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 長期休暇に入って、一週間と少しが過ぎた頃。
 優姫は、零や理事長と共にハンター協会本部を訪れていた。学園から離れているので、学園を昼頃に出発して途中で一泊し、協会に着いたのは夕方だった。
 長期休暇に入ってすぐ、早朝に学園を出た美夜の到着は深夜だっただろう。

「ここが……」

 ハンター協会関係者ばかりが住む街にある、協会本部の建物。ロビーに足を踏み入れた途端に、四方八方から居心地の悪い視線を感じた。自分のような娘が出入りするのはやはり怪しいのだろうか、と緊張した面持ちで歩く。

「気にしない気にしない、こういう所だから」
「……見られてるのはお前じゃないから、安心しろ」

 協会は、ハンターでもあり吸血鬼でもある零をあまり良く思っていないらしい。優姫には納得出来ないが、協会本部で文句を言う訳にもいかない。
 理事長も零も気にしてないのだからと努めて気にせずに歩いていたのだが、ある男のハンターが、優姫らに聞こえるように呟いた。

「入口には、吸血鬼を"はじく"術式があるんだが。ああ……ちゃんとあるな、烙印」

 嘲るような笑みで見られ、優姫のささやかな努力が砕け散る。歩みを止めて、その男を強く指差した。

「そこのアナタ!いい大人が若者いじめて楽しいですか!」
「あー……そのがきんちょがマスターな訳ね……」

 目が合うと、彼は呆れたように頭をかく。悪びれない態度が頭に来るが、優姫やその男が更に発言する前に、また別の人物が声をかけてきた。

「そのくらいで止めるがよい。零はれっきとした我らの味方だ」

 声のした方を見ると、扇をもてあそびながら歩み寄って来る人がいる。中性的な顔立ちで目は細く、夜間部生とはまた違う種類の独特な雰囲気を持っていた。
 優姫達を遠目に窺っていたハンターから「協会長」という言葉が聞こえる。優姫は先程の失礼な男の存在を忘れ、扇で口元を隠すその人を見上げた。
 この人が約十年間美夜の面倒をみていたらしい事が、いささか信じ難い。そのくらい独特な雰囲気だ。

「優秀な錐生の家に生まれ、吸血鬼の力も持つ……これから更に頼もしくなる味方だよ」
「すみませんね、つい」

 平謝りする男に、協会長は溜め息混じりで続ける。

「それに、その二人は"影"のお気に入りだから。あまりからかわない方がいいよ」

 "影"とはもちろん美夜のこと。美夜が自分達の話をしてくれていると思うと嬉しくて、笑って零を見上げる。零も同じことを思ったのか、表情は僅かに柔らかかった。
 しかし美夜には内緒でハンター協会を訪れていることを思い出すと、やや複雑な心境だ。
 "影"の名を出された男は、驚きを露にその場を去る。周囲から向けられる視線の種類も変わったように感じた。

「ハンターでも"影"は恐いからね……フフっ」

 協会長が扇で口元を覆ったまま、肩を揺らして笑う。ひとしきり笑うと、一つ息を吐いて優姫らに向き直った。

「久しいな」
「お久しぶりです……」

 零が会釈しながら挨拶する。その隣で優姫も頭を下げた。協会長が不意に無言になったのでどうしたのかと窺うと、零をじっと見つめている。

「零……おっきくなったねえ」
「……」
「で、こっちが黒主くんの義娘か」
「は、はじめまして」

 再び頭を下げると、扇で肩を軽く叩かれる。

「そんなに緊張せずともよい。君らには"影"の庇護があると皆知ったし、誰も悪いようにはせん」
「あ、はい」

 協会長が細い目を更に細めて微笑む。優姫から視線を外して理事長を一瞥すると、協会長はくるりと背を向けた。顔だけで振り返りながら、ついて来るように促される。

「記録保管庫に案内するよ。一応非公開の報告書なんだからね?黒主くんの頼みだから特別だよ」
「はは、どうも」

 優姫は、協会長と理事長の親し気なやり取りに少々驚いた。吸血鬼ハンター協会のトップと自分の義父とは、一体どのような関係なのだろうか。
 理事長には謎が多いのだ。ハンター協会に何故か顔がきくし、優姫を引き取る以前から枢とも親しいし、人間の学校に吸血鬼のクラスを設けてしまうし。それを問うて、まともな返答を貰ったことがない。

「一応聞くけど。ここに来るの、あの子は知ってるのよね?」

 優姫が考え込んでいると、協会長が前を向いたまま言った。
 優姫は視線を彷徨わせ、零も言葉を返さない。理事長はただ苦笑を浮かべている。その反応で察したのか、協会長が足を止めて振り返った。

「……言ってないの?」
「ははは……心配を掛けたくないって」
「はあ……あの子がここに戻るのは明朝の予定だけれど、気を付けなさいよね」

 何を、とは言わずとも分かる。美夜にばれるなという事だ。美夜のことだから怒りはしなさそうだが、隠していた事で傷付けてしまう気がする。
 また協会長の口振りからして、美夜はこの建物内の部屋から任務へ行っているらしい。もし自分達の訪問がずれていたら、鉢合わせしていたかもしれない。
 と言っても、二週間学園を出るという美夜の予定と協会長の予定を元に、ハンター協会本部を訪問する日程を決めたのだから、美夜が予定を変更しない限りは大丈夫だろう。
 協会長は一つ溜め息を吐いて、歩を再開した。

「あの子がいないと、密集区駆除が進まなくてねぇ……あの子みたいに、速くて確実で、ついでに"安い"ハンターはいないから」
「……安い?」

 思わず聞き返すと、協会長は頷いて呑気な口調で続ける。扇を開いたり畳んだりするので、時折軽い音がした。

「粛正はね、標的が三人以上……一般に密集区って言われるけど。それになると、ハンターを二人以上で組ませて行かせるのが普通……何でか分かる?」
「……危険だから、ですか?」

 手を顎に当てて言った。協会長は、半分正解、と言いはしたが答えは教えてくれず、代わりに零が答えてくれた。

「……標的が複数体だと、取り逃がす可能性があるからだ」
「そう。だから、人数が多ければ多いほど、"網"を作らないといけなくなるのよ」

 実際、取り逃がしを無くすのは難しいけど、と協会長は付け足した。
 ハンター本人の危険だけではなく、一般人の危険と目撃される危険もまた考慮しなければならない。だから標的が増えれば、動員されるハンターも増える。
 優姫はそこで、協会長の言っていた意味が理解出来た気がした。

「……人件費とか?」
「ご名答」

 ハンターはボランティアではない。ハンター協会は政府の秘密組織でありハンターはそこの職員であるので、任務に出れば報酬を支払うのは当然だろう。
 一つの任務に動員される人数が増えれば、その分報酬を支払わなくてはならない。報酬を山分けするわけではないだろうから。

「そのハンターの腕にもよるけど、五人構成の密集区があれば、普通ハンターは二人から三人。でもトップクラスのハンターは一人で片付ける。取り逃がしがあっても、数日内で自分で何とかするしね」

 人件費は半分以下になる。確かにそれは、協会側からすればありがたい話なのだろう。だが密集区駆除に単独で向かえるハンターはほんの僅かだ。そして、美夜はその内の一人。

「中でも"影"は、取り逃がしをしたことがない唯一のハンターよ。歴代の[天守月影]使用者といい勝負よ、ハンターの生まれでないのに」
「凄い……」

 美夜の凄さを改めて突き付けられた気がした。美夜のハンターとしての成績だけしか知らない者が、やたらに"影"を怖がるのも、噂が尾ひれをつけるのも、仕方のないことだと思う。

「……しかも世話になってるからって報酬をほとんど受け取らないのよね」
「それ、いいんですか」

 黙っていた理事長が、苦い表情を浮かべる。協会長は「仕方ないでしょ」と溜め息混じりに言って、パチンと音をさせて扇を閉じた。
 すると協会長が、右手にあったドアを開けて中に入った。続いて入る理事長と零の後ろで、優姫は一つ息を吐いてから部屋に入る。
 部屋に並んだ本棚が視界に入り、僅かに肩に力が入る。今は取り合えず美夜の話題を脇に置いて、びっしりと並んだ本やファイルを見回した。

「さあ諸君、記録保管室にようこそ」

 協会長の軽い言葉で、優姫の記憶探しが始まった。




 協会長が、目的の年代の報告書のある棚まで三人を案内する。零は、緊張した面持ちの優姫の肩を軽く叩いて、それに続いた。

「優姫が生まれた頃までさかのぼってみようか」

 理事長がそう言って、大きなファイルを取り出し始める。零もそれに倣い、また別の棚から適当な冊数を取り出して机に置いた。零と理事長が作った本の山に、優姫が目を通し始める。
 今回の目的は、過去の報告書を優姫本人が見ることで手掛かりを見つけることだ。だが念のため、零と理事長もその資料を手に取った。
 協会長は暇そうに、しかし仕事に戻るつもりは無いのか、扇を弄びながら記録保管庫を歩き回っている。

「……ん?」

 三人で黙々とページを捲っていると、優姫が首を捻っていた。手掛かりを見つけたというよりは純粋な疑問を浮かべたそれに、零は優姫の持っている本を覗き込む。
 十六年前の報告書だった。一体何に引っかかったのかと思ったが、署名の欄を見て納得した。

「優姫、どうかしたのかい?」
「何で、こんなところに理事長のフルネームが?」
「え」

 その報告書にはどこからどう見ても"黒主灰閻"とある。
 零は溜め息を吐いて、そのページから顔を上げて理事長を見る。理事長は自分がハンターであったことを、優姫に明かしていないのだ。十年間も隠した理事長に感心すべきか、気付かなかった優姫に感心すべきか分からない。
 気まずそうに視線を泳がせる理事長に、優姫が驚きを露に言った。

「理事長は昔、吸血鬼ハンターだったんですか……」
「……言えなくてゴメン。昔、吸血鬼を殺してたこと、義娘に知られたくなかったんだ」

 次いで、優姫の視線が零に向いた。優姫の言いたいことが分かり、ああ、と頷いた。

「知ってるに決まってる。美夜もな」
「え!何だか疎外感……」

 優姫は少し口を尖らせて、そわそわとする理事長をちらりと窺うと、ぼそりと呟いた。

「おとーさんはおとーさんでしょ……何も変わらないし」
「ゆっきー……」

 予想通りの展開に、零は手元のページに視線を落とす。優姫の記憶の手掛かりを探すのはもちろんだが、運良く"影"の報告書を見たい気持ちもある。
 再び三人の間に沈黙がおり、ページを捲る音だけが耳に入る。
 しかしそれも長くは続かずに、協会長の声がした。この記録保管庫の司書らしき人と言葉を交わしているらしい。短い会話が終わると、慌てたように一つの足音が記録保管庫から出て行った。
 丁度その時ページが終わったので本を取り替えていると、協会長がこちらへ歩み寄ってきた。先程出て行ったのは司書であったようだ。

「タイミングが良いんだか悪いんだか……」
「どうかしましたか」

 理事長が協会長に問うている間、零は次の本を選んで表紙を開く。

「帰ってきたわ」

 協会長が発したのは短い言葉だったが、何を言っているのかの予想は簡単に出来た。思わず本から顔を上げると、理事長や優姫も気付いているようで、協会長を見て固まっていた。
 美夜が帰って来たのだ。明朝の予定だったらしいが、早まったのだろう。

「……予定変更して正解、かな」

 脱力感を滲ませた声を辿ると、夜会の監視に行った時とよく似た格好の美夜がいた。首から抜いたネックウォーマーを片手に、腰には[天守月影]を下げている。
 優姫と理事長が気まずそうにしており――程度は違うが――零も例外ではなかった。美夜から優姫を気にかけるように言われていて、それを疎かにした訳ではないが、優姫がハンター協会を訪れるのを良くは思わないだろう。
 机に置かれた本の山を見つめた美夜は、協会長に視線を移す。

「おかえり美夜。早かったのね」
「只今戻りました。早く学園に戻ろうと思って……これは、どういう?」
「黒主くんの義娘の記憶探しよ。あなたに心配を掛けたくなかったんだって」

 複雑な表情で再び本の山を見つめる美夜に、優姫が恐る恐るといった様子で近寄った。零も美夜へ歩み寄り、その頭に手を乗せた。

「美夜、黙っててごめん!秘密にしてって、私が零と理事長に頼んだの」

 深く頭を下げようとした優姫を、美夜が慌てて制した。眉尻を下げる優姫に、苦笑を浮かべて手を左右に動かす。

「あ、怒ってるんじゃないけど……皆の気配があったから、何かあったのかと思ったよ」

 何事もないなら良かった、とほっとしたように息を吐く美夜だが、すぐに表情を硬くする。

「二人とも、変なこと言われたりしなかった?」
「別に何もねぇよ」

 軽く頭を撫でて、冷え切った髪に眉を寄せる。「お疲れ」と労えば、美夜は「ありがと」と見上げてきて微笑んだ。怪我も変わった所も無いようであんまりするが、冷えたままは良くない。

「……先に暖まってこい」

 美夜は、数日振りの再会に優姫と笑顔を交わしており、この場を離れる事を躊躇っていたが少し間を置いて頷いた。

「すぐ戻るね」

 美夜は協会長に軽く頭を下げると、靴音をさせずに記録保管室を出て行った。




 ハンター協会本部内の私室に戻った美夜は、急いで仕事着から私服に着替えていた。別にそのままでも良かったのだが、暖まってくると出て来た出前、服装くらいは変えた方がいいだろうと思った。

「報告書は……後にして」

 脱いだ服を洗濯機に放り、髪型もこのままでいいか、と解きかけた手を止める。帯刀ベルトから外した刀を――あった方が便利なので――片手に持って、五分と少しで準備を整えた。
 部屋を出て鍵も閉めると、こちらへ近付いてくる気配がある。長い付き合いであるから人物の特定は容易で、美夜もその気配へ近付いた。
 予想通り協会長の姿をすぐに認め、周囲に他の存在が無いことを確認すると、廊下の壁を五回ほどノックする。協会長が歩く先には美夜の部屋しか無いので、美夜に用があるのは明らかだった。

「ああ、美夜」
「はい」

 音によって協会長が美夜を認識する。いつものことなので驚いた様子は全く無い。ただ静かにこちらに視線を寄越して、美夜はそこに見えた鋭さに協会長を促した。

「……どうかしましたか?」
「三人共、応接室に移動したよ。……十年前の報告書が、突然燃えてね」
「!」

 目を見張るも、すぐに視線を落とす。報告書が発火するという奇妙な現象であるが、美夜はそれ自体に特に驚くことはなかった。そうなったか、と思ったのが正直な所だ。

「そう、ですか」
「私も、まさか燃えるとは思わなかったわ」

 優姫は驚いただろうか。いや、驚かない訳がない。零もそうだ。理事長はともかくとして、二人には衝撃だっただろう。こういう事態が容易に想像出来るからこそ、優姫にはハンター協会に関わってほしくはなかったのだ。
 しかし過ぎてしまった事は仕方が無い。優姫が自身の記憶を気にし始めた時点で、いずれは出遭ったであろう出来事だ。
 予想の範囲内の事とは言え、応接室へ早く向かいたい。だが協会長はまだ何かあるようで、美夜から視線を外さなかった。

「ねえ、美夜。随分、彼等に気に入られてるようじゃないか」
「……それなりに」
「美夜も相当、気に入ってるように見えたけど?あの娘も……零も」

 空気に緊張が滲んだ。試されているような物言いが気にならないと言えば嘘になるが、表情に出すことはなく、ただ協会長を見上げていた。
 協会長の言いたい事は分かっているし、数日前の自分であれば、動揺を表していたかもしれないと思う。だが今の美夜には通用しない言葉だった。

「気に入ってます。皆も、学園も」
「そんな調子で大丈――」
「それでも、私の世界は彼ですから」

 にこりと笑って言えば、協会長は満足気に目を細める。協会長の求める、元老院の求める、そして美夜自身を保つ為の解答なのだから当然だ。
 皆の事も学園の事も気に入ってるが、それ以上に大きな存在が李土である。これは覆し様のない事実だ。否、覆ることを許されない事実なのだ。

「上出来ね……さ、応接室に行きましょうか」
「はい」

 背を向けた協会長に一定の距離を置いたまま続く。周囲の気配を探るのは刀を持っている時の癖になっていて、協会長の足音しか聞こえない廊下を歩きながら、いつ人に遭遇してもいいように存在を抑える。
 目的の応接室を視認した所で、纏う空気を意図的に和らげた。そこでいつからか、刀を握る左手の指先が白くなる程力をこめていたことに気付いた。

「……」

 ちらりと手元に視線を落として、何事も無かったかのように握り直す。
 協会長が応接室のドアをノックすると中から理事長の声が聞こえ、美夜は協会長に続いて入室した。片手でドアを閉めてから気配を消すのを止める。扉一枚隔ててしまえば、廊下から室内にいる者までは分からない。刀を持った美夜ならば、人数はもちろん何者かも把握出来るが。
 零と並んでコーヒーを飲む優姫の向かいに理事長が座っている。美夜は優姫の座るソファの後ろに立った。

「話は聞いたよ。怪我は?」

 ソファの背もたれから身を乗り出して優姫の顔を覗き込む。コーヒーのカップをテーブルに置いた優姫は、笑みを浮かべてはいるが、疲れがありありと見えた。

「大丈夫。ただ……ちょっとびっくりしちゃって」
「報告書が燃えたんだもん、驚いて当然だよ」

 空いている手で優姫の頭を撫でる。美夜は体勢を戻すと正面の理事長に顔を向けた。
 問うた言葉は短かったが、理事長はちゃんと意味を受け取ってくれた。

「この後は?」
「隣街でホテルをとってあるんだ。一泊して明日の朝に発って、戻る予定だよ」

 学園とこのハンター協会本部は距離があるから、元々泊まるつもりだったらしい。今すぐに発つならば少し考えたが、明朝ならば合流出来そうだ。
 理事長の隣に座った協会長を見ると、好きにしろと視線で言われる。休暇中にと言われていた任務も済ませているので止められる理由も無い。

「私も一緒に、いいですか?」
「もちろん。大丈夫なのかい?」
「はい、予定の仕事は終わって、後は報告書だけなので」

 笑顔で頷き、ソファから見上げてくる零と目が合う。何か言いた気だが、結局零が美夜に向かって口を開くことはなかった。





 ハンター協会で思わぬ再開を果たした翌朝、美夜ら四人は鉄道のボックス席に座っていた。個室仕様の車両で、各ボックス席には扉がついていた。
 元々三人だけの予約だったが、協会長が手を回してくれていたらしい。美夜にとって無賃乗車は慣れているのだけれど。
 窓際に座る優姫の隣に美夜、テーブルを挟んだ優姫の前に理事長、その隣に零が座っていた。優姫は昨晩あまり眠れなかったようで、乗車して早々テーブルに突っ伏して眠ってしまった。
 理事長も零もほとんど喋らない。優姫を気遣ってのことなので居心地が悪いことはなかった。美夜も音を立てないようにしながら、鞄から未記入の報告書を二枚と筆記用具を取り出した。

「おや、仕事かい?」

 読書中だった理事長が苦笑する。一件目を終了させてすぐに二件目に向かったので、どちらもまだ書いていないのだ。

「はい、休暇中の二件分です」

 言いながら指令書を挟んでいるファイルを出して、必要事項を二枚に書き写す。ファイルを仕舞うと、任務時の様子や粛正場所などを書き込んでいく。
 一件目の報告書を書いている最中、向かいに座る零が唐突に報告書の一点を指差した。間違いを指摘されたのかと思ったがそうではなかったので、顔を上げて首をかしげる。

「何か変?」
「これ、標的の人数おかしいだろ……」
「え?あ……十五人でしょ、合ってるよ。私もびっくりした」

 読書を再開させようとしていた理事長が口元を引きつらせる。
 美夜が苦笑していると、零は顔をしかめた。小さく溜め息を吐いて座り直し、一人でか、と呆れたように言う。ハンターとしての美夜の仕事は単独が基本なので、質問というより確認だろう。

「うん。一桁人数の予定だったんだけど……増えててさ。<一般>もいたからだと思う」
「十五人って……ハンター協会は美夜ちゃんに頼り過ぎなんじゃない?密集区駆除」
「仕事、ですから」

 人数が二桁になると、一人で相手をしてかつ取り逃がさないようにするのは正直厳しい。それでもやらなければならない。
 前の二人から物言いたげな空気を感じ、何でもない事のように笑みを浮かべた。

「大丈夫。自分の力量は分かってるつもりだから、仕事中に無茶はしないから」

 悪いことをしている訳ではないのに、じりじりとした零の視線に冷や汗が流れていく気がする。心配されているのだとは分かっているのだが、ただ笑ってみせるしかなかった。

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