悩める弟

 離れの刀剣男士私室は顕現順に割り振っており、二振で一部屋を使っている。あまりにも相性が悪そうならば部屋替えも考えるつもりだったが、幸いにもトラブルは報告されていない。
 しかし、刀剣数が増えるにつれて、もしや刀派ごとの部屋割りのほうがいいのだろうかと考え始めていた。理由はいくつかある。離れの談話スペースにて、刀派で固まっている光景を見かけることがあること。もう一つは、刀剣を探して私室を訪れる際に、部屋を探すのが手間だということだ。刀派ごとにまとまっていたら探しやすい。また、同派を<きょうだい>と表現しているのも良く聞く。単に分かりやすくそう表現しているだけではなく、実際、言葉通りの愛着もあるようだ。ならば、同じ部屋のほうが安心感もある気がする。ただ、今の顕現順部屋割りにもメリットがある。刀派で縛られがちなればこそ、交流を広げるという意味を持つと思うのだ。増築して個人部屋にするのが一番だろうか。
 アンケートでも取るか。
 そんな、審神者らしく本丸運営事項を考えながら、ランドリールームに入る。洗濯は大抵エオルゼア側で処理しているが、丸一日本丸滞在する日に時折利用する。特にタオル類。
 上下二段横に五列並んでいる内の、一番手前下段の洗濯機を開く。多くはない洗濯物を入れて、備え付けている洗剤を入れて、扉を閉める。初めて洗濯機を見たときの感動を忘れないようにしながら操作をして、問題なく稼働し始めたことを確認する。
 一旦部屋に戻ろうとしたものの、待機用で置いている椅子の下に黒い物体を見つけた。落し物かと拾い上げ、それが黒い手袋であることが分かるとため息を吐いた。

「黒手袋は高難易度……」

 掲示板に記載しておいて、落し物入れに入れていてもいい。しかし、黒手袋。落とし主に届けること難しいと思われる黒手袋。せっかくなら、この謎を解き明かしてみたい。

「指が出てるものなら分かりやすいんだけどな……」

 拾った黒手袋は、残念ながら穴がない。五指をしっかりカバーするタイプだ。信濃か薬研か燭台切か、ぱっと思い浮かんだのはそのくらいだ。獅子王も黒手袋をしていた気がする。あとは。おそらくもっといる。粟田口は黒手袋のイメージがあるが、案外白手袋だった気もする。
 分からない。
 手がかりはないかと――香のかおりや柔軟剤のかおりで――黒手袋を観察していると、手袋自体が浅いことに気が付いた。手首まで覆えない布面積。粟田口短刀がお洒落手袋をしていた覚えはないので、なんとなく脇差以上な気がした。
 記憶を辿っていると、ランドリールームに膝丸が現れた。

「ここにあったか」
「この手袋、膝丸の?」
「ああ。探していた」
「膝丸だったかぁ」

 膝丸はこんな手袋をしていたのか。覚えておこうとして、しかし、全刀剣男士の手袋形状を把握している審神者は少し気持ち悪いかもしれないと思い記憶に刻むのを止めた。

「持ち主当てゲームをしてたんだ。とても難しくて」
「だろうな。鶴丸や小狐丸ならともかく」

 膝丸は手袋を受け取った後、動いている洗濯機を見て、わたしを見て、椅子に腰かけた。
 取り戻したばかりの手袋を、もう落とさないようにか片手にはめている。

「わたしに用事でもあった?」
「いや、まだ洗濯にかかりそうだから、主の話し相手という仕事でもしようかと思ったのだが」
「ちょうど募集していたよ」

 わたしは、先ほど考えていた部屋割りの話題を振った。

「部屋割りを変えるべきか悩んでるんだけど、膝丸はやっぱり髭切と同室のほうが良い?」
「部屋割りか。そうだな、兄者と相部屋であれば嬉しいが、必ずそうでなければならないというほどではない。今の環境で慣れているからということもある。それに、兄弟刀がいない刀もいるだろう?」
「刀種ごとか、刀時代に所縁のある者同士にするか……難しいね」

 腕を組み、顎に手を当てて思案する。そうだ、すべての刀に兄弟刀があるわけではない。無用なトラブルを避けるためには、まったく疑問を持ってない風を装って現状維持すべきなのだろうか。談話スペースで粟田口が団子になっていたり、国広三振がお揃いの政府支給内番ジャージを着ていたり、江雪と宗三が小夜を構っているのを見かけると、同じ空間で過ごす時間を増やしてやりたいと思うのは事実なのだが。
 膝丸も、髭切と仲が良い。お互いにべたべたではなく、膝丸が髭切を慕い、髭切も膝丸を弟として扱っている。話している様子はあるものの、出陣や内番が必ず被るとは言えない。食事のタイミングしか顔を見ない日もあるだろう。

「個室が一番かなとも思ってるんだ。互いの部屋の行き来もしやすいし、泊ってもいいし。兄弟たちの部屋を隣接させて……そうしたら、兄弟がいない刀の部屋割りに悩まなくても済む。見積もり出してもらおうかな……」
「増築となると、やはり莫大な費用が?」
「金額と、霊力的なものもね。政府が管理してる式神にお願いしてスピード建築してもらうから。少しずつ増やすなら、いっそ一気に増築してしまうのもアリかもしれない」
「可能であるなら、個室は喜ばれるだろうな。私物を置く刀もいるだろう」
「確かに。自分の空間が確保されているのって落ち着くもんね」

 わたしが不在でもしっかり働いてくれるみんなのお陰で、幸い、自転車操業ではない。見積もり次第では、なんとかお金も工面できるかもしれない。
 洗濯が終わったら、こんちゃんや長谷部に話して早速見積もりをしよう。思い立ったが吉日、出来るだけ早く取り掛かりたい。
 増築するならどう離れを伸ばしていくかと脳内で屋敷の地図を広げていると、膝丸が深いため息をついた。

「兄者と話す時間が増えれば、俺の名前も憶えてくださるかもしれん……」

 悲壮な声だった。髭切は「名前は割とどうでもいい」と自分でも言っている通り、他の刀に適当なあだ名をつけて呼んでいるのをよく聞く。膝丸は、髭切に名前を呼んでもらえない筆頭刀剣だ。
 わたしは、苦し気な表情をする膝丸の肩を叩いた。髭切はなにも、膝丸の存在を忘れているのではない。きちんと<弟>として認識したうえで、名前を呼ばないのだ。膝丸も髭切も名前を多く変えた故だろう。ただ、覚えていないとは思えない。髭切は、わたしが作ったデザートの名前を毎回正確に記憶している。わざと呼んでいないのだと思う。

「選べないんじゃないかな。名前が多すぎて。何て呼んでいいのか分からないというか」
「しかし、俺は今、膝丸だ」
「髭切にとっては、薄緑も蜘蛛切丸も吼丸も弟だから<膝丸>だけって呼べないとか。髭切、別に記憶力が悪いわけじゃないから。のんびり屋だけど」
「あ、兄者……!」
「名前はどうでもいいって言いつつ、名前によって膝丸が分割されるような、そんな気分になるのかも」
「兄者ぁ……!」

 あくまでわたしの見解であり、本当に刀の名前だけ異様に覚えが悪いのかもしれないが。
 膝丸が顔を覆って肩を震わせる。膝丸は武人気質の刀剣男士だと思っているが、髭切が関わるとその限りではない。膝丸の世界は髭切を中心に回っているような気がする。
 膝丸の背中をさすっていると、顔を覆ったまま細い声が漏れ聞こえた。

「俺は兄者からの愛情を受け止められていなかったということか……!」
「うんうん、膝丸はかわいいね」
「源氏の重宝だからな!」

 顔を上げ、凛々しい表情を向けてくる。膝丸に限らず、刀剣男士は成人男性の姿をとっていても人間初心者、時折かわいらしい言動をする。ちょろい、とも言う。
 膝丸をおだてていると、洗濯機から終了を知らせる音が鳴った。

「よし、俺の任務は終了だな」
「付き合ってくれてありがとう」
「なんの。っでは主、俺はこれで」

 わたしが洗濯機のフタを開けると、膝丸はどこか慌てたように出て行く。会話が盛り上がっていたのでまだ話せるかと思ったのだが、急ぎの用事でもあったのだろうか。
 ひとりになったランドリールームでタオルや衣類を取り出し、ふと気づく。洗濯物と言えばタオルや衣類だ。当然、下着を洗濯している可能性も高い。
 たくましく強く、時にちょろくて可愛らしいのに、こういった気遣いが出来るのだ。刀剣男士は本当に、魅力的ないきものである。

ALICE+