あるいは心配性

 エオルゼアで魔物討伐の真っ最中、リンクパールが着信を知らせてきた。リンクパールでの通信は火急の知らせであることが多いためすぐに起動する。戦いながら聞こえてきたのは、こちらの世界の仲間ではなく、こんちゃんの声だった。

『審神者様、出陣で重傷者がでました。手入部屋は問題なく稼働しておりますが念のため、』
「すぐ戻る!」

 刀剣男士は本体が刀であるとはいえ、肉体のほうの致命傷も折れる原因になる。重い傷を負った際には可能な限り一旦顕現を解いて悪化させないよう伝えているが、出陣中だと難しい場合もある。
 魔物を速やかに倒して、依頼完了報告もそこそこに街のエーテライトプラザへ向かう。
 恐れていた事態だ。ただの魔物討伐だったから良かったものの、これが大規模な作戦行動中だったら急いで帰城することは困難だ。顕現を解きさえすれば傷が悪化することはないとはいえ、痛みを長時間強いるなどということはしたくない。仮にもヒーラーをメインに活動している身だ、怪我人の放置など許されない。
 とても焦ってはいるが、わたしの霊力がちゃんと本丸に貯められていれば、手入部屋の式神は動く。わたしがすることと言えば、手伝い札の使用くらいなものだ。それでも、仲間が重い傷を負っているのを知りながらエオルゼア側で過ごせない。
 エーテライトに手をかざし、エーテルの流れに身を任せた。


 本丸エーテライトに出ると、待ち構えていたらしい乱に腕を取られた。ひどく焦っていて、目には涙がたまっている。乱自身も中傷だ、手入部屋に入らず待っていたらしい。

「主さん、切国さんがボクを庇って重傷になって……」
「手入部屋?」
「うん」
「行こう」

 重傷は山姥切国広のようだ。山姥切と呼ぶと変な顔をし、国広は他の刀の名でもあるため、真ん中をもじって切国と呼んでいる。
 乱とともに山道を降り、手入部屋に向かう。一部屋の障子が閉じられ、障子に残り時間が表示されている。六桁の数字が一秒ずつ減っているものの、重傷ともなるととんでもない時間だ。わたしは資材部屋から手伝い札を持ってきて、即座に使用した。
 六桁の数字が全てゼロになり、タイマーが消える。数秒待って、障子が内側から開いた。
 すっかり傷の治った切国が手入部屋から出てくる。トレードマークの白い布のすそが汚れているが、それは通常の様子なので問題ない。切国はわたしと乱に気付いて顔を逸らした。

「切国、遅くなってごめんね」
「……俺なんかのために、貴重な札を」
「痛みは早く消さないとね」

 こちらを見ていない切国はわたしが近づいても半歩退くだけだったので、抱きしめるのは容易だった。切国から「ヴッ」という声がしたのは、わたしの抱擁の勢いによるものではなく、行動に驚いてのことだろう。当然のようにほどこうとするので、少し力を強くする。刀剣男士が、人間であり主であるわたしに実力行使できないことは知っている。

「なんだ離せ、なんなんだあんた」
「帰って来てくれて良かった。乱を庇ったと聞いたよ、ありがとう」
「わ、分かったから離せ」
「……」
「なんなんだ」

 無言で数秒抱きしめてから腕をほどく。切国はそそくさとわたしから離れた。

「行って良し。しっかり休むこと。いいね?」
「……分かったから、全身を使って進路を塞ぐのをやめてくれ」
「うん」

 わたしと入れ替わりで、乱が切国の前に立つ。

「切国さん、ごめんなさい。庇ってくれてありがとう」
「……別に、礼を言われるようなことじゃない」
「それでも、ありがとう」
「……。早く傷を治せ」
「うん!」

 切国が乱の頭を小突いて立ち去る。乱は切国の背中を見送って、視線を床に落とした。
 わたしはそっと、消沈している乱を抱き寄せた。乱は自分のスカートを握りしめ、声を殺して泣いていた。
 乱は痛みで泣いているのではない。見た目は少年でも、心意気は一人前の武器なのだ。刀としての誇りがあるから、実力不足で庇われたことも、自分を庇ったために仲間が怪我を負ったことも、悔しくて仕方がないのだろう。

「ぼく、ふがいなくて、まだまだ弱いんだなって、思って」
「悔しいな」
「もっとがんばる、強くなる」
「楽しみだよ」
「うん、見ててね!」

 乱が乱暴に涙を拭い、手入部屋の障子を開ける。

「ボク、反省するから! 手伝い札は使わないでね!」
「ええ……」
「使っちゃ駄目だよ!」
「わかったよ……」

 乱が障子を閉めると、タイマーが表示される。
 この世界の謎技術で障子に浮かんだ数字を眺める。これがゼロになったとき、彼はまた一段と強くなるのだろう。


 しばしタイマーを眺めた後、わたしは執務室へ向かった。急だったが本丸に来たのだから、今日はもうこちらで過ごしてしまおうと思ったのだった。
 縁側を歩いていると、庭に秋田と鳴狐の姿があった。ジャージが土で汚れている。畑仕事から戻ってきたのだろう。こちらに気付くと、秋田が元気いっぱいに、鳴狐は控えめに手を振ってくれた。こちらも手を振り返すと、ピタリと動きを止めた秋田が縁側に駆け寄ってくる。

「主君」
「秋田、どうかした?」

 どうあっても縁側に立つわたしのほうが高くなるので、地面にいる秋田と目線が近くなるようしゃがみこむ。

「僕のほっぺを触ってください」
「……? わかった」

 わたしは首を傾けた。歩み寄ってきた鳴狐も怪訝な顔をしている。
 秋田は短刀の中でも幼い体をしている。頬はふっくらふにふに、肌もすべすべ。大変触り心地が良い。要望通り頬を触っていると秋田の表情もどんどん緩む。ひとしきり頬をこねて手を離すと、秋田がにっこり笑った。

「僕のほっぺは癒しになると、以前乱兄さんが。だから、主君も疲れたときはすぐに僕を呼んでください」
「……うん、分かった。ありがとう」

 わたしが疲れているように見えたらしい。誇らしげな秋田の頭を撫でで、もう一度頬を触った。
 何故気付いたのだろう。顔も体もニワトリで見えないのに。
 忙しいことによる疲労ではなく、怪我人が出たことによるのだろうなと自己分析する。ひとの死もそうだが、仲間の怪我は本当に堪える。刀剣男士はわたしの魔術で治癒出来ないので尚更だ。
 鳴狐が、自身の首に巻いているお供の狐をわたしの肩に移動させた。

「……貸してあげる」
「癒しをお求めでしたら、ぜひわたくしもご活用ください!」

 わたしの肩で安定する場所を探しながら狐が言う。

「ありがとう、そうさせてもらう」

 怪我人が出ようが死人が出ようがどれだけ自分が消耗しようが、立ち止まることの許されない立場だ。多くの屍の上に立ち、多くの希望を背負っていると自覚しているから止まれない。それを負担に思ったことはないが、ひとからの気遣いは心を温めてくれる。
 鳴狐の頭を撫でると、反応は薄いが拒否せず撫でられてくれる。お供の狐には頬ずりをした。チキンヘッドを外せば狐のぬくもりをしっかり感じられるだろうに、と己の格好を後悔した。
 少し休憩をしたら、真面目過ぎる第二部隊隊長蜻蛉切のケアもしに行こう。
 

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