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吸血鬼ハンター業に精を出す美夜は、一度協会を出たら一週間前後帰らず、報告書を作成したらまた任務に出るというサイクルで生活していた。
任務のことしか考えられない毎日である。
自分で望んだことであり、帆泉から"馬車馬"予告されていたので、全く苦ではない。提出する報告書と指令書が引き換えのようになっており、前代未聞の任務量に笑った。
学園に入る前も任務は多かったが、こき使い過ぎて元老院から嫌味を言われないよう、協会側も控えていたのだ。美夜に元老院の後ろ盾がなくなり、帆泉のGOサインもあって、遠慮の欠片もない任務量となっている。
ただ、美夜を野放しにするのは問題があるようで、帆泉のように各地を点々とすることは許されなかった。
任務に出ていた美夜は、八日ぶりに協会に戻った。
"影"=晃咲美夜であることが既に知られているので――美夜の正しい経歴まで知っているのは一部で、ほとんどの者は"元老院と協会に利用されていたハンター"という認識である――気配を完全には絶たず、協会の正面玄関から入っていった。
ある程度気配を薄めているのは、ハンターは皆吸血鬼に敏感だからだ。協会内の空気を無闇に引き締めるのは不本意である。
少ない荷物を片手に私室に戻ると、入浴と着替えを済ませて、報告書にペンを走らせる。指令書の裏にメモをしてファイルに綴じてから、報告書片手に提出場所である事務室へ向かった。
協会長室ではなく事務室に向かうのも、"影"であることが明らかになった影響である。
「すみません、報告書をお願いします」
「っ晃咲さんですね、確かに受け取りました。お疲れ様です」
「ありがとうございます」
美夜に気付かなかったのか、美夜にどこか怯えているのか、"影"に怯えているのか、事務員はわずかに肩を揺らす。毎回の事なので、美夜は気にしていなかった。
美夜が報告書を渡すと、事務員は手元の書類を確認する。美夜への指令書が待機しているからである。美夜も事務員もそれを疑ってなどいないのだが、何かを見つけた事務員は小さく首を傾けた。
「あの……?」
美夜も合わせて首を傾ける。事務員が持っていたのは小さなメモで、数秒おいてから視線を美夜に向けた。
「今、晃咲さんへの指令はありません」
「え」
「ただ、帆泉協会長代理がお呼びです。報告書を出したら、自分の所に来るようにと」
「……はい」
咎められるようなことをした覚えはないが身構えてしまうのは、師弟関係が自分に刻み込まれているからだろう。
「帆泉さんは今協会に?」
帆泉は協会長代理として外出することもあるので、確認のために問いかける。事務員は、協会長室にいらっしゃるはずです、と頷いた。
美夜は協会長室へ移動すると、ノックをして応答を待つ。
すぐに、机仕事に気力を削られているらしい帆泉の、間延びした声がした。
「おー誰だー」
「晃咲美夜です」
「お、入れ」
帆泉は協会長の席に座り、目をもんでいた。標準装備といってもいい笑みは消えている。
他に、正式な帆泉の秘書ではないがそれ相応の仕事をする女性が一人と、帆泉とともに書類をさばく男性が一人。計三人がそこにいた。
美夜は帆泉以外の二人に会釈をし、協会長代理の前に立つ。
帆泉は眉間にシワを刻み、秘書に何やら合図をする。
「あの、指令ではないんですか?」
「違う。むしろ逆だ。……今日の残り時間と明日丸々、休みをくれてやる」
「……休み?」
帆泉と夜刈の戦線一時離脱や一部ハンターの学園監視により、動けるハンターにひっきりなしに指令が下っているこの状況で、自分が休める訳がない。
美夜はそう疑問を感じながらも、帆泉がそれを分かっていないはずはないので、表情を崩さないようにして復唱した。怪訝そうにして、帆泉の機嫌を損ねるのは避けたい。
「働きすぎっつってんだよ。いいから快く承諾しろ」
「分、かりました」
任務を指示した本人がそれを言うか、と思ってしまったが決して口には出さない。ぶっきらぼうだが心配してくれているのだろう。
美夜が休みを了承すると、帆泉にいつもの笑みが戻る。
話は休暇に関することだけではないと容易に分かり、美夜は帆泉の言葉を待った。
一時離れていた秘書が、ガラガラと台車を押して戻ってくる。段ボールが三箱積んであり、美夜の隣で止まった。秘書は一礼して持ち場に戻り、美夜は解包されたあとのあるそれを眺める。
「二、三日前に、支葵千里って奴からお前宛てに届いた」
「千里が……?」
「元老院側だった支葵家の奴だとはすぐ分かったし、お前の立場も微妙だからな。中身はこっちで確認させてもらった」
「あ、はい。それは構いませんが……なんでしょう」
「部屋に戻ってゆっくり見ろ。……あーでもあんま言いふらすなよ。元老院に関わりがあった<元人間>ハンターのお前を良く思ってないハンターなんぞ、ごまんといるんだからな」
帆泉はデスクに頬杖をついて、にやりと美夜を見上げる。美夜は苦笑でそれに返し、台車に手をかけた。
段ボール三箱だが、台車は思ったよりもスムーズに動く。書籍類ではないのだろうか、と部屋を出ながら考える。帆泉からの休暇は、この荷解き時間も含めているのだろう。
荷物が届いたから休暇が発生したのか、荷物の存在によって休暇が伸びたのかは分からないが。
「あと、これは独り言な」
「……」
「次期協会長が、手伝いがてら仕事を覚えに来る。明日の昼には着くんじゃねーかな」
美夜は、笑みの含まれた帆泉の言葉を背中で聞いた。休暇の発生原因がますます分からなくなったな、と密かに笑みをこぼす。
わざわざそのために休暇を設ける真似はしないだろうが、こうして宣言してくれているあたり、気を使ってもらっているようだ。師匠こんなに優しかったかな、と心の奥底でちらりと思う。
「……休暇、ありがとうございます。それでは失礼します」
「ご苦労。安心しろ、任務漬けの日々はすぐそこだ」
「はい」
美夜は軽く頭を下げて、協会長室を後にした。
*
美夜はハンター協会内にある食堂で、夜食をとることにした。
部屋にキッチンはあるが、ここの所協会を空けることが多かったせいで食材が無いのだ。夜遅いため近隣の店は閉まっており調達も難しく、二四時間営業の食堂へと足を運んだ。
協会生活は長いが、素性を隠していたこともあって初めての利用である。ハンターは吸血鬼の活動に合わせて昼夜逆転している者も多いので、日付を越えてすぐの今でも、ちらほら利用者がいた。
相変わらず刀をはいたまま、気配を抑え気味でハンバーグプレートを注文。食事は作り置きのものらしく、注文するとレンジの音がしたが、聞かなかったことにした。
美夜は誰も座っていない、本来ならば八人が腰掛けられるテーブルにつく。フォークとナイフが見当たらなかったので、箸を持った。
昼間なら出来立てなのかな、とデミグラスソースのかかったハンバーグを一口。何の変哲もない、美味しいと顔を輝かせることもまずさに箸を止めることもない、ごくごく普通のハンバーグである。
「あ、美夜ちゃん?!」
「ん。……あ!お久しぶりです、理事長」
「うわあ、偶然だね!忙しいって聞いてたから、会えると思わなかったよ!」
「休めって言われちゃって……理事長こそ、引っ張りだこで大変でしょう」
サンドウィッチとコーヒーを持った理事長が、花の咲くような笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。周囲のハンターから好奇の視線を感じたが、美夜も気にせず笑む。
理事長と会うのは、聴取以来である。任務に出始めてから日数を数えていないので、具体的に何日ぶりかは分からないが、二月近くなるだろう。理事長は少しばかり痩せたように見えた。
「ここ、いいかい?」
「どうぞ。今回はどのくらいここに?」
「明々後日……って、もう明後日か。昼頃に出るかな。それまでは会議だね、主にハンター関係者との」
「ご苦労様ですね……」
「美夜ちゃんもね。……一刻も早く、元の形に戻したいからね。僕は"学園の理事長"だから」
理事長は少し照れたように笑いながら、サンドウィッチを口に運ぶ。役目や責任を投げ出すつもりなど毛頭ないようだ。
美夜は理事長らしい言葉に目を細め、ふと思いつく。
理事長と会うのも難しくなっている状況で、せっかく会えたのだから、と控えめながらも口にした。
「理事長、このあと少しお時間ありますか?休まれるとは思うんですけど……あ、明日、じゃなくて今日夜が明けてからでもいいです」
「んー……明日はちょっと難しいかな。バタバタするし。このあとでいいよ、すぐ寝るつもりはなかったからね」
理事長は以前と変わらない人懐こい表情で、快く応じてくれた。
相談でもあるのかと視線で問うてくる理事長に、美夜はゆるく首を振る。
「渡したいものが、あるんです」
話題としてはあまり和やかではないかもしれない。美夜は正直にそう思いつつも、理事長には持っていて欲しい物だった。
夜食が済むと、美夜は理事長を連れて私室へ向かった。
理事長に椅子を示して座るよう促し、自分は段ボールの前にしゃがみ込んで目的の物を探す。
「その荷物は……?」
「千里が私あてに、協会に届けてくれたものです」
「千里くんが?」
「はい。……主に元老院と拓麻さんの家にあった、李土と私の私物です」
「!」
美夜は革張りの本のような物を発見し、ページをめくりながら理事長に歩み寄る。まさか理事長と会えると思わなかったので、取り出しやすい場所に移動させていなかった。
「といっても、あの人は十年眠ってましたし、私は協会で生活してたので、処分されてる物も多いんですけど」
「……その本は?」
「アルバムです」
理事長がわずかに複雑な表情を浮かべているのには気づかない振りをして、目的のページを開く。そこにある一枚を慎重に取り出し、理事長に手渡した。
「これは……」
「玖蘭夫妻の家族写真です。……前に理事長、常に写真を撮ってる理由言ってましたよね。『気付いたら、大事な人の写真は一枚もなかったから』って。……樹里さんと悠さんのことかなって思ったんですけど……違いました?」
理事長はいつでもカメラを持ち歩き、些細なことでもシャッターをきっている。
美夜は写らないように逃げていたことと、アルバムを見せてもらったことで、本当によく写真を撮っていたことを知っていた。何か理由があるのかと何となしに問うた時、先ほどの答えが返ってきたのだ。
理事長は、写真を見つめたまま反応がない。もしや違ったのだろうか、とやや気まずく思いながら美夜が顔をのぞくと、理事長はそれに気付いて破顔する。
美夜には、どことなく泣きそうに見えた。
「正解だよ、なんか色々……思い出しちゃって。懐かしいなあ」
「まだ優姫が生まれてない時なので、三人だけですけど……」
「……これ、もらっていいのかい?」
吸血鬼は高位になるほど、写真を撮ることがなくなる。<貴族>や<純血種>はまずないだろう。理由は単純で、寿命が長いからだ。
写真は、ある貴重な瞬間を覚えておきたいために撮る。日常風景であれ年度行事であれ、思い出として残しておきたいから写真におさめる。
吸血鬼は長い時を生きるため、"瞬間"に対する執着が人間と比べて遥かに希薄なのだ。
故に写真を残さない。何度も繰り返すことになると分かっているからこそ、必要性を感じていない。おそらく玖蘭の家の方にも、そうそう写真はないだろう。
遠慮がちな問いに、美夜は微笑んで頷いた。貴重な写真ではあるが、理事長が持っているべきだと思ったのだ。
「ありがとう、大事にするよ」
泣き笑いのような表情で写真を見つめる理事長に、美夜は自分まで嬉しくなって目を細める。同時に、李土が家族写真を持っていたことを問われず、心の何処かで安堵した。
李土は家族が好きだったのだと、言えるわけがなかった。
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