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 黒主学園ともハンター協会とも距離がある町で、美夜は周囲を見回しながら歩いていた。
 一人ではなく、隣には零がいる。美夜は片手に花を持っており、空いた方の手は零とつないでいた。

「さすがに覚えてないなあ……変わったのかな?」
「何年ぶりになるんだ?」
「んー、三年ぶりくらい?」

 学園周辺のようなレンガ造りの建物がなく、市場もない。代わりといってはなんだが、アスファルトや無機質なマンションがあり、大型スーパーも付近にあった。
 日が傾き、寒さが増す中を二人で歩く。学校帰りの学生や、畑仕事中であったり散歩中の地元民、開けた場所では子供が走り回っている。
 美夜は時折挨拶も交わしながら、こまめに地図を確認して進んでいた。

「零も付き合ってくれてありがとね」
「……当然だろ」

 ここは、美夜が四年と少しを過ごした町だ。故郷といえるほど記憶に残っておらず、しかし見知らぬ土地と言うと罪悪感を抱く場所。もうほとんど覚えていない家族と暮らした町なのだ。
 すれ違う人が皆、零を二度見していくことに小さく笑う。不愉快そうな零には、この辺では珍しい髪色なんだよ、といつか知ったことを思い起こして言った。黒髪と茶髪ばかりのこの地域では、零のような灰銀はまずお目にかかれないので、物珍しいのだろう。

「でもあれだな……零の休暇をもらっちゃって申し訳ないよ――私の、お墓参りに」

 美夜は、手に持っている花を一瞥して呟いた。ホテル近くの花屋で購入したばかりのそれは、みずみずしく、甘い香りがする。
 当然といってはなんだが、今までの美夜は家族の墓参りに行けるような状況ではなかった。三年ほど前にここを訪れたのも、仕事の都合で立ち寄っただけなのだ。
 今回美夜に与えられた休暇は、以前のように降ってわいたものではない。元々、この時期――命日にと帆泉に進言していたのだ。
 色々なことが終わった今、家族に姿を見せたいと。帆泉はそれを聞き入れてくれ――あまりにもすんなりと通り、帆泉も人間なのだと妙に納得した――気を使ってくれたのか、零への休みも合わせてくれた。
 ちなみに零の"休み"は、学園とは無関係だ。帆泉から流れてくる仕事と、稀にある粛正任務のことである。

「……美夜の家族に挨拶したいとは思ってたから。それに、折角の休みに美夜に会えないんじゃ休みの意味がない」
「ん、ありがと」
「帆泉さん、俺と美夜の休みが合うようにしてくれたんだろ?……あの怒涛の仕事量はどうかと思うが」
「……なんかごめんね、師匠が」

 美夜は、反応に困る言葉をさらりと混ぜてくる零に視線を泳がせつつ、帆泉の話題になると思わず謝罪した。



 何の変哲もないごくごく一般的な墓地だが、手入れが行き届いており、不思議と不気味さは感じなかった。
 美夜は視線をメモと墓地とに動かし、目当ての墓石を見つける。美夜は零からうかがうような気配を感じつつも、まっすぐそこへ向かった。
 その墓のそばで、老夫婦と中年女性が一人の計三人が話し込んでいた。
 墓石が夕日を一際反射している所を見ると、墓の掃除をしていたのだろう。よく見ると掃除道具も置いてあった。
 夕方に墓参りなどすべきではないが、彼らにも色々と都合があるのだろう。美夜らは滞在時間の都合で、この時間になってしまったのだ。霊園として管理されているが、連絡を入れてあったので通してもらえたのである。おそらくは、彼らも。
 踏んだ小石が音を立て、中年女性が美夜らに気付く。微笑んで会釈をすると、あちらも愛想良く笑った。
 美夜が墓石を見ていることに気付いたらしく、不思議そうな顔をする。老夫婦も美夜らに気付いて、柔らかい表情で声をかけて来た。

「ここに、ご用意ですか?」
「はい。お邪魔してしまってすみません」

 高齢男性の問いかけにうなずいた。墓前で話していた彼らが少しずれてくれたので、美夜と零がそこに立つ。花を添えようとするも、彼らのもの言いたげな視線も少々居心地悪く、美夜は彼らに向き直った。

「失礼ですが……今日いらしている、ということは……五人のうちの、誰かと関係が?」

 美夜は、零が口を閉ざしていることに感謝しつつ、中年女性に頷く。美夜と零の外見から、彼らも予想はしているようで、表情がみるみる硬くなっていた。

「はい。彼女――美夜ちゃんとは、仲のいい友達だったんです。私も、彼も」

 途端、彼らの目に涙が浮かんだ。美夜はチクリとした痛みを無視し、腕を握ってくる中年女性に笑む。三人とも、怪訝そうな気配はさっぱり消え去っていた。

「あら、そう、そうなの。同い年?」
「はい、十六です。あ、でも」
「俺は一つ上で……十七です」
「嬉しいねぇ……あの子の、お友達と会えるなんて」

 高齢男性が鼻をすすりながら言った。老齢女性はハンカチで目をおさえながら、「美夜ちゃん、お友達が来てくれたよ」と墓に向かって語り掛けている。

「あの子が生きていたら、あなたたちくらいだったのね……あんなに小さい子が」
「よく来てくれた、十二年も経っているのに……美夜は、なんていい友達を……!」
「すみません、私たち遠くへ引っ越してしまって、長らくくることが出来ず……」
「いい、いいんだよ。こうして来てくれたことが、私らとしては何より嬉しい」

 涙ながらに言う三人に、美夜は歯を噛みしめながら何度も頷く。ぽすぽすと零の手が頭の上ではずみ、持ってきた花を見ながらはにかんだ。
 ひとしきり歓迎を受けると、手を合わせてくれと急かされる。もとよりそのつもりなので、零と見合わせて小さく苦笑した。
 花を供え、手を合わせて目を閉じる。美夜は心の中で何度も謝っていた。
 ――私のせいで殺してしまってごめんなさい。その仇を慕ってごめんなさい。ずっと来ることが出来なくてごめんなさい。ほとんど、覚えていなくて、ごめんなさい。
 優しい両親と、活発な姉と、内気な弟がいたことは確かに覚えている。だが、具体的な思い出はもちろん、名前すら憶えていなかった。名前に関しては資料を見て把握しているが、それが家族の名前であるという実感は非常に薄いものだった。

「ところで……名前を、うかがっても?」

 顔を上げた時、中年女性が控えめに問いかけてきた。少しの間をおいて、先に零が答える。

「……錐生です」
「天守(あまもり)、です」

 漢字が連想しずらかったのだろう、彼らはわずかに戸惑ったようだったが、すぐににこりと笑った。

「桐生君、と雨森さん?……もしよければ、またここに来てあげてくれる?美夜ちゃんを、忘れないであげてほしいの」

 笑顔だが懇願にも似たそれに、美夜も零も「もちろんです」と返した。





 墓参りに行くにあたり、美夜は零に伝えていた――晃咲美夜は十二年前に、表向き死んだことになっている、と。
 吸血鬼たちの世界で生きる者としては珍しくなく、事実、理事長も元の戸籍上は死んだことになっている。初めから"そういう世界"に属していたなら避けることもできるが、美夜のような場合は行方不明か死亡かの二択しかない。それが今回たまたま、死亡という処理をされただけだ。

「帆泉か黒主でもよかったんじゃないか?」
「もし何かあってもそれはダメだって、夜刈さんに言われてたの」
「?ふうん」

 墓参りの話になると、美夜は何度も「びっくりした」と口にしていた。時間のこともあり、彼らとの遭遇は完全に予想外だったのだ。
 おそらく祖父母と伯母。記憶に残っているような気もする、という曖昧な存在だ。名乗れなくても、会えたことは嬉しかった。
 ホテルの部屋でくつろぎながら、ぽつぽつと話す。くつろぐと言いつつも、零の手には持ち込んでいる書類があり、美夜の手には休み明けに向かう任務の資料がある。細かい字を追う零と、ざっと目を通す美夜との違いは、それぞれの仕事内容から生じるものだ。
 ソファに二人で腰掛け、身を寄せ合いつつも手には書類。
 美夜は視線をそれに落としたまま言った。

「……一人だったら、お墓参り出来なかったかもしれない。今更合わせる顔もない訳で……まして、存命してる親族なんて」
「……」
「ありがとう、来てくれて」
「当たり前だろ。……特に今、来て良かったと思ってる」

 零は言いながら、空気を引き締めた。
 書類を置いた音が美夜にも聞こえ、持っていた書類をファイルに戻す。
 腰を上げた零に続こうとするも、軽く頭を抑えられてしまう。

「零」
「俺が出る」
「でも」
「あまり、危険な目にはあってほしくない」

 危険かは分からないよ?という言葉は喉の奥に留め、頷く。
 ただ、部屋のドアに向かう零は、美夜が腰を上げること自体を咎めているわけではない。むしろ美夜の視線の先にある物は、彼にとっても持っておいて欲しい物で、美夜は少し遅れて立ち上がった。
 直後、部屋のドアが三度ノックされる。
 [血薔薇の銃]を右手に持つ零が、左手でドアを開ける。[天守月影]を持つ美夜は、その斜め後ろに控えていた。
 部屋の前には、胸に手を当て恭しく頭を下げる一人の男。

「……突然の訪問をお許しください。我が主が、是非と」

 美夜は、敵意むき出しの零と視線を合わせ、小さく頷いた。





 零も美夜も外出着のままだったので、そのまま部屋を出た。吸血鬼ハンター滞在用のホテルのため――普段は一般客ばかりだが――深夜の外出に問題はない。
 男は、ホテル前につけていたリムジンに美夜らを乗せた。運転席には自らが座り、深夜の街を走らせる。
 静まった街は、昼間よりは少ないが人気も車もあり、不気味さは感じない。一方でリムジン内は、張り詰めた緊張感が確かにあった。
 零も美夜も運転席に座る男も、口を開かない。ウィンカーの音が大きく感じるほどだ。
 二十分弱車を走らせて到着したのは、静まり返った住宅街。点々と街灯が光り、ちらほら明かりがついている家がある。
 リムジンが停車したのは、小さな公園だった。
 運転席の男が降りると、美夜らも車から出る。
 ブランコと滑り台があるだけの公園で、そのブランコに一つの影があった。

「よく来てくれたね。そっちの男の方は、呼んだ覚えないんだけど……まあいいや。予想通りだし」

 美夜は、殺気立ち始めた零の袖を掴んでなだめつつ、じっと男を観察する。
 月明かりを受ける艶やかな濃紺の髪に、英を思い出すアイスブルーの目。長い足を曲げてキィキィとブランコをこいでいる。
 ……思った以上に、普通。
 美夜の素直な感想だった。そういうのも、ブランコの男が<純血種>で、運転手の男が高位の<貴族>だからである。

「はじめまして、晃咲美夜です。こちらは錐生零。……何かご用ですか?」
「白々しいね!分かってるくせに。だからこそ、すんなりソイツについて来たんだろ?」

 美夜は肩を竦めて苦笑する。ブランコを揺らす<純血種>は、釣り目を細めて笑う。

「じゃ、"月影"にならって。……僕は白蕗波鳴。"波が鳴く"でハナね。話題の月影がこっちに来てるって分かってね、是非話をしたくて呼んだんだ」

 人懐っこい笑みに流されそうになるが、自分のペースを守って波鳴を見据える。
 美夜は波鳴と初対面ではあるが、書類上では知っていた。この町から二つほど南にある町に住む、若い<純血種>。美夜が実際にここに住んでいた頃は当然知らず、後になって驚いたものだ。
 墓参りを決定した時から、接触は予想していた。美夜の予定が大々的に報じられていなくとも、吸血鬼(彼ら)はどこからともなく情報を得る。美夜もよく知っていた。

「場所も考えたんだよ?でも城に招待するのは警戒心を無駄に煽りそうだったし、だからといって美味しいレストランとかこの辺にないし」

 庶民の暮らす町に、<純血種>の舌に合う高級店はないだろうな、と美夜は冷静に突っ込んだ。声には出さなかったが。

「それで、公園……ですか」
「そうだよ、中々いいと思わない?……って、あれ?もしかして月影、気づいてない?」
「え?」

 波鳴は美夜を小馬鹿にしたように、ふてぶてしく笑う。
 美夜は記憶を探るも、この公園に対して何も思うことはなかった。住宅街にある、何の変哲もない公園。あえて挙げるなら遊具が少ないことくらいだ。
 じっと口を閉ざした美夜に、波鳴がクツクツと笑う。しかしすぐに笑うのを止めると、首を傾けて目を細めた。視線の先には、口を閉ざして殺気立ったままの零がいる。

「……君は、知ってるような顔をしているね。何故?」
「……記憶を。それだけだ」
「ほんと、無礼だよなお前。まあいいけど」

 どういうことだろうと零を見上げると、見下ろす視線と交わった。零からは少しの躊躇いが見えたが、その答えを口にする。

「美夜、ここは、お前の家があった場所だ」
「え……私の家」
「ああ」

 言われて、改めて周囲を見回すも、ピンとくるものはない。四歳の記憶は遠く、さらに最後の出来事が凄惨なものだったためか、事実として受け止められても実感は伴わない。
 だから彼はこの場所を選んだのか、と目を細める波鳴を見やる。

「じゃ、本題に入るけど。僕が月影に言いたいことは一つだけなんだよね」
「……なんでしょう」
「吸血鬼界(こっち)に来なよ。夜の世界の住人として、僕は月影を歓迎するよ」

 にこり、と彼は笑う。
 裏を感じさせない表情に、美夜は思わず波鳴を凝視した。粛清任務で<元人間>だけでなく<一般>を葬っていることへの牽制かと思いきや、勧誘とは。前者ならばいくつか応答のパターンは想定できたのだが、これは予想外である。
 ジャラ、と鎖のこすれる音が美夜の耳に入った時には、[血薔薇の銃]は波鳴に向いていた。駄目だと腕を引くも、零は波鳴を睨んだまま銃を下ろさない。

「……何が言いたい」
「僕は月影に話している、お前じゃない。月影に付いてきたのは予想通りだけど、口を出すな。……ついでに言っといてやるけど、そうやって<純血種>にほいほい銃口を向けるのは感心しない」
「軟じゃないから安心しろ」
「外交的な意味でも言っている。……ま、いいけど」

 美夜と零を車で送った<貴族>まで殺気立ち始めるが、それは波鳴によって制される。やはり波鳴に戦闘の意思はないらしい。美夜が強めに零の腕を引くと渋々腕を下した。
 会話が再開できる空気になったので、美夜は波鳴の表情を注意深く伺いながら問いかける。

「……理由を聞いても?」
「月影は吸血鬼だから」
「彼もですけど」
「吸血鬼を……正確には<純血種>か。憎んでいる者を、僕は同族と認めない」
「私はハンターですよ」
「本来、<元人間>を狩るのは<貴族>の仕事だ。尻拭い、とも言うね」

 もっとも僕にそんな面倒なものを生み出す趣味はないけれど、と波鳴がけだるそうに付け足す。
 波鳴の言葉がどこまで本気なのか、生憎美夜には分からない。

「僕はね、身内にはとっても寛容なんだ。月影のような――吸血鬼を尊び、<純血種>を慕い、<純血種>に慕われた吸血鬼が、人間側にいることがひどく苛立たしいんだよ。……ああ、確かに、僕は月影個人の事情を一から十まで知っているわけではない。だけどね、協会の狗に成り下がるのはいただけないな」
「……」
「餌になれって言ってるんじゃない。吸血鬼側に"戻ってくる"後ろ盾になってあげるよってことだ」

 波鳴はブランコを揺らし、首を傾ける。
 <純血種>だからと力技に出る様子がなく、美夜は波鳴の認識を改める。若い<純血種>が好戦的であることは事実だが、波鳴は話が通じる吸血鬼だ。流石白蕗といったところだろうか。
 美夜はようやっと警戒を緩めつつ、どことなく上機嫌に見えるアイスブルーを見つめた。

「私は、人間側と吸血鬼側の違いに、明確な境をもっていません。私はどちらでもあり、どちらでもない。……この返答では、いけませんか」
「……濁すねぇ」
「すみません。……人間を襲う吸血鬼がいれば立ちふさがりますし、吸血鬼を罵倒する人間がいればストップをかけます。こういう立場はお嫌いですか」

 不満そうな波鳴にかすかな苦笑を向けると、彼は嘲りを混ぜて美夜を見る。

「甘い、甘いね。反吐が出るほどに」

 吸血鬼に誇りを持つ波鳴にとっては、満足な返答ではないようだった。





 協会へと戻る鉄道で、車内販売にて購入した弁当を二人でつつく。
 美夜も零も、人間ほど食欲はないが皆無な訳ではないので、"普通の"食事ももちろん摂る。とりたてて珍しい点のない弁当ではあるが、多少値がはった分味は良かった。

「結局、アイツはなんだったんだ……」
「白蕗さん?」

 美夜と零はあの後、衝突もなく、宿まで送り届けられた。
 車を運転するのはあの<貴族>の男で、嫌味でも言われるかと思ったが、そんなこともなかった。
 "嵐のような"という言葉がぴったりである。

「ああ。変な奴だ」
「確かに変わってるよね。牽制されるかと思ってたんだけど」
「……美夜に変わってると言われたくはないと思うが」
「え」

 吸血鬼が血統にこだわるのは普通のことである。<純血種>はその強大な力を誇り、人間はもちろん<貴族>を見下していることも珍しくない。そのため、人間側の者と冷静に話してくれる<純血種>は多くない。身近な吸血鬼が穏健派であるため流しそうになるが、人間を餌として認識していることも当然ある。
 そんな中で波鳴は異質といえるのだろう。いくら美夜が<純血種>を慕い、慕われていたとしても、元々は人間だったのだから。

「……また機会があったら、話してみたいな」
「やめろ」

 美夜はそう思って口にするも、隣の零は、お世辞にも乗り気とは言えなかった。

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