深夜のキッチン

 目が覚めてベッドのヘッドボードを見ると、時計は深夜一時を回ったところだった。深夜も深夜だ。寝返りを打って目を閉じたものの意識が落ちず体を起こす。

「おなかすいたな」

 声に出すとより強く意識してしまう。わたしは今、深夜にも関わらず空腹に耐えかねている。半分眠っている頭で四次元リュックを漁るが、深夜に胃に入れることに適したものはない。
 スープでも飲みたい気分だ、よし作ろう、と思い立つのは早かった。審神者部屋の最低限キッチンで調理をしようという気持ちにはならないため、母屋の設備が整ったキッチンに吸い込まれていく。たかだか簡単なスープを作るだけなのに、わたしにとって本丸の調理場は母屋なのだった。
 静まり返った離れを歩く。点々と足元灯が光っているので暗闇に困ることはない。審神者部屋が刀剣男士私室の列から離れているとはいえ、母屋に行くときはどうしても一部部屋の前を通ることになる。極力静かに移動をしたが、わたしよりもよほど気配に敏感な刀剣男士たちなので、特に短刀は起こしてしまっている気がした。
 母屋のキッチンからは光が漏れていた。誰か、同じように夜食を求めて刀剣男士が起きているのだろうか。それにしては静かなので、電気の消し忘れかもしれない。
 そろりとキッチンをのぞく。確かに刀剣男士の姿はあったが、明石国行が散らばった爪楊枝の前に膝をつき、村雲江が冷蔵庫の前でごめん寝状態だった。

「どうしたの?」
「主はん……」

 明石がか細い声を出す。

「自分はもうあかん……もう……なんかつまもうと思っただけやのにこんな惨状を生み出してしもて……」
「爪楊枝?」
「絶望しとるとこですわ……」
「拾って拾って。村雲は?」

 ごめん寝をしている村雲は、その体勢のまま返答する。

「俺なんて……俺は……」
「お腹痛い?」
「聞かれたら痛い気がしてきた……」
「痛いの痛いの明石に飛んでけ」
「えぇ……」

 爪楊枝を拾いながら「急な腹痛で折れそうやわ」と棒読みしてくれる明石は素敵な刀である。
 村雲の背中をさすると、彼はのろのろと体を起こす。腹痛持ちの村雲のことなので本当に腹痛に耐えかねている可能性もあるが、どうやらそうではなさそうだった。

「お腹痛くて晩御飯食べそこねてそのまま寝てたんだけど、今お腹空いてきて」
「腹痛じゃなくて空腹か」
「『主の影響もあって、この本丸は料理に関して器用なようですね』って前に雨さんが言ってたのに。俺はひとりで満足に夜食も作れないんだ。二束三文の価値もない」
「売らないよ」
「俺を大事にすることがまず信じられない……」
「わんちゃん、雑炊とか食べられそう?」
「食べる」
「明石はどうする?」
「出汁のきいたふわふわ卵やったら食べます」
「それ作ろう」

 椅子を持ってきて作業台のそばに置き、地を這う村雲を座らせる。明石は棚の隙間に入った爪楊枝を回収していたのでそちらを任せた。
 冷蔵庫に白米の余りがあるのは分かっている。あとは卵を溶いて、ネギと海苔を刻もう。漬物もまだ残っていたはずだ。

「主をひとりで厨に立たせるなんて……こんなんじゃ売られる……」
「村雲、食べられそうな大きさの器出して」
「わん……」
「明石も器置いてて」
「はいー」

 村雲は丼ぶり碗を出してきた。明石は深さのあるお椀。わたしはスープだけの予定だったので、軽く茶碗一杯程度の量でいい。作る量が判断出来たら、水と調味料を火にかけ冷やご飯を準備する。
 手早く作って、器に盛る。作業台にそれぞれの器を置くと、他の食器や飲み物は村雲が準備してくれた。明石も爪楊枝の回収が終わって丸椅子に座る。

「熱いから気をつけて」
「主はんの夜食とか贅沢ですわ」
「あっつ……おいし……」

 蓮華に息を拭きかけて冷ましながら食べる。

「村雲がさっき夜食作れないって言ってたけど、顕現してすぐに各係を一巡するよね? 調理に関しての懸念を聞いたことはないけど」
「指示されたことができるのと、自発的にメニューを考えられるのとでは全然違うよ」

 雑炊に視線を落としたまま村雲が言う。熱いと言いながらも相当空腹だったのか、減るペースが非常に早い。

「夜食用レシピでも作って置いててもいいかな」
「それ、自分もめっちゃ助かります。ご飯にツナ缶乗っけて食べることしか出来ひんから」
「ふたりとも、夜食摂ることって多いの?」

 明石の「いや」と村雲の「まあ」が重なった。
 わたしは、冷蔵庫の前で絶望していた村雲を思い出して首をひねる。夜食に来ることがあるのなら、今までは何を食べていたのだろうか。村雲はわたしの疑問を察したのか、横目で明石を見ながら続けた。

「俺が来るときは大抵誰かがいるから、今夜は明石の夜食に乗っかろうと思ってた。そしたら爪楊枝と遊び始めるから……」
「えろうすんませんな……まあ、白飯ツナ缶よりは卵雑炊のほうがええやろし、結果オーライってことで。これほんまにうまいけど、なんでなん? 卵がめっちゃうまい。自分が作ってもこんなん出来る?」
「簡単だから出来ると……ああ、そういえば鶏卵じゃないからかな。あと塩も……」
「でた異世界食材。だいぶ慣れましたけど、冷蔵庫の各食材にラベル貼ってあるんってうちの本丸くらいでしょ」
「あのラベル、わたしの言語の勉強にもなってる」
「俺も……」

 村雲が呟いた。村雲は勉強も何も日本語を使いこなしているのではと見ると、村雲の意識は別の方向に向いているようだった。ご飯粒ひとつ残さず空になった丼を前に、ずるりと作業台に上体を乗せる。

「俺も、すごいものじゃなくていいから、何か作って雨さんに食べてもらいたいな……」
「わたしは、調理に興味のある刀剣男士を全力で応援するよ。五月雨って何か特別好きな食べ物ってある?」
「なんでも美味しいって食べてる」
「じゃあ、村雲が作ったらなんであっても嬉しいだろうな」

 作業が簡単で、間食に気軽に食べられるメニュー。それこそ、夜食にしても問題ないような胃に優しいものがいいかもしれない。村雲江のお腹の調子も考えて、そのほうが良さそうだ。今夜のように雑炊か、豆腐をメインに使ったものか、ホットドリンク系か。メニューを考えることが難しいと言っていたので、ある程度候補を絞ってその中から作りたいものを村雲に選んでもらったほうがいいかもしれない。
 作業台に突っ伏していた村雲が、顔だけを上げてわたしを見る。

「俺でもマスター出来る料理ってある?」
「もちろん。明石も蛍丸や愛染に何か作る?」
「そうやなあ……」
「よし」
「なんで主はんがそんなにやる気に満ち溢れてますのん」
「料理好きだから」

 村雲が五月雨に作れるもの。明石が蛍丸と愛染に作れるもの。あと夜食レシピ。やることは増えたが、好きなことは全く苦にならないので問題がない。
 ただ、楽しいことに興奮してしまい、せっかく温まって復活していた眠気が去っていきそうだった。

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