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 人間に害を成すとみなされた吸血鬼は、それ専門の人間――吸血鬼ハンターによって粛正を受ける。
 吸血鬼ハンターはなりたいからと言ってなれるものではなく、またなりたくないからと簡単に拒絶出来るものでもない。ハンターの家系に生まれてしまえば、余程の事情が無い限りはハンターとなる。逆にハンターになりたくても、血筋でなければ不可能だ。
 吸血鬼ハンターは、体内にごくわずかな吸血鬼因子を持っている。それは大昔、吸血鬼始祖と人間が戦っていた時代、吸血鬼に抗う術を持たなかった人間が始祖の一人を喰い、ハンターとなった名残である。人間よりもはるかに優れた能力を持つ吸血鬼に対抗するには、"ただの人間"のままではいられなかったのだ。
 時を重ね、ハンターが人と交わるにつれ、受け継がれる吸血鬼因子は少なくなる。
 一方で黒主家と錐生家を筆頭に、強い力を持ち続ける家系も存在した。



 今、ある一人の男が吸血鬼ハンター協会本部へと足を踏み入れた。
 四十代に見える彼は紛れもないハンターで、大して有名でもない、むしろ廃れかけた家系の出身である。にも関わらず、彼を見つけたハンターらは表情を強張らせて挨拶をした。中には、関わりたくないからと顔を合わせる前に移動する者もいた。
 彼は先祖返りと言われるもので、生まれに似合わずとても優秀なハンターだった。その血ゆえに百年はゆうに生きており、表向きはとっくに死んだことになっている。彼の孫にあたる者も既に他界していた。
 ベテランに分類される彼は、二・三年に一度しかこの協会本部に足を運ばない。指令書や報告書は全て郵送でやり取りし、世界のあちらこちらを移動している。密集区と呼ばれる吸血鬼の巣を単独で壊滅させることの出来る、数少ないハンターだからだ。
 今回彼が本部を訪れたのは、珍しく呼び出しがかかったからだった。
 任務の話ならば郵便で済むので、何かしら異常事態でもあるらしい、と彼は冷静に考えていた。

「よお、協会長様。なんだ、わざわざ呼び出して」
「久しいね、帆泉。そんな嫌そうな顔しないでくれるかい」
「俺は元々こういう顔だ。悪かったな」

 彼――帆泉は協会長室のソファにどっかりと腰を下ろし、世間話もなく要件を聞き出す。
 帆泉は、六年前に協会長職に就いたこの男があまり好きではない。
 協会長職には、ずっと以前からもう一人名前が挙がっていたのだが、その男はハンターを引退してしまった。
 帆泉にも協会長職の話はきていたが、柄じゃないからと応じたことは無い。そんな理由で辞退できるものでもないのだが、各地を飛び回る帆泉の場合は簡単だった。徹底的に呼びかけに応じず、本部に顔を出さなかっただけの話だ。

「……では、短刀直入に。弟子をとりなさい」
「はあ?」
「これは決定事項だ、君にしか頼めない。……先代の[天守月影]ハンターを知っていて、かつ、自身も刀を使う君にしか」
「っあの刀を使える奴がいたのか」

 帆泉は珍しく表情を驚愕に染め、前傾姿勢になった。
 [天守月影]はハンターの間だけでなく、吸血鬼達にも名前の知られた対吸血鬼用武器だ。帆泉も例外ではなく、その刀の特性も危険性も知っている。
 帆泉が知っている刀の使用者は、百年近く前に刀に呑まれて同業者(ハンター)によって殺された。その頃の帆泉は今ほど有名なハンターではなかったが、刀の使用者である男と同年代で、得物が同じであったこともあり、それなりに親しかったのだ。

「どいつだ?俺の知ってる奴か」
「晃咲美夜」
「晃咲……?聞いたことねぇな、下級ハンター家か?」
「ハンターの生まれではないよ。帆泉くんくらいになれば、<レベル:U>を知ってるだろう?」
「話には聞いてる……が、まさかそいつがアレ使うのか?ってか実在するんだな」
「するする。ま、私も驚きはしたけど」
「その<レベル:U>なんてのが実在したってんなら、もっと騒がれてもよさそうなもんだが」
「駄目だよ」

 ひどくきっぱりとした口調で言う。有無を言わさぬものが混じったそれに、帆泉は眉を寄せた。
 確かに<レベル:U>の存在は伏せられ、そこいらのハンターは知らないだろう。
 しかし、帆泉を含めた事情を知る一部にさえも話が出回ってないことには疑問を覚えた。

「帆泉くん、彼女のことは口外してはいけない。[天守月影]の後継者が出たってことも、彼女が仕事を開始するまで伏せる」
「は?ていうか女?」
「ハンターの生まれでもない……しかも女が、あの強力な刀を使っていると知られれば、<レベル:U>の事情まで明かすことになる。……分かるだろう?<レベル:U>だからこそ、[天守月影]が認めたんだよ」

 言われてみればその通りだな、と帆泉はソファの背もたれに体を戻した。

「……よく保護できたな、とでも言うべきか」
「そうしておいて。家族も亡くなっててね、今日から協会に住むことになってる。わざわざ改装までしたんだぞ?」
「そりゃご苦労なこった……って、それって俺もこの街に留まるってことかよ」
「うん。何、拠点になにか荷物置いてきたの?」
「別に、かったりーなーっと」

 協会長が開いた扇を、パチンと音を立てて閉じる。

「帆泉くん、晃咲美夜をハンターとして使えるようにしてくれ。……あれは物分かりのいい子だけど、全くの素人だからね」
「拒否権なんざねぇんだろ」
「もちろん。……あ、あと」

 協会長が目を細める。食えない奴だ、と帆泉はにやりとした笑みを浮かべていた。
 まるで見下したような、見透かしたような帆泉の笑みはもはや癖である。

「余計な詮索は禁止だ。ただ、あの子を鍛えてくれさえすればいい」
「……はいはい」
「よろしい。……じゃ、入っておいで」

 投げやりな返事をした帆泉を見て、協会長は少し笑う。だがその視線はすぐに別の方向に向き、協会長室にあるドアに呼びかけた。
 廊下と通じているドアではないそれは、協会長の書斎か執務室と言うべき部屋に繋がっている。
 協会長の呼びかけで、そのドアがゆるりと開いた。帆泉は、本来大人の頭があるべき場所を見ていたのだが、そこには何もない。まさかと思いつつ視線を下げ――小柄な少女を見た。

「っおい、まさかこいつが?!」
「晃咲美夜だよ。……美夜、彼がこれから君の師匠だ」

 小さな歩幅でソファに近づく少女。小奇麗なブラウスにスカート、戦いなど見たこともないであろうごく普通の少女だ。
 少女の身長とは不釣り合いな刀を抱えているので、彼女が弟子になるのは事実らしい。
 呆気にとられる帆泉だが、すぐに馬鹿らしくなって驚くのを止めた。決定事項を今更覆すことなど不可能だ。
 少女は立ちどまって、帆泉を見つめている。いやに落ち着いた色の目を帆泉に向けて、ゆっくりと笑った。

「……はじめまして、ミヨです。よろしくおねがいします」

 深々と頭を下げると、肩につかない長さの茶髪が揺れる。顔を上げて帆泉を見る少女はやはり笑顔で、まるで絵画のような、それはそれは綺麗な笑みだった。

「帆泉七瀬だ。……覚悟しろよ、弟子」
「はい、シショウ」





「っとに、お前脆いな」

 協会本部の訓練場を一つ貸し切って、帆泉はにやりと笑う。
 帆泉の前でうずくまるのは、ある六歳の少女。帆泉は、少女に対して六歳よりも明らかに幼い印象を受けていたのだが、協会長からの話では六歳であるらしい。
 にやりと笑う男とうずくまる少女。傍から見れば人攫いか、少女虐待か、間違っても良い場面には感じられない。
 訓練場の隅には[天守月影]がケースに入って置いてある。美夜は帆泉の予想を上回る早さで刀の力を利用することを覚えたのだが、本人はそれでもとても弱かった。
 帆泉は知らないが、美夜はまともに走ることすら、近頃はしていなかったのだ。
 帆泉は予想以上の難題に頭をかいた。刀の練習よりもまず、刀無しでそれなりの体力がなければ、刀での動きに体が付いていけないだろう。走りこみ、柔軟、腹筋背筋腕立て伏せ等等、課題は山積みである。

「五分休憩していい。しばらくはひたすら筋トレだ、いいな」
「は、い」

 美夜は肩を大きく揺らして息を整えながら、こくりと頷く。
 六歳の平均よりも明らかに小柄な美夜には、子供らしさというものがない。ハンター家の出身で、小さな頃からこの世界の血生臭さを知っている子供でも、弱音を吐くくらいはするものだ。しかし、美夜にはそれがない。辛いからと泣く様子もない。
 帆泉は持って来ていた椅子に腰掛け、ようやく呼吸のおちついた美夜を眺める。とりあえず休憩中は目一杯休むのだろう、美夜は床に座り込んだままだ。

「……おい、弟子」
「っはい、シショウ」
「お前は吸血鬼が憎いか?」
「……ニクイ?」
「お前にとって、吸血鬼はなんだ。お前が今やってること、分かるだろ」

 きょとんと帆泉を見上げる美夜は、視線をどこかへ放って口を尖らせていた。常時比較的眠たげな目をして、細い首を傾ける。
 そこに緊張感はなく、重大な問題に思い悩んでいるというよりは、むしろ小さい問題すぎて悩めないという印象だった。

「ハンターってのは吸血鬼を狩る……つまり殺すってことだ。お前はそれをどう考えて……って、分かんねぇか、ガキには」
「……やらなきゃだから、です」
「ん?」
「やらないといけない、から、やる?」
「……殊勝なこった」
「ニンゲンでも、ヴァンパイアでも、やらなきゃだったらやります」

 美夜はしれっと人間と吸血鬼を同列に並べた。少女には吸血鬼だから殺すだとか人間だから守るだとかいう考えはないらしい。
 協会長からハンターとして鍛えるよう言われたので、てっきり復讐かなにかかと思ったのだが、そうではないようだ。
 帆泉は、何故ハンターになるのかと聞こうとして止めた。詮索不要だと既に釘を刺されている。興味本位で引っ掻き回し、後で協会長に嫌味をもらうのは面倒だった。

「人間にも吸血鬼にもなりきれない半端者だからこそ中立……ってか」

 そういうことだと思っておこう、と椅子から腰を上げる。
 美夜もゆっくりと立ち上がり、帆泉を見上げた。
 指示を待つ美夜の無言のそれに、帆泉は口の端を上げた。





 ハンター協会本部のある町には、ハンター協会関係者が多く暮らしている。おおっぴらに吸血鬼やハンターの話をしているわけではないが、バーや喫茶店では、あえて主語の隠された会話や別の言い回しを多用した会話は比較的多い。

「最近、会長がご機嫌らしいわよ」
「ふうん?ボーナスでも出してくれるのかしら」
「それはないでしょ……今でも低賃金ってほどじゃないし。司書のあたしらでもさ」
「そりゃあ"外回り"してる人に比べれば全然らくだけど、司書だって見えないところで忙しいよ」
「まあね」
「で、何の話だっけ。会長が?」
「やけに上機嫌なのよ。有能な子がどうのって言ってたわ」

 会長とはつまりハンター協会の協会長であり、"外回り"は狩りに赴くハンターたちのことを指している。
 ハンター協会にある書庫の司書を務める二人は、そこに勤めて十年以上経っている。顔見知りのハンターも多く、当然協会長との面識もあった。
 街にある小洒落たレストランでディナーを摂りながらも、話題の中心は協会の話である。

「新人さん?どこの家の子かしら……」
「分からないのよね、それが。黒主の家の人はいないし、錐生の人って確か訳ありだったし……」
「!あ、どうしよう思い当っちゃったかも」
「知ってる人?会ったことあるの?」

 一人が前傾姿勢で問いかけるも、相手の反応はいまいち良くはなかった。口元に手を当ててしばし思案し、躊躇いがちに答える。

「会ったことはないし、誰だかは分からないんだけど……多分、アレを使う人だと思うわ。使える人が見つかったらしいって、噂が流れてるし」
「アレってどれ?」
「ほら、例の……ずっと仕舞われてた、[月影]っていう名前の」
「……あっ!分かった分かった。妙に長い名前の。あれでしょ、"外回り"の人たちでさえ無暗に触れないっていう」
「そう、それ。それが使われてるらしいの。有能な子ってその人じゃないかしら」

 一応ハンターの家系ではあるが、下級家の出身であり司書である彼女らは、決して対吸血鬼武器に詳しい訳ではない。それでも、有名な武器の名前はいくつか把握している。
 その内の一つが[天守月影]だった。
 最後に使われたのがおよそ百年前とあって、半ば伝説のような扱いを受けている刀である。百年の間に数人のハンターは、[天守月影]を手懐けようと試みたらしいが、誰一人として刀に受け入れられなかった。少し扱っただけなので粛正されはしなかったのだが、正気ではいられなかったのだ。

「……でもそれが本当なら、もっと騒ぎになると思うんだけど」
「確かにそうよね。誰が使ってるのか、全然分からないし」
「家としても誇らしいでしょうに……なんでかしら」
「少し前まで帆泉さんが出入りしてた理由も不明なのよね……」

 二人はそれぞれの前にある料理に視線を落とし、自然とその話題はフェードアウトした。
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