血祭審神者

 わたしは、自分の責任の重さを自覚している。英雄であるわたしが倒れるということは、下手をすると戦争になる。わたしが死んだら代わりの英雄が立つだろうと思っているが、今までの人脈や信頼関係を考えると、そう簡単に倒れるわけにはいかない。もちろん、死にたがりではない。全くそんなことはない。
 つまり、エオルゼア側で体調不良になって休めないときはザラにある。
 審神者になる前までは、<暁>の仲間だけに話して人目につかない場所で休ませてもらったり、宿でひとりになってから倒れたりしていた。審神者になった今どうなるかというと、本丸エーテライトへのテレポートが完了した瞬間に全てが無理になってしゃがみこんだ。

「ぬしさま?!?!」
「ただいま……」

 今回の不調は、幸い、けがや病気ではない。女性である以上は避けられない、月イチの大出血祭りである。こればかりは治癒魔術でどうにもならない。鎮痛剤があればそれで収まるのだが、今回、たまたま鎮痛剤を切らしてしまっていた。
 お腹を抱えてうずくまる。刀剣男士が血に慣れているとはいえ、何も動物並みに嗅覚が優れているわけではない。小狐丸はわたしの周りでおろおろした後、片膝をついてわたしの背をさすった。

「敵襲ですか? この小狐丸が報復に参りましょうぞ」
「物騒だ……大出血祭りなだけ……」
「大出血……? ああ、これはすぐに気付けず申し訳ありません。ぬしさま、持ち上げますよ。ここにいては冷えますから」
「あ、いや立てるッ」

 お腹を抱えて丸まった状態で持ち上げられる。横抱きと荷物持ちの間のような体勢だ。あまり抵抗する気力も無かったので、大人しくそのまま運ばれた。エオルゼア側では絶対に晒せない姿である。
 小狐丸はわたしを抱えたまま山道を下る。成人男性の姿をした刀剣男士はたくましい。短刀たちも子どもの姿に不釣り合いな筋力なので、今夜の出迎えによっては五虎退に運ばれる図が生まれていたかもしれない。

「ぬしさまのお部屋に勝手に入るわけにいきませんから、医務室に向かいますね。薬研を呼びましょう」
「$▲↓※」
「はい」

 「降ろして」と言ったつもりだったが小狐丸はわたしを抱き上げたまま屋敷へ戻る。気が抜けて気分が悪くなってしまい、あまり周囲を確認できなかったが、屋敷に着いた途端騒ぎになったのは分かった。「敵襲か?!」「警備を固めろ!」おおごとだ。落ち着いて、ただの大出血祭りだから、と言おうとしてもうめき声になり騒ぎに拍車がかかる。
 
「騒ぐでない、ぬしさまのお加減に障ります」
「↓%*@」
「はい、大丈夫ですよ」

 騒ぎが収まらないので降ろして欲しいのだが、小狐丸はにこやかに頷くだけだ。手入部屋横の医務室に向かい、殺気立っている今剣に布団を敷かせていた。
 寝かせられ、丁寧に布団をかけられる。小狐丸が今剣に何やら耳打ちをしたのが分かった。事情を話してくれたのだろう、殺気を収めた今剣は今にも泣きそうなほど顔をゆがませていた。

「あるじさま、薬研をよんできますから。すこしだけ まっていてください。小狐丸、おまえはあるじさまについているのですよ。じじょうも ぼくがつたえてきます」

 今剣が医務室を出てすぐに薬研がやってきた。今剣も薬研も短刀の機動を生かしたのだろう。足音はしなかったが障子が風で揺れていた。
 薬研は戦装束に白衣を羽織って現れ、敵襲に備えていたことがうかがえた。おおごとになってしまい申し訳なくなってくる。
 今剣から聞いているらしい薬研に大きな焦りは見られず、どかりと布団の横に腰を下ろした。

「小狐丸の旦那、白湯でも淹れてきてくれや」
「あい、分かった」

 薬研はわたしを見下ろして、心配そうにしながらも困ったように笑った。

「顔色も脈も分からないんじゃなぁ……。大将、普段はどうしてるんだ? 常備薬はあるか?」
「▼↓」
「『喋ったら吐く』? おお、そりゃ大変だな。とりあえず小狐丸の旦那が白湯を持ってくるまで待つか」
 
 小狐丸もすぐに戻ってきた。吐き気と戦いながら体を起こし、湯飲みを受け取る。飲めるだろうかと不安だったが、温かい飲み物が胃に入ると思いのほか落ち着いた。今日は夕方に雪原にも寄っていたので冷えていたのかもしれない。

「……ありがとう。みんなは落ち着いた? 騒ぎにして申し訳ない」
「ぬしさまがお気になさることではありませんよ。お加減は?」
「……」

 とても辛いが、そうすんなり弱みを認めることは躊躇われる。みんなのことは信頼しているが、それはそれ、これはこれ。「見ての通りだよ」と返すので精一杯だった。

「大将、こんなにひどいなら、普段から薬を持ってるんじゃないのか?」
「鎮痛剤を持ってるんだけど、たまたま切らしてて。切らしているとはいえ、ここまでひどいのは初めてだな。治癒魔術さえ効けば……」
「疲れが溜まってたんだろう。市販薬か? 本丸通販か万屋街の薬局にあるならすぐ準備出来るが」
「こっちの世界にはないと思う」
「なるほどな……。なら、月のもの用の市販薬を用意しよう」

 薬研がわたしの頭を――チキンヘッドを――撫でて立ち上がる。

「通販より万屋街に出向いたほうが早いからな。ちょっくら行ってくるぜ。何か、薬のアレルギーはあるか? ……いや、分からないよな」
「そうだね。少なくとも、向こうの世界では毒薬以外で体調を崩したことはないよ」
「そりゃ毒盛られたことがあるってことか?」

 完全な失言に具合の悪さが加速する。薬研は追及したそうだったが、今は薬の調達が先と足早に部屋を出て行った。
 小狐丸は正座をして、ちびちび白湯を飲むわたしの様子をうかがっている。狐耳のような髪がこころなしか下がっており、座っているものの何かしたいと言いたげに腿の上に置いた手が落ち着きなく動いている。

「……平気だよ、休めば直るから」
「そうは言いましても……代われるものならば良いのですが」
「わたしは体が強いほうだから、余計に驚かせたね」
「驚きましたが、ぬしさまが気に病むことではありませぬ。むしろ、わたしの前で辛いことを隠さずにいてくださって嬉しかったですよ」
「ここはわたしの家だからね」

 しょげていた小狐丸の耳が跳ねる。「はい、ぬしさまの家です」小狐丸は愛嬌のある笑顔を浮かべた。
 白湯を飲み切って、空になった湯飲みを小狐丸に返す。もう少し温かさを維持したいが、これ以上飲食物を無闇に口に入れるとまた吐き気に襲われそうで出来ない。

「おかわりを淹れて来ましょうか?」
「いや、いい。暖を取りがてら仕事をしたいから、こんちゃんを呼んでくれる?」
「……仕事ですか……短刀を懐に入れるのはいかがでしょう」
「仕事……」
「わたしの懐に入りますか?」
「それでもいいな……ちょっとここ座って」
「! 喜んで」

 布団の上に小狐丸を座らせ、股の間に座って背もたれにする。背中がじんわりと温かい。腕をわたしのお腹に回してくれているので、腹部もひとの体温を感じる。体重をかけても抗議を全くされないので、ありがたく脱力した。
 刀剣男士椅子と呼ぶべきか刀剣男士毛布と呼ぶべきか。至極どうでもいいことを考えて具合の悪さから意識を逸らしていると、転移ゲートの作動を知らせる音が聞こえた。薬研が戻ったようだ。思ったよりも早い、急いでくれたのだろう。
 新たな湯飲みと手に入れたらしい薬を持った薬研は、医務室を開けるなり形容しがたい顔をした。

「おかえり、ありがとう」
「あ、ああ……これで良くなるといいんだがな」
「じゃ、薬研はわたしの懐に入って」

 薬研の眉間のシワが消える。薬の箱を開けていた動作がピタリと止まった。

「俺が……大将の……?」
「ぬしさまは今、暖をとっておられる」
「暖を……。柄じゃねぇが、ま、役得っちゃ役得だな」
「素直になればよろしいのに」

 薬を飲んで、薬研を懐に入れる。わたしと薬研は身長がほとんど変わらないので頭がぶつかるかと思ったが、薬研はわたしにもたれかかることはしなかった。「しゃあねぇな」と寄り添うように座って、わたしが薬研に回した手を労るように撫でてくれる。
 体温効果か、薬の効果か、次第に症状は落ち着き眠気が襲ってくる。
 具合の悪いときは人肌恋しくなるというが、わたし自身には無縁のことだと思っていた。幼いころはともかく、今となっては。
 時々聞こえる小狐丸と薬研の声が子守歌になって、わたしはいつの間にやら寝落ちていた。


 様子を見に来たらしい長谷部の悲鳴で目が覚めた。

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