反復横跳び開始前

とある審神者

 突然、霊力が安定しなくなった。御神刀、霊刀に視てもらっても、政府の調査部署に視てもらってもらっても原因が不明。霊力が安定していないこと以外には異常がないのだが、審神者という職をこなすにおいては死活問題だ。三桁以上の数を顕現させていた刀剣男士の半数の肉体を解き、本丸規模を縮小することを余儀なくされた。
 原因も分からず、回復する兆しも見えず、一か月。刀剣男士たちもこんのすけも政府の職員も、皆が応援し「頑張りましょう」と声を掛けてくれるが、焦燥感は募っていくばかりだった。
 本当に治るのだろうか。いっそ、本丸を別の審神者に引き渡した方が刀剣男士たちのためにもなるのではないだろうか。
 そんなマイナス思考に囚われていたある日、遠征から戻ってきた乱が執務室にやってきた。

「お話してもいい?」
「もちろん」

 ちょうど休憩を取ろうとしていたところだったので、近侍の歌仙に咎められることもなかった。乱と入れ替わりで歌仙がお茶を淹れに執務室を出て行く。
 乱はどこか楽し気だった。

「ねえねえ、これ、遠征で拾ったんだけど」

 そういって見せてきたのは、手のひらに乗るほどの大きさの石だった。石と言うには大きく、岩というには小さいようなサイズだ。削り出されたのか割れたのか、縦長で鋭いいびつな形をしていた。
 空を閉じ込めたような、光っているようにさえ見える水色の石。宝石にてんで造詣のない自分でも、これはきっと上等なものだろうと分かる。ただの石であるはずなのに、心が見透かされるような、すっと風が通るような心地がした。

「きれいだね……」
「でしょう? 主さんにあげる!」
「ありがとう。あ、乱の目の色だ」

 ふと気づいて、石を持ちあげると乱の顔の高さに上げる。透き通った空の色。いつも自分を守ってくれる、大切なかみさまの色。
 乱はきょとんとした後、ぱっと顔を赤くして照れ笑いを浮かべた。


 起床後、朝食までの時間に目覚ましがてら軽く庭を歩く習慣がある。審神者は基本的に何があってもひとりきりにはならないので、誰かしらが一緒だ。大抵、近侍の歌仙が一緒である。
 玄関から外に出て、畑や池をのんびり歩く。時間にして二十分ほどだ。屋敷から少し離れた畑の畔を歩いているとき、見慣れない何かが視界の端に入った。農具が出しっぱなしになっているのだろうかと何気なく顔を向け、足を止める。
 二足歩行のニワトリがいた。正確にはニワトリの着ぐるみを着た何者かなのだが、トサカや尾、首から胸にかけての毛並みなど、デフォルメされてはいるが忠実に再現されていた。スーパーで買った安いハロウィン用の着ぐるみなどではない。計算されたデザイン、丁寧な縫製、丈夫な生地。素人目にも、とても上等なものであるということが分かるニワトリだった。花柄のスカーフを羽織って顎の下で軽く結んでいる。お洒落なニワトリだ。
 ニワトリは片手に小さな斧のようなものを持ち、畑をきょろきょろ見回している。
 鶴丸か? 朝から元気だな。
 はは、と軽く笑おうとしたものの、歌仙の背に庇われてきょとんとする。

「歌仙?」
「あれは刀剣男士ではない」

 どれだけ愛らしい見た目でも本丸への侵入者は大問題である。
 距離があるのが幸いし、ニワトリはこちらに気付いていないらしい。歌仙の背に庇われながら、携帯端末の本丸連絡チャットに侵入者アリの旨を短く報告する。
 いろんな方面から狙われがちな職業なので、本丸に侵入したい輩がいることには驚かないが、どうやって侵入したのか何故畑なのか何故ニワトリなのか。疑問は尽きない。明らかな敵意や怪異のような悪寒がないことで、自分はいくらか冷静だった。
 ニワトリは相変わらず自分や歌仙に気付いた様子はなく、畑の畔に生えている木に歩み寄ると、注意深く観察した後、小さな斧を振り上げた。そしてその斧が木に衝突する瞬間、忽然とニワトリの姿は消えていた。
 それでもすぐには安心できなかったが、歌仙が「消えたね」と警戒を緩めたので息を吐く。

「なんだったんだ」

 ザカザカと音が聞こえて顔を向ける。おそらく少し前から隠れていたらしい数振が、わざと音を立てて現れてくれた。中には青江の姿もあり、彼はニワトリのいた方向を見ながら口を開く。

「ただの人間だね。霊的なものではないよ」
「それはそれで問題だな……」
「うん、でも、光が強かったから。多分、別位相の誰かがここに写っただけじゃないかな」

 ニワトリが?
 こんのすけや政府にも連絡して調査をしたが、何の情報も得られず、本丸に何の影響もなかった。
 ただ、なぜかその日から霊力状態が安定し、乱がくれたきれいな石が消えていた。

ALICE+