なんでもない日2
まだまだ賑やかな広間を出て、縁側で涼む。
料理は大変好評なようで、調理師冥利に尽きた。今や刀剣たちはしっかり酒が回り、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだ。わたしも飲みながら輪を回り、広間を一周し終わったので休憩をとっていた。彼らは何時まで飲むつもりだろう。二日酔いにならなければいいが。
火照った体に夜の空気が心地よい。酒には強いほうだが、刀剣に進められるまま飲み続け、いささか飲みすぎた自覚があった。
「主様、こちらにおられましたか」
「平野か」
「はい、平野です」
平野は透明の液体が入ったグラスを持っていた。「水です」わたしの隣に座して、グラスを差し出してくる。受け取って一気に飲み、胃袋の中でアルコールを薄める。
「ふう……平野も、飲んでいたよね」
「ええ、頂戴しました」
「顔色が変わらないね」
「少しだけですので」
いつも姿勢が良く礼儀正しい平野は、羽目を外すことはしないようだ。わたしの隣に座っているが、休憩しているのではなく控えている。
「お料理、どれも大変美味でした」
「それは良かった。お気に入りがあったら教えてね」
「選ぶのはとても難しいですが、そうですね……少々奇抜な色のスープが目新しく美味しく、印象に残っています。ビーツスープ、でしたか」
「ビーツっていう根菜が真っ赤なんだ。避けられるかもなと思いながら、楽しんでもらいたくて作ったから、そう言ってもらえて嬉しい」
「主様手ずからのお料理を堪能出来て、とても幸せな宴です」
「平野も、いつもありがとう」
平野の整えられた髪を乱しながら頭を撫でる。平野は困ったように眉を八の字にしながらも、次第に口元を緩ませていた。わたしよりも遥かに年上の刀剣男士にかけるのは相応しくない言葉かもしれないが、平野は<甘え下手>なのだ。平野に限らず甘え下手な刀剣男士は多いので、視界に入ってきた刀剣男士は積極的に構っている。構い方はそのときどきだ。
髪をぼさぼさにしてしまったことに笑いながら謝ると、平野も笑いながら手櫛で整えていた。
「ふふ、ふふふ、主様、酔っておられますね」
「多少はね。平野を可愛がりたいな」
「僕は十分ですよ」
「懐に入りたくなったらいつでも」
「ふふ、ありがとうございます」
平野がはにかむと同時に、広間からひときわ大きな声が聞こえる。なんとなく喧嘩になっている気がしたが、仲裁の声もするので任せることにした。
「陸奥守さんと和泉守さんでしょうか」
「今となっては本気で喧嘩していないから、大丈夫でしょう」
「そうですね。宥める声もしますし」
「こういうのも、いい思い出になってくれたらいいなあ」
「思い出、ですか」
「あ、言わなくていいことを口走った……酒のせいだな」
気にしないでと言うにはしっかり聞きとられてしまい、平野もわたしの言葉を待っている。必死になって伏せるようなことでもないので、わたしは庭を眺めながら続けた。
「この時間遡行軍との戦争が終わったとき、本丸はどうなるんだろうと考えた」
「終戦をですか」
「気が早いけどね。戦は、いずれ終わるから」
どれだけの年月がかかるか分からないが、終わりがあるものだ。数十年後になろうと、どちらが勝っても負けても、終戦はある。
「戦争が終われば、本丸という場所にはいられなくなると思う。ここはある意味軍事施設で、維持するのも大変だと思うから。……でも、この世界の、いわゆる現世と呼ばれるところをわたしはまだよく知らないけど、数多くある本丸の数多くの刀剣男士を一気に受け入れられるとは思えない。本丸の解散、刀解……そうなるだろうというのは、想像に難くない」
「はい、僕もそう思います」
宴には似合わない話だが、平野はいつも通りの芯のある声で同意した。今納得してくれたのではなく、既にそういったことに思い至っている声だった。平野に限らず、みんながきっと一度は考え、同じ結論に達しているのだろう。
「でも、そんなのは寂しい。みんなは割り切っているのかもしれないけど、寂しいから。……ひとの体でのいい思い出を積み重ねて、刀解は惜しいなと思ってくれないかなって」
「……ですが、主様。僕たちがそう思ったとしても、現実は」
「これはここだけの話だけど、わたしは、刀解されたくないわたしの刀剣男士を連れて行こうと思ってるよ」
「連れて行く?」
「わたしの世界に。終戦のときにわたしが生きて審神者をしていたら、にはなるけどね」
平野が目を瞬く。
「わたしにとって、神は顕現させてはいけないものなんだ。向こうの世界では、神降ろしを阻止する仕事もしているからね。神託を得るくらいがちょうどいいと思ってる」
「……」
「だから、審神者の話を聞いた当初、わたしは場合によっては審神者業をぶち壊すつもりだった。別の世界とはいえ、神降ろしで滅ぶのは見過ごせない。……実際は、刀剣男士はみんな優しい神様だった。神様としての在り方が違うのか、妖寄りだからかは分からないけど、わたしの知っている野蛮な神ではなかった。だったら、ひとの都合でサヨナラするのは、ひととしてどうなんだと」
「……だから、刀解を避けたいと?」
「うん。もちろん、戦いに力を貸すという目的でみんなは来てくれているから、戦いが終わったら刀解を望む刀剣男士もいると思う。でも、わたしはせっかくの仲間をみすみす還したくはないし……ひとの都合でひとの体を与えたのなら、勝手にそれを奪うこともしたくない。……わたし、ちゃんと分かる言葉を喋ってる? 酔っぱらないだから」
「大丈夫ですよ。つまり主様は、終戦時に刀剣男士が刀解されたくなくなるような思い出を作りたいということですね」
「要約ありがとう」
日頃の感謝を伝えたいと思い、料理を振る舞おうと決めたときに気付いたのだ。わたしにとって、料理は体を保つ作業であると同時に、日々の楽しみで潤いだ。あまり特別な思い出作りは出来ないが、日常に根差した身近な幸せの積み重ねは、彼らも感じてくれるのではないだろうかと。そう思うと、よりやる気が沸いた。
わたしの独りよがりかもしれない。わたしは後悔の無いようにしたいだけだ。
「世界は広い。せっかく体を得たんだから、せめて空に浮く島にくらい行ってほしい」
「そ、そんな場所があるのですか?」
「うん、あるよ。柵も何もないから最初はちょっと怖いかもね」
「それは行ってみたいですね」
「案内は任せて」
「よろしくお願い致します」
「何をだ?」
顔を上げると、鶯丸がグラスを片手に立っていた。赤ワインがお気に召したのだろうか、グラスになみなみ注いでいる。
「鶯丸様、そろそろ控えられては」
「これで終わるさ。それで、主と平野はこんなところで何の話をしていたんだ?」
鶯丸は、縁側の通行を妨げるように腰を下ろした。普段ならわたしも平野も注意をするが、今晩くらいはいいだろう。
「もしも平野がエオルゼア側に来たら、わたしがしっかり案内するよって話」
「俺はぜひ美味いものが食べたいな。今晩のような」
「気に入ってくれた?」
「ああ、もちろんだ」
平野と顔を見合わせて笑う。美味しい料理とどんちゃん騒ぎが、楽しいものとして認識されているのならば作戦は大成功だ。
鶯丸は、わたしと平野が笑っていることには気付いていないようで、ご機嫌そうに赤ワインを飲んでいた。