」
「そう言わないでください。……零に血を与えることも、貴女にとってデメリットでもないはずですし」
「……何?」

 正直、ややこしくなりそうだし言いたくはないけれど。でも、それで零への血を貰えるなら。
 美夜は一呼吸置いて小瓶を握り締め、こちらを訝しむ閑に向けて言った。

「……枢さんは、零を"駒"にしています。貴女や枢さんの敵を取る為の」
「…………」
「だから、貴女が目的を遂げるためにも、零を吸血鬼としておいて損はありません。零は強くなる。……でしょう?」

 僅かに目を剥いた閑だったが、すぐに細めて低い声を発した。美夜への敵意が隠されていないそれは厳しいものだったが、美夜は閑から視線を逸らすことはしなかった。

「何故、知っている?私に敵がいることを」
「私はこれでも、ハンター協会の中でも実力トップクラスの人間です。隠されている事件についての知識も、多少……貴女の敵と枢さんの敵が一致していることくらいは」
「……ならば、この学園に来たのは、ハンター協会からの何らかの指令か?」
「いえ、それは関係ありません。単なる私の社会勉強です。……こういう状況にはなってますけど、単に零を助けて欲しいだけです」

 刀を右手で揺らして、使うとは思いませんでした、と苦笑する。閑は眉を寄せたままだったが、鋭さをいくらか収めてくれる。
 美夜は苦笑を引っ込めて、閑の返答を待った。これ以上、彼女に言えることは無い。拒否されれば、今度こそ殺すつもりで閑に刀を向けなければならなくなる。
 閑が窓から背を離し、一歩美夜に歩み寄った。

「……よかろう。しかし私は多く血を流した……後でそなたの血を分けてもらうが」
「あ、ありがとうございま……え?」

 <純血種>の牙を受けるのはまずい。喜びかけたが顔を引きつらせると、閑は呆れた様に溜め息をついた。

「咬みはせん。……この状態で抵抗されたら、先程のようにはいかん」

 閑の傷を改めて見て、それもそうだと頷いた。初めに美夜自身が言ったように、今の彼女相手になら、美夜は致命傷を負わせることも可能なのだ。

「ありがとうございます……あと、私が敵の存在を知ってる事も黙っててもらえると嬉しいのですが」
「本当に条件が多いな、そなた」
「……すみません。駒になるつもりはないので」

 閑が手を差し出してきたので、美夜はまた礼を言って小瓶を渡した。閑は手に乗った小瓶をしばし思案気に眺める。
 蓋の開け方が分からないのかと思ったが、閑から向けられた目を見て、美夜は小瓶の蓋を取ろうと伸ばしかけた手を下ろした。

「……願いを聞くと、言ったな」
「はい」

 しっかり頷くと、閑は小瓶の蓋を開けながらそれを口にした。その内容に美夜は驚きつつも、笑顔で了承した。

「……やっぱり私、閑さんを嫌いにはなれません」

 聞いた美夜が微笑んでそう言うと、閑は自嘲気味に笑った。


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