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 中傷で帰城した鯰尾に手入部屋まで付き添うと、障子を閉める前に鯰尾が振り返った。

「ああ、俺、のんびりするんで手伝い札は遠慮します」
「そう? 辛くない?」
「平気ですよ、このくらい。札は重傷者とか大太刀とか、そっちにとっておいてください」
「……」
「だーいじょーぶですって」

 丁寧に障子が閉められ、タイマーが表示される。この時間分も鯰尾は怪我を負っていると思うと、ただの数字とは思えない重さを感じる。
 障子の前に立っていると、骨喰が横に並んだ。骨喰は同部隊で出陣し、無傷で帰城した。

「兄弟は、手伝い札は不要と?」
「うん。のんびりすると言ってた」
「そうか」

 横目で骨喰を見ると、いつもの無表情でタイマーを見つめている。
 すると、不意に手入部屋の中から鯰尾の声がした。

「主って、どうして刀剣男士の負傷にそこまで過敏なんですか?」

 手入部屋のタイマーはまだ動いている。鯰尾は式神に修復されながら、外に向かって話かけているらしい。しっかり休んで欲しいものだが、この会話が長い手入時間の暇つぶしになるのなら応じたい。しかし残念ながら、質問の意図がつかめずに深く首を傾けた。

「過敏かな? 怪我人を前にしたら当然の反応じゃない?」
「ほら、俺たちって武器で刀で物じゃないですか。手入れすれば、時間はかかるけど直るわけで。それに、万一折れても、次の鯰尾藤四郎があるでしょ」
「兄弟」
「刀剣男士的には気になるというか、心配性の主が心配になると言うか」

 はあ、と空気が抜けたような返事をすると、鯰尾は言葉を付け足した。

「あ、別に嫌味とかそういうつもりはないですよ。主が俺たちのことを家族みたいに大事にしてくれてることも分かってます」
「んー……」

 わたしは腕を組んだ。

「怪我をしたら痛くて辛い。だから心が痛む。……そういうことじゃなくて?」
「主って、ある意味怪我人を見慣れているんじゃないかなって思うわけですよ。戦うおひとだと聞いてますし、怪我を見て怯えたりはしないじゃないですか。腕がもげててもそれには驚かないで、ただ直そうとするじゃないですか。なんというか……そう、アンバランスなんですよ」
「どの辺が?」
「怪我に驚かないなら、焦る必要もないんじゃないですか? だって俺たちは物で、人間と違って手入れさえすればきれいさっぱり直ります。折れてしまっても次がある。主は、俺たちが怪我をしても驚かず、なんなら、次の存在についても分かっているように感じます。でも、すごく焦っている。俺たちは霊力で主と繋がっていますから、そういう不思議な心境が分かります」
「そうなんだ」
「手入れっていう、霊力注入作業中だったら余計にですね。主が俺たちの怪我に驚いていないのも、同時にとても焦っているのも、分かるんですよね」
「んー質問内容が難しい」
「半分寝言なんで」

 わたしが怪我に驚いていないというのは、その通りだろう。怪我自体に慣れるのと、仲間が傷つくことに慣れるのとはまた全く別の話だが、冒険者としてはかなり過酷な位置にいる。戦争の最前線にいれば怪我人も遺体も目に入る。刀剣男士が血まみれで帰城しても、怪我に驚いたことはない。手足がもげていようが戦衣装の色が分からないくらい出血していようが、冷静に対処する自信がある。そんな大怪我は無いに越したことはないが。
  怪我を見て、急いで手入れをする。鯰尾は、その手入れでわたしが大変焦っていると言いたいのだろうか。怪我への反応と手入れ時の焦り具合が違いすぎて、違和感を感じると。そういうことだろうか。鯰尾は、手入れさえすれば刀剣男士は直るのだから、怪我を受け止められるなら手入れも落ち着いて行えるのではと――?

「あっ」

 わたしは思わず声を上げた。長考の末の声だったので、隣の骨喰が肩を揺らしたのが分かった。

「鯰尾、逆だ。今気づいた、わたしたちはとんでもないすれ違いをしていたのかもしれない」
「何がです?」
「刀剣男士は<手入れさえすれば>直ると言う。でも、わたしにとっては<手入れをしないと>直らないんだ。治癒魔術での処置が出来ないというのは、治癒魔術を専門にしているわたしにとって大変なストレスなんだよ」
「ははあ……だから、手入れに対する焦りが大きくなるんですね」
「人間は治癒魔術が効くからいい、わたしがいればどこでも治せる。でも、刀剣男士は<手入れ部屋>という手入れに特化した、霊力環境の整った場所でないと手入れが出来ない。それで、わたしは慌てるんだと思う」
「でもそれ、まるで人の身の扱いが乱暴みたいで面白いですね。人間ってすぐ死ぬのに」

 わたしは日頃の戦い方を思い浮かべて障子から目を逸らした。鯰尾にわたしの様子は見えていないはずだが、何故か畳みかけられる。

「……主、ちゃんと命を大事にしてますか?」
「ちゃんと一般市民は守っているよ。治癒魔術の効きがゆっくりなひとも多いから。ただ、特に軍人や冒険者みたいな、エーテルの扱いに慣れてるひとって治癒魔術が効きやすいからね……」
「主は?」
「自分でいつでも完璧に治せるので平気だよ」
「自分を大事にしてます? 治るからいっかーってなってませんよね?」
「鯰尾、食べ物持ってこようか? 式神通じて差し入れするよ」
「主?」

 キッチンへ撤退しようとしたが、骨喰が仁王立ちで行く手を阻む。

「図星なのか」
「……怪我をすることは否定しない」
「無茶はしていないか?」
「本当に死ぬと思うようなことはしないよ」
「片腕が無くなるのは?」
「治るのでセーフ」
「アウトだ」

 言い訳が許されるのならば、無茶をする場面はそうせざるを得ない場合であり、無闇矢鱈に敵陣を駆けているわけではない。勝算もあって無茶をしている。これくらいなら治せると見極めて動いている。決して死にたがりではない。
 明後日の方向に顔を向けていると、骨喰が続けた。

「主の刀である俺たちには、主しかいないんだ。俺たち刀剣男士のように代わりは利かない。俺たちを大事にするのなら、主もちゃんと自分を大事にしてくれ」
「善処する……でも、それはちょっと違う」
「何がだ」
「刀剣男士に代わりは居ない。今こうやってわたしと話している骨喰も鯰尾も、きみたちしかいない。わたしに自分を大事にと言うのなら、みんなもそうしてほしい。わたしに対して<お前は代えがきかない>と言うのならば」
「しかし俺たちは物で、主は人間だ。どうやったって考え方は変わる」
「<代えの効かない存在>というものはないよ。人間も。わたしがもし死んだとして、そうしたら新たな審神者が就任するだけだ。わたしの刀たちが全員刀解を選んで本丸が無くなったなら、新たな本丸が発足するだけ。極端な考え方かもしれないけど、わたしはそう思ってる」

 仁王立ちの骨喰の頬を両手で挟む。普段無表情でクールな脇差は、困惑した顔をしていた。

「わたしのことを唯一だと言うのなら、自分のことも唯一だと扱ってほしい」
「……分かった」
「鯰尾もね」

 障子に向かって呼びかける。

「ははは、まあ、はい。気を付けます」
「分かったら、手入中くらいしっかり休んで」
「……分かりました。主って、けっこう独特な感性してますね」
「嫌いかな」
「最高ですよ」
「じゃあ、しっかりおやすみ」
「はい、おやすみなさい」

 その後もタイマーを見つめていたが、鯰尾から更に声をかけられることは無かった。分を示す数字がひとつ減った頃、手入部屋の前から離れる。骨喰もわたしの後についてきた。
 物と括るには、彼らはあまりにも人間じみている。
 そして、人間というには、わたしは死に慣れすぎていた。

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