神を喚ぶ

 本丸私室の風呂は、わたしの大好きスポットである。エオルゼア側より本丸世界のほうが機械文明が発展しているため称賛したくなる電気製品が多いのだが、水回り設備が特に素晴らしい。トイレも好きだが風呂も好きだ。どのくらい好きかというと、アルフィノが本丸に来た際、彼にトイレと風呂を紹介し忘れたことを心底悔いたくらい好きだ。
 あと、入浴というものも好きだ。エオルゼア側世界では風呂と言えば基本的にシャワーのみで、温泉地に行かない限り湯に浸かることはない。しかし、本丸側世界での特に日本と言う国では、湯に肩まで浸かって温まるというのがメジャーらしい。水に恵まれた国だからこそだろう。
 バスタブにためたお湯に浸かって眠気と戦いながら、明日の予定をさらう。明日も朝食が済めばエオルゼアに戻り、なんだかんだ駆けずり回ることになる。作戦が控えているわけではないが、頼まれごとは多い。リテイナーとも時間を取ってマーケットのことを調べたい。やりたいことは常にある。
 そう考えていると、段々目がさえてきた。横になれば眠れそうだが、目がさえたのをいいことに酒でも飲むか。ぐるぐる考えながら湯から上がり、脱衣所に出た。


 離れをふらりと歩く。静かな部屋もあれば、明るい声のする部屋もある。まだ夜は深くない、全体的に起きている刀剣が多いように感じられた。
 ふらふら歩いて、ある部屋の前で立ち止まる。名札は、<蜻蛉切>と<鶴丸国永>。電気がまだついていた。起きている気配もある。障子をノックすることは刀剣男士的に面白い行為らしいが、声だけをかけたりいきなり開けるのはわたし的に違和感があるので、障子が閉じていたらその枠を軽く叩いてしまう。

「こんばんは、主だけど。鶴ちゃんいる?」
「鶴ちゃんいるぜ。どうした?」

 障子が開いて、鶴丸が顔を出す。隙間から見えた蜻蛉切が律儀に頭を下げるので、そちらにも声を掛けた。
 わたしは無言で、就寝前にも関わらず元気そうな鶴丸にグラスを傾ける仕草をした。それだけで察してくれ、かつ乗ってくれるようで、にっこり笑って部屋から出てくる。キッチンに寄ってグラスを二つ持ち、わたしの私室へ向かった。

「部屋にもうちょっと食器置いておこうかな」
「充実してるもんだと思ってたが」
「あんまりいないから、自分の分の食器がちょろっとあるだけなんだよね」
「ま、こうして厨から拝借すればいいさ」

 わたしの私室で、四次元リュックから雲海産のワインを取り出す。前回鶴丸と開けたものの続きだ。なにか肴になりそうなものがないかと四次元リュックを漁ったが、冒険前の腹ごしらえのための料理ばかりで気の利いた作り置きが無かった。
 わたしが肴を探している間に、鶴丸がワインを注いでくれる。

「相変わらず、美しいワインだな」
「本当にねぇ。……あ、レーズンがあった。食べる?」
「無理に出さなくても」
「置いておこう」

 レーズンを肴にセッティングして、乾杯をした。鶴丸が嬉しそうなので、疑問に思いながらもわたしも嬉しくなる。わたしのお気に入り秘蔵ワインを気に入ってくれてなによりだ。

「主からお誘いとは、嬉しいな。眠れないのかい?」
「それもあるけど、なんとなくかな」
「嬉しいねえ。……少し前に、大宴会をやったろう。きみがこのワインを振る舞うんじゃないかって、俺はこっそり悲しんでいたんだぜ」
「そんなに数がないよ」
「安心したが、主との秘密の飲み会がなくなるのは惜しいな」
「わたしも飲みたいから、またもらえるようにお願いしに行くつもり」
「おお!」

 そりゃいいな。鶴丸がまた一段階機嫌を上げてグラスに口をつけた。髪と同じ真っ白のまつ毛をやや伏せて、一口飲み、口角を上げる。
 鶴丸がワインを飲む様子を、頬杖をついて眺める。もう片方の手でレーズンをつまんで口に入れた。ワインはわたしが作ったものではないが、美味しそうに飲んだり食べたりしている様子を見るのが好きだ。もはやワインを飲む鶴丸が肴だ。
 わたしの視線に気づいた鶴丸が、どこか得意げにする。

「ん、なんだい。色男に見とれたか?」
「そんなところ」
「……」
「いっぱい食べさせたくなる」
「ああ、そういう……。きみは本当に食事が好きだな」
「腹が減っては戦が出来ぬってね」
「そういえば、冒険譚は聞けていないな」
「前にそんな話をしてたね」

 グラスを揺らして水面の星空を眺める。

「わたしは冒険者だけど、グランドカンパニーと<暁の血盟>という組織に所属している。……重要なのは<暁>のほうかな。ざっくり言うと、国に囚われず、帝国と蛮神を相手にする少数精鋭の組織だ。前に来ていた参謀殿も同じ」
「冒険者というものも、俺の想像と違うのだろうが……。国に囚われないのに一国を相手にするのか」
「それだけ問題がある国だと思ってくれていい」
「バンシンというのは?」
「野蛮な神だよ」

 鶴丸が目を瞬く。付喪神と暮らす審神者が別の世界で神を倒していると知れば、当然の反応かもしれない。

「莫大なエネルギーとひとの願いで、神降ろしが出来てしまうんだ。そのままだと、エネルギーの枯渇と言う意味でも蛮神の暴走と言う意味でも、土地が死んでいく。だからそれを倒しに行く」
「きみは神を殺しているのか」
「そういうことになる。刀剣男士とは全然違った存在だよ。あと、近くにいるひとを信者として狂わせてしまうのも大問題でね……本当に問題なんだよ……」

 その性質のせいで、討伐に行ける人間も限られてしまう。わたしとか、わたしとか、わたしだ。
 今まで対峙してきた蛮神を思い浮かべながら、わたしは審神者業を始めてからずっと抱いていた疑問をぶつけてみることにした。

「そういう仕事をしているから、審神者業の話を聞いたとき、場合によっては戦おうかと思ってた。みんなが蛮神ではないと分かった今ではそんなつもりはないけど」
「良かった。主と刃を交えるなんて御免だからな」
「でもずっと疑問に思っていることはあってさ」
「ふむ。なんでもこの鶴丸国永に聞いてくれ」

 神降ろしへの疑問を付喪神に聞くことはタブーにならないのだろうかと思いつつも、ここまで築いてきた信頼関係を信じて問うた。

「神の力を借りることの代償は、本当に無いの」

 ある意味でわたしもエオルゼア側世界の神の力を借りている存在ではあるのだが、ひとが望んで神を降ろすとき、神は莫大なエネルギーやひとの命や正気を吸い上げる。
 審神者業は、リスクゼロで数多の付喪神を降ろすことが出来る。霊力を必要とするものの、戦力や数を考えると不釣り合いだと言わざるを得ない。
 鶴丸は気分を害した様子なく思案気にした。

「霊力を食っているが」
「わたしで言うところのエーテルだよね。それはわたしにとって、日常生活でも使うものだから。いっそ、寿命が縮んでいると言われたほうが納得する。政府が裏で生贄を捧げているとか」
「主の過酷な生活を垣間見た気分だな……」
「わたしが倒す神と付喪神というものの違いがよく分からないせいかもしれない」
「あー……俺はちょっと分かったぜ」
 
 鶴丸がレーズンをひとつ口に放り込む。

「付喪神というのは、ひとに想われ、ものに宿ったこころなんだよ。ひとに使われることを喜びとする、妖寄りの存在だ。願いをかけられるような高尚なものではない。ああでも、きみが何かを願ってくれるなら、喜んできみの神になるが」
「それは光栄だね、怖いものなしだ。供物は<天上のワイン>でいいかな?」
「ほら、それだよ。俺たちに特別な供物は必要がない。俺たちを長い間大事にしてくれたひとの想いに応えたいと、そうして芽生えたこころである俺たちは、供物ではなく使ってほしいんだ。……中には、捨てられた恨みから付喪神となるものもいるが、それだって根っこは俺たちと同じさ。ひとに使われたいんだよ。生贄を捧げるくらいなら、調理包丁代わりにでも俺を使ってくれってな」

 わたしの世界の神は、ひとに崇められ願われる強大な存在だ。国や民族によって多少考え方は異なるが、蛮神として降り立つ存在はそういったものだ。人間とは一線を画した行動原理を持つ、暴力的な力の権化。ひとへの想いに応えたいという、付喪神の在り方とは全く異なる。
 伝承や信仰から祀り上げられた存在と、物のこころが意思を持った存在。
 わたしは深く頷いた。

「だから、刀剣男士は審神者を<主>と呼ぶんだな」

 今更ながら合点がいく。普通、祀られた神は自分を降ろした人間を主人などとは思わない。神は神であり、人間は神に願うしかできない矮小な存在だ。それが、ひとと道具という関係ならば納得できる。
 使い続けるということが、ある意味で刀剣男士に対する<供物>なのだろう。
 
「神だと思うと一気に分からなくなっていたけど、物だと思ったら納得」
「そうそう、ちゃんと所有物だと思ってくれるのが嬉しい」
「わたしの刀っていう意識はあったんだけどね。今やっと腑に落ちた感じがするよ」
「持ち主あっての物だからな。だから、実はとっても嫉妬してるんだぜ」
「何に?」
「主がエオルゼア側世界で使うっていう武器に。特に刀!」

 強く言った後、「刀を使うなら俺を持って行ってくれよ……」とため息を吐く。

「ずっと前に、加州と長谷部だったかな、こっちで装備してみたことがあるんだけど」
「ああ、聞いたことがあるな」
「危ないから抜くのは駄目って言われたよ。鶴丸は抜いてもいい?」
「……そう考えるとちょっと怖いな」
「何故……」
「俺たちは切れ味が良いからな。万が一、主に傷でもつけてしまったら肚を切る」
「それほど?」
「俺が、きみに、傷をつけるんだぜ。謀反だろ」
「その発想は無かったな」

 謀反、謀反か。思いもよらない言葉が出てきて笑ってしまう。わたしの手元が狂って手に傷がついてしまっただけでも、刀剣男士的には謀反になってしまうのか。刀の付喪神というのも難儀である。

「笑いごとじゃないぞ!」
「はは、ごめん。そういうことなら、みんなを抜刀することは控えるよ」
「そうしてくれ」
「みんなを使ってみたい気持ちも強いんだけどな」
「……それはそれで魅力的なんだ。主が俺を佩いて俺を振るうなんて。刀冥利に尽きる」

 鶴丸が拳を握る。謀反になりかねないリスクと、刀らしくあれる魅力との間で葛藤していた。
 わたしは笑いながら、鶴丸のグラスにワインを注ぐ。わたしが使う武器たちも葛藤しながらわたしに握られているのだろうかと思うと、もっとおかしかった。

***

 本丸エーテライトに到着し、夕飯やこんちゃんと長谷部との打ち合わせを終えて、入浴のために私室へ向かう。すると、<審神者部屋>と札の掛かった部屋の前に戦装束の鶴丸が立っていた。

「おや鶴丸」
「お、来たな。よしよし、こっちへ来て両手を出してくれ」

 言われるがまま両手を出すと、鶴丸がわたしの手に木箱を乗せた。白く綺麗な箱だ。木製だが薄いようで、重くはない。箱には何も書かれておらず、中身の推測は難しかった。

「これは?」
「開けてみてくれ」

 鶴丸は腕を組んで楽しそうだ。
 箱を片腕で抱えるように持って、自由になった片手でフタを開ける。予想通り木箱は薄く、フタはすんなりと開いた。
 中には、緩衝材に守られたワイングラスがふたつ入っていた。ワイングラスは、脚の部分が黒、土台が金色で、シンプルで上品なデザインだ。とてもじゃないが、思い付きで買える値段ではないように思われる。贈り物の値段への追及は野暮なのでしないが。

「すごくきれい。これはすごい。センスが良い」
「そうだろう? ぜひ、きみとこれで<天上のワイン>が飲みたいと思ってな」
「より美味しくなるね。どこでこんな品を……」
「万屋街は充実しているからな。色々見て回って、店でカタログを借りたりして、ようやくきみに相応しいものを見つけたんだ。受け取ってくれるかい?」
「遠慮するという選択肢を持っていなかったよ」
「そりゃよかった。厨に置くと目立つから、良ければ審神者部屋に置いていてくれ」
「分かった。ありがとう、とても嬉しいよ」
「どういたしまして」

 鶴丸は満足そうに笑って部屋に戻って行った。これを渡すために待っていてくれたのだろう。雲海産ワインの存在も伏せたいと言うくらいだ、他の刀剣男士の目につく場所では渡しにくかったのかもしれない。

「驚きを届けているつもりなのか、口説かれているのか……」

 冗談半分で呟き、部屋に入る。ワイングラスを持ち上げて、あらゆる角度から観察した。
 口をつける部分も薄く作られており、やはり上等な品であることは確実だ。ワインをただのタンブラーで飲むのとは全く味が違ってくるだろう。基本的に、食器に対するこだわりはあまり無いが、好きなワインを良いワイングラスで飲めるというのは贅沢なことだ。ハイランク寝酒。

「……ん?」

 ワイングラスの脚の裏、テーブルと接する部分に模様が入っていることに気が付いた。金の土台を薄っすら彫ってある。円形にデザインされた鶴――鶴丸国永の刀紋だ。指先で凹凸をなぞりながら笑う。
 雲海産ワイン以外にも、珍しいワインを探したいものだ。

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