季節が豊かな国

 いつも通り執務室で仕事をしながら、政府からのメールを眺めていた。堅苦しい挨拶から始まるそれの意味はすんなり理解できないが、わたしが視線を止めているのは本文ではなく宛名のところだった。
――本丸第○-○○○○番  夜叉柄杓 殿
 <夜叉柄杓>とは、わたしのことだ。
 本名ではなく審神者号と呼ばれるニックネームでやりとりをするのは、本丸側世界の常識ではなく、審神者業界独特のものらしい。弊本丸担当の人事部の佐竹曰く、神に真名を知られるのは良くないため審神者号が決められるのだそうだ。
 この世界には、ひとが忽然と失踪することを<神に連れて行かれた>とし、<神隠し>と呼ぶことがある。そして、その神隠しを阻止するためには<真名を伏せる>というのが基本的な対策だという。刀剣男士は妖者であり付喪神という神の末席だ、審神者号は神隠しを防ぐためのシステムなのだ。
 夜叉柄杓。脳内翻訳によるとヤシャヒシャク。意味は分からない。

「こんちゃん、長谷部、わたしの審神者号の意味って知ってる?」

 メールを示しながら言うと、わたしが指差す先をふたりが確認して長谷部が頷いた。

「ああ、夜叉柄杓(ヤシャビシャク)ですね」
「ヒシャクじゃなくてビシャクって読むんだ」
「ええ。植物の名前ですよ」

 ぽん、とこんちゃんが画像を表示させる。
 画像は、青々とした丸っこい葉っぱに隠れるようにして、黄緑っぽく白い小さな花が咲いているものだった。花びらは五枚で、控えめで質素な印象を受ける。草というよりは木に見えた。
 長谷部が滑らかに解説を続ける。

「夜叉柄杓は日本の特産で盆栽にも使われていた小さな木ですが、二百年ほど前から絶滅危惧種に指定され、現在は野生絶滅とされています。野生であった頃から『出会えたら幸運な木』と言われていたそうです。深山の老木の樹上に生えるという性質が理由のようですね」

 長谷部の解説はまだ続く。

「<夜叉>は勇猛な鬼のことです。そして<柄杓(ひしゃく)>は水や汁物をすくう道具のことですが、これは音が変わって漢字が当てられたもので、元は瓢箪(ひょうたん)の意味です。水をすくう瓢箪のことを<ひさく>と呼んでおり、それが転じた形ですね。果実の形が瓢箪に似ているので、<柄杓>という言葉が当てられたのでしょう。人の手の届かないところに生えるため、『鬼が植えた瓢箪』と思われたのかもしれませんね」

 饒舌に語った後、姿勢を正して胸を張る。かすかに口角を上げて「どうだ!」と手柄顔をしていた。

「すごい、良く知っているね」
「主のことですから、当然です」

 長谷部は植物に詳しいのだろうかと思ったが、その口ぶりからしてわざわざ調べたのだろう。わたしの審神者号だからと、意味を把握していてくれたのだ。
 調べてくれた感謝と、情報を頭にきちんと留めていた記憶力に拍手を送る。長谷部は本当にマメで真面目で実直だ。もっと審神者業にのめり込んでいるストイックな主のほうが良かったのでは、と時々思う。
 ますます手柄顔になる長谷部に拍手を続けていると、こんちゃんが咳払いをした。

「ンン! 審神者号は、雨、植物、天文から選ばれます。審神者様の号である夜叉柄杓は植物であり、初夏の季語でもありますね。ひとが目にすることは稀である幸運の木、しかも今や野生絶滅です。この世界において稀有な存在であることが疑いようもなく光に溢れた審神者様には、これ以上ない号でしょう」
「こんちゃんも解説ありがとう」

 胸を張るこんちゃんの頭を撫でる。

「季語って何?」
「ああ、失礼いたしました。季語とは、俳句や詩歌……単に詩という理解でも良いと思います。これらに用いられる、特定の季節を表す言葉です。夏を詠った詩に、<初夏>ではなく<夜叉柄杓>という言葉を用いることで<初夏>と表すのです。春夏秋冬、四季の遠回しな表現ですね」
「へえ……たまにみんなからも聞くけど、四季とか季節って環境のことで合ってる?」

 翻訳のお陰でニュアンスは分かるのだが、具体的にどういったものかと言われると説明できない。季節に対するわたしの理解度はその程度なのだった。
 わたしのささやかな疑問に、こんちゃんと長谷部が目を瞬いた。おそらく、本丸側世界では解説しないほどの常識なのだ。
 こんちゃんが、夜叉柄杓の画像を閉じて新たに四枚の画像を表示させる。川沿いの桜の木が満開になっている写真、抜けるような青空に浮かぶ大きな雲と草木の写真、茶色の葉っぱが木から落ちていく写真、雪景色の写真。

「これらが四季です。春、夏、秋、冬。日本は特に季節の色が濃く、春は過ごしやすい陽気に草花が芽吹き、夏は汗のにじむ暑さの中虫たちが騒ぎ、秋は気温が落ち着き生命が入れ替わり、冬は寒く雪が降り動植物が息をひそめます。およそ三か月の期間で季節が移ろいます。……審神者様の世界には、四季がないのでしょうか?」

 四季がどういったものかは想像出来たが、エオルゼアではそれがひとつの地域に訪れるということはない。リムサ・ロミンサはずっと濃い青空が広がり気温が高くいつでも海水浴が出来るし、イシュガルドはいつ見ても曇りがちで雪景色だ。

「地域による、という表現は正しいのだろうか……ずっと夏の国があって、ずっと冬の国もある」
「なるほど……さすが異世界と言いますか、気候の仕組みがまた別なのでしょうね」
「本丸に四季はある?」
「環境同期先のフランスは日本と緯度があまり変わりませんので、日本と同じような季節です。ですので本丸にも四季はありますが、同じ季節とはいっても湿度や気温の上下幅は異なります」
「主、景趣というシステムもありますよ。季節を固定できます」
「佐竹から聞いた覚えがある。やっと意味が分かった」

 景趣は本丸環境システムのことだ。本丸環境を日本に同期している審神者が多い中、特定の景趣で固定し長い間同じ環境を楽しむこともある、と聞いていた。同じ土地なのだから同じ環境が続くのは当然のことなのではと思っていたが、四季のあるこの国で季節を固定できるのは非常に画期的なのだろう。
 わたしは、執務室の窓から外を見た。この環境がずっと続くと思っていたが、これが移ろうのか。
 長谷部が気遣うように口にする。

「移り変わる季節に慣れないようでしたら、景趣を設定するのも手だと思います。現世と環境を同期しているときは日付時間の融通が利きませんが、景趣を設定するとそこが自由になると聞きます。エオルゼアの時間に合わせることも可能かと」
「なるほどなぁ……しかし、せっかくだから四季というものを楽しむことにするよ。こんちゃんと長谷部は、どの季節がお気に入り?」

 こんちゃんが悩む仕草をしたのと対照的に、長谷部が即答する。

「主とともに在れるのならば、いずれでも」
「あ、こんのすけも! こんのすけもです! 審神者様とご一緒ならばたとえ火の中水の中!」

 なぜこんなに懐いてくれているのか分からないが、刀剣男士とはそういうものらしいと最近思い始めている。おそらくこんちゃんも。両腕を伸ばして一匹とひとりの頭をそっと撫でた。
 こちらの世界ではみんなのほうが頼りがいがあるのに、この庇護欲はなんなのだろう。

ALICE+